《鮫島くんのおっぱい》傭兵団へ行こう

いかなる資産家でも、個人自車は持ちえない。

車を持っているのは軍用施設だけである。

しかし、星帝候補である婚約者が、推薦狀をもらう旅に付き添いたい――そんな用事は、公務と認められないだろう。騎士団長という立場であっても、私用で軍の備品は使えないのだ。彼らは適當な公務をでっちあげる必要があった。

と、いうことで――

鮫島から差し出された紙を、蝶は半眼になってけ取った。

ざっと目を通し、嘆息する。

「王都郊外出向屆……半年前に襲撃された、バルフレア族の村の復興視察、ですか」

騎士団執務棟最上階、団長執務室である。

もちろん、蝶の席は本來ここではない。だが真の主である騎士団長が牢獄にり、そのまま嫁りするという狀況で、事務処理の代行をしていたらしい。

山積みの書類をいったん脇に寄せ、彼は簡単に、出向屆にハンコを押した。

「はいどうぞ。いってらっしゃい」

「……疑わないのか」

「いや噓ばればれだけど。でも別にいいですよ。軍用車いま余ってるし、おれに害ないし、邪魔してもイイコトないし」

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「チョーさんやさぐれてるなぁ」

梨太が呟くと、蝶はハハハと明るい笑い聲をあげた。……いつも笑っているような顔をしたこの男は、真実笑うと、妙に迫力がある。

すごむような聲音で、前のめりに乗り出した。

「だからおれは、君らを応援してないって言ってんだろうが。この書類の山も完全貧乏クジ。かつては犬居の仕事、次點で最古株の豬の仕事だったんだよ。機嫌がいいわけがないだろう」

「で、ですよねー」

「リタに當たるな。ぜんぶなるようになっただけだ」

鮫島にたしなめられても、フンと鼻を鳴らす。

「だからハンコ押してあげたんでしょ。お仕事もちゃんとやってますよ。誰にでもできる単純作業を、ひたすら淡々とまじめにね。――あ、一応バルフレアの村にはほんとに行ってくださいね。そこが噓だと不正になっちゃうんで」

「ああ、そのつもりだ。ちょうど通り道で燃料が切れるころだろうし、宿を取り補給をさせてもらう」

「……そこからは、どうするんです。軍用車で直接訪ねて、公務でないとわかったら、これ幸いと糾弾して來ますよあいつら」

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蝶に、最終目的地は話していない。しかし察しのいい彼はすべてを理解しているらしかった。鮫島も揺せず、執務室の壁にある、ラトキア星の地図を指さした。

「バルフレアの草原すぐそばに、野獣研究所がある。以前バルフレア村を奪還したとき、砂トカゲを借りただろう」

「ああ……でも、あれは乗るのが難しいし、短距離走は速いけど、旅の荷は載せられませんよ」

「トカゲ以外の、なにかリタにも乗りやすいを選ぼうと思う。馬とか」

「馬! それなら僕乗れるよっ!」

梨太は手を上げて飛び跳ねた。

「昔、ジュニア乗馬クラブにってたんだ。だいぶブランクあるけど、が覚えてるからきっと大丈夫!」

と、思わずハイテンションで訴え、年上の男たちが微笑んでいるのに気付き、手を下ろす。かつての職場、生オタク同士でならともかく、外でいきものだいすきアピールをするのは気恥ずかしい。

蝶は頬杖をつき、クスクス笑った。

「あんたらは、どこに向かうのでも妙に明るくっていいね。……思えば八年前、地球でも、二人はずっと笑ってた」

言われて、たしかにそうだったかと思い出す。しかし、それは蝶も同じであった。梨太の家で、鮫島と犬居、蝶、豬、虎、鹿――六人の騎士で笑っていた。

同じ映像を思い浮かべたのだろうか。彼は眉を垂らし、苦笑する。

「あの任務は、いろいろ大変だったけども、ちょっとおもしろかったな。……今この騎士団寮にいるのは、もうおれだけだ」

「豬は、治療を終えたら騎士団に戻るよう説得するつもりでいる」

「だけどあとの奴らはどうしようもない。……虎は……復職できるかもしれないけど、當人が傭兵暮らしから出るつもりないみたいだし」

眉を曇らせる騎士。梨太は今度こそ大聲を上げた。

「あのっ! その件で、チョーさんにお願いしたいことがあるんだけどっ!」

「……うん?」

「僕たちこの旅で、護衛を雇おうかって話になったんだ。今朝まではそんな発想もなかったけど、急に必要になって。それで、そこから雪だるま式につながった!」

「何の話? ちょと落ち著きなよ、おれに護衛してほしいってこと? 冗談じゃ……」

蝶は言葉の途中でにハッと息をのんだ。やはりこの騎士は察しがいい。頷くだけの梨太、その橫で、鮫島が靜かに言った。

「虎のいる傭兵団を紹介してほしい。あいつを雇うことで、表に引っ張り出してやる」

「――無理だ!」

蝶は大聲を上げ、オーバーアクションで嘆いて見せた。

「二年前からおれはなんども訪ねてる。だけどり口で門前払いだったんだから。付の不想なおっさんが、虎なんて傭兵はいないの一點張りだ」

「……虎ちゃんがそこにいることは、間違いないの?」

梨太の問いに、蝶は歩きながら頷いた。

「それは間違いないよ。本人の手紙にあったから。……騎士団辭めた後、一度だけ連絡があったんだ。西スラムの傭兵団で働くことになった、いい稼ぎの話があったらヨロシクなって、軽い言葉でさ」

「……たしかに、日雇いの報酬は、傭兵がもっとも稼げる職だろう」

鮫島がつぶやく。

「しかし、いわば歩合制だ。騎士以上の年収を得るには、ひっきりなしに危険な仕事を詰めることになる。……將來もない。虎はいったい、どうして――」

「知りませんよ」

ぶっきらぼうに、蝶。それでも、歩くペースは変わらない。二人に地図で紹介するだけでなく、傭兵団の付にまで案してくれるのだ。やはり、っから親切で、おせっかいなのがこの男であった。

歩く位置も、舗裝が壊れ足元の悪い建沿いを自分が歩き、整備されたほうを梨太たちに譲っている。おそらく當人も無意識に。

梨太は、蝶の出自をよく知らない。貴族の生まれではないと聞いた気がする。このふるまいは彼の分か、それとも教養なのか――いずれにせよ、騎士らしい騎士であった。

それに比べると、虎は実に野である。年齢も親子ほど離れているし、共通の趣味がありそうにもない。

「ねえチョーさん。どうして虎ちゃんと仲良かったの?」

梨太は率直に尋ねたが、蝶は答えなかった。

ただ無言で、汚れた道を進んでいた。

ラトキアという國は、その周辺を高い壁に覆われた箱庭のような都市である。

鳥瞰図は、ちょうど、ドーナッツによく似ていた。

星帝の宮殿をど真ん中に、中央の空部分が帝都。周囲の生地が王都。そして端っこの、揚げ油で茶く焼けた部分がスラム――外界を隔てる壁に沿い、國の隅っこにへばりついている。

帝都から、軍用車で壁に向かって進むたび、空気が悪くなるのが分かった。ここからが下町、スラムだという敷居があるわけではない。だが明確に、空気をじ取れる。

いよいよ壁が見えてきたところで、車を降りる。ここからは道幅が狹いし、路上駐車は騒らしい。車と荷番に預け、振り返る――そこは王都高級住宅地とは別世界だった。

素人の手で建てられたあばら屋が並ぶ町。すれ違う市民はみな赤い髪。飢えるほどではないようだが、質素で、薄汚れていた。

こぎれいな格好をした三人を、不躾な視線が追いかける。二人の騎士がいなければ、梨太はとっくに、ぐるみをはがされている予がした。

ターミナルから、二十分ほど歩いて――

ふいに、蝶は足を止めた。そして、

「……キッカケは忘れた。一緒にいて面白かった。それだけだ」

梨太に背を向けたまま、脈絡もなく言い放つ。

何の話かと聞き返すより先に、蝶は扉を暴に叩いた。

石造りの建に、武骨な鉄の扉があったのだ。返事を待たず、彼はドアノブを引いた。

「――いらっしゃい。依頼かい」

すぐに、男の聲が迎える。ずかずかり込む蝶に鮫島が続き、梨太もあわてて扉をくぐる。

る前に、外壁を見上げた。

「よろず依頼」

そんな言葉が、看板ではなく、ペンキで暴に書きなぐられていた。

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