《鮫島くんのおっぱい》変わっていくこと
「なにが全然変わってないな、だ。変わったのはお前だろ、いやむしろ変わってないのはお前だけだ。変われよバカヤロー、あれから何年経ってると思ってんだ」
「何しゃべってるのかさっぱりわかんね。酔ってる?」
「一滴も飲んでないっ! ふざけんな。丸二年も連絡しないで、おれがどれだけ心配したか――いや心配なんかしてない。だけど不義理ってもんだろう、それは怒る。おれだって怒る」
「だから何の話だよ。連絡? 俺、居場所ちゃんと手紙出したじゃねえか。用があるならそっちが來いよ」
「行ったわ! 何度も行ったわ!! 休みのたびに、房ほったらかしでスラムに通ってしまいには扉の前で一晩キャンプはって待っててカゼまでひいたわ!」
「あー? そんなんで會えるかよ。傭兵の仕事って言ったらたいてい夜勤、貴族の家に泊まり込み、王都の外まで遠征だ。一回仕事でたら二、三週間留守なんてザラだし。伝票だけおいてまた出たりするし」
「おれにどうしろっていうんだよ!」
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「だから知らねーって……あっこら前みて運転しろ、あぶない!」
「……うるさいな」
男たちの二年分の応酬をその一言で片づけて、鮫島は嘆息した。
商店街から、王都の外へ出るまでの道路。蝶が運転する、軍用車の乗り心地は悪くない。前席の二人が靜かにしてくれたらの話だが。
(……でもまあ、さっき無言で冷戦やってたよりまだマシかな)
こっそり嘆息し、梨太はシートにを沈めた。
虎と再會してから、三時間ほどが経つ。一同はまず旅の食料やキャンプ道を積むため、王都商店街へやってきた。蝶がそこまで運転してくれるというので頼んだが、買い出しを終えても帰る様子はない。
傭兵団の詰め所で、梨太は虎に旅の目的、傭兵として雇う意思を伝えた。
『二人が結婚し、梨太が星帝になるため、の塔まで推薦狀をもらいにいく』――そう聞いた虎の反応は、梨太から見て、さほど不自然ではなかった。
ただ眉をし上げ、笑顔で、淡々と。
「『の塔』までの護衛……か。ふーん。……いーよ。今ヒマだし」
そう、あっさりと承諾。
「ヒマって、虎ちゃんケガをしたんでしょ? ……その目?」
「ああ、ちょっと薬品食らっちまってな。でも平気。もう角手は済んで、しばらくをれないようにしてるだけだ。ただ片目に不慣れなうちは、運転が出來なくてよ。悪いが街中では誰かが運転してくれよな」
「……おい、虎。ほかに言うことないのか」
脅すような聲で言ったのは、蝶だった。虎は一度、首を傾げ、そして手を打った。
「そうだ、そうそう。依頼料! いくら出す? 『の塔』までなら期間は三週間くらいだろ。一応、目安として相場だと――」
瞬間、蝶はまた彼にとびかかった。今度はさすがに虎も応戦し、とうとう毆り合いになる。梨太には蝶が激怒した理由はわからなかった。金を出すのは當然だし、初めからそう相談していたじゃないかと。
しかし鮫島も彼らを止めようとしなかった。鮫島にも何か、思うところがあるらしい。
男たちの喧嘩は、虎が抜け出し、大通りまで逃げ延びたことで収束した。それからしばらく、無言の冷戦。そのまま黙って買いを済ませ、晝食のため飲食店にる。そのあたりでまた蝶のぼやきが始まった。
助手席の虎はうんざりした様子もなく、軽薄にそれをいなしている。力関係がよくわからないコンビだった。
軍用車は、そのまま二時間ばかり道路を走り続ける。王都を取り囲む、石壁が見えてきた當たりで、虎が言った。
「……雇用期間は三週間。報酬は八十萬。延長するなら、一日當たり五萬石――その間の、俺の食住費用はぜんぶそっち持ち。それで間違いねえな?」
梨太と鮫島、二人が頷く。虎はニヤリと笑い、バングルをかざした。前払いらしい。
「ぼったくりだ」
ぼそりと、蝶。虎は鼻で笑った。助手席シートにをばし、あくびじりで皮を返す。
「需要と供給。商売がり立ってるところに、相乗りしてるだけの人間が文句付けんな」
「……。やっぱり変わったよ、お前は」
蝶は暴にハンドルを切った。揺れる車で、ひっくり返りながら虎も負けていない。
「蝶。どうやら俺がカネカネ言うのが気にらねーらしいけど、いい加減ウゼエよ。自分こそ商売人の家で生まれ育って、何不自由なくでかくなってきたくせに」
「……関係ないだろ。うちがもし貧乏でも、おれはおれだよ」
「もしもじゃなく、経験してから抜かせ」
「……大抵のものを金で買ってきた。だからこそ、金よりも大事な、絶対買えないものがあるのをよく知ってる」
「――そりゃお前の房のことか? それこそ彼に金があれば金じじいに囲われやしなかったろうし、お前に父親以上の力があれば、売り飛ばされるまえに買い取ることができただろうよ」
車が大きく揺れた。蝶はハンドルを放り出し、虎の倉をつかみ上げる。さすがに鮫島が介し、蝶を運転席へ抑え込んだ。
「もう! いい加減にして!」
梨太も大聲を上げ、男二人の頭をひっぱたく。彼がそうして手を出すのは珍しい。あっけにとられる二人に、梨太は眉を垂らした。
「――せっかく五年ぶりに會えたのに。二人もやっと會えたんでしょ。チョーさんはカッカしすぎ。虎ちゃんも、もうちょっとちゃんと話して」
「別に、俺はごまかしたりしてねえぞ」
頬を膨らませ、虎は反論した。実際、彼は何も悪いことはしていない。しかしまったく蝶の気持ちが分かっていないのではないだろう。
蝶の隣、シートにまっすぐ座りなおす。視線を遠く、壁の向こうへ投げて、じっと前を向いていた。
「――変わったからって、何なんだ。より良いって思った方向に自分で進んだだけだろう。それの何が悪い」
誰も返事をしなかった。梨太もただ、虎の後姿を眺めていた。風にも揺れぬ短い髪に、後頭部で固定されたいかつい眼帯。騎士のものではない、きやすく頑丈そうな旅裝束。痩せたは、もしかするとただ生來の質で、自然に戻っただけなのかもしれない。艶は健康そうだし、蝶との取っ組み合いを見たじ、の調子もよさそうだ。決して、衰えたわけではない。
梨太の視線に気づいたのか。虎はふと、こちらを振り向いた。にやりと野的な笑み。八年前と変わらない、魅力的な金の目を細め、明るい聲で彼は言った。
「心配すんな。俺は俺だぜ」
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