《鮫島くんのおっぱい》閑話

ラトキア王都には、民営テレビ放送というものがない。

國営のテレビ局がたったひとつ。娯楽用とニュース用の二チャンネルあるのみだ。

刑務所の休憩室サロンでは、その両チャンネルが解放されている。やはり人気があるのは娯楽番組だった。とくにオーリオウルから輸したドラマや映畫は刺激的で、ラトキア國民の休日に欠かせない。

だがいまだけは、ニュースチャンネルに人気が集中していた。

「――だからなんなのこの質問。え。そんなの別にどっちでもよくない? 答える必要なくない? 黙でよくない?」

『第九問、早く答えてください』

「中にヒトってないですかこれ。あ、ありませ――んぎゃああっ痛い!」

テレビ畫面の向こう、電気ショックにあえぐ青年の聲に、刑者は笑した。

スタジオのキャスター二人までもがクックッと肩をふるわせる。

「――以上が、三神の教會で聴取された星帝候補リタさんの聲明です。政治表明だかノロケだかわからない部分も多々ありましたがね」

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「ここで言われたサメジマクン、とは、現騎士団長であり先日まで星帝候補として推薦されていた、鮫クーガ氏のことですね。彼の辭退には驚かされましたが、その理由が、夫の出馬とはまた……」

「個人的な驚きはともかくとして。クリバヤシ・リタさんの表明されている政治の方向は、前任の星帝ハルフィンに倣う形だと表明されています。星帝皇后の鯨オストワルド推薦ということからも、基本的にはハルフィンの後継と考えていいでしょう」

「しかし先ほどの聲明では、ハルフィンの法に一石を投じようという意思もじられました。これだけ若い政治家、さらには異星からの移住者。私はむしろ革命的な風雲児というポジションを期待してしまいます」

「なるほど。となれば続報で的な政策発表が待たれますね。ではこれで、クリバタシ・リタさんの紹介を終わります」

「続けて、縞蛇さんの聲明を――」

娯楽室にブーイングがあがった。最年の星帝候補は、意外なほど彼らにれられていた。刑者のうち何割かは騎士によって逮捕されたもの。その夫である梨太が支持されるいわれはない。しかし、

「あの鮫をオンナにしたんだとよ。見目じゃ完全に立場が逆だろうに、こいついったいどんな隠し玉をもってやがるんだ」

「地球ってどこだ? オーリオウルより都會なんかな」

と、謎めいた出自ゆえの好奇の目。そして、

「なんかアイツ、おもしれーな」

「目がくりくりして可い……」

と、政治とは関係のない當人のキャラクターが気にられていた。

娯楽室のテーブルに、人気投票よろしく書き込まれた一枚紙では、他候補者からは群を抜いて一番人気。

「もしも俺に、本の參政権があればなぁ……」

彼らはそう嘆いたが、どうにもならない。それは彼らが服役中だからではない。彼らの髪が、赤いからだった。

――この、同時間。

そんな彼らから、はるか離れた棟の個室――

「お食事をお持ちしました」

まるで接客業のような口調で、看守は膳を差し出した。

味と栄養バランスがよく、見目も麗しく飾られた食事である。その盆がスゥと引かれ――代わりに、たたまれた紙が差し出される。看守は紙を開き、首を傾げた。

「……推薦狀? これは、いったい」

「私の貴族階級は終名譽稱號となっている。參政権剝奪通知はきていないのだから、まだ生きているはずだよ。たとえ終刑という分に墮ちても」

刑者は言った。前置きがなく唐突で、そして酷い早口だ。看守は理解できず目を白黒させた。

――鉄壁に囲まれたその部屋で、クスリと笑うひとりの男。

そこに皮はなかった。目を細めて、こころから嬉しそうに、彼は微笑みを浮かべていた。

「……もしもあの子が、毎日新聞に顔を出すようになれば、私の牢屋生活もいくぶんオモシロオカシイものになるだろうからねぇ」

そう言って、彼は水の髪を一房つまみ、指先でくるりと弄んで見せた。

「えーっ虎ちゃんブルマ派なの? えーなんで、意外ー」

「や、別に、派っていうほどのことじゃねえけどよ。序盤は完全にヒロインだし、アッチとくっつくほうが自然だろ。顔だって可いし」

「でも格ひどいじゃん。チチのほうが斷然いい、一途だし。ブルマなんて結局メンクイで」

「最後はどっちかというとダメ男への同ってかんじじゃね?」

「いやあ、でもやっぱりチチだよ、しっかり者で素樸で素直で戦えるヒロイン」

「お前それそのまんま自分の好みじゃねえか。黒髪貧フェチ」

「関係ないよぉ。虎ちゃんこそ巨で青い髪フェチなだけじゃないのさ」

「ちがうわい!」

んだ拍子に、ハンドル作がブレる。大きく揺れた車に、梨太は慌ててシートにしがみつく。

「あいたっ」

後部シートで、鮫島が小さく悲鳴を上げた。橫になっていたのを、そのまま転がり落ちたらしい。その細長いをのそりと起こし、また同じように寢転がっていった。そしてすぐに寢息が聞こえる。

助手席から、そうっとそれを覗き込み、梨太は笑った。

「前から思ってたけども、鮫島くんってちょっと、完全セルに似てるよね」

「見た目っ!? 自分の嫁さん相手に何言ってんだお前」

「ちなみに僕、いっときアダナがチャオズだった」

「聞いてねぇー」

「ちょっと聲マネしてみようかな、これを機に」

「どの機だよ」

「テンサン……」

「やりやがった! 俺アニメ見てねえから正解わかんねえ、でもたぶん似てねえ!」

二人で大笑いしたところに、後ろから低いうめき聲が聞こえ、押し黙る。

そのまま、ラトキアの大地を走行することしばらく――ハンドルを握り、前を向いたまま、虎がぼそりと呟いた。

「二、三日前、俺たちちょっと気まずい空気にならなかったっけ」

「それはそれ、これはこれ。長旅でギスギスするのやだし、このラトキアで日本の話ができるひと稀なんだから、末永く仲良くしていきたい所存」

「お前さんのその割り切った格、政治家に向いてると思うぜ」

「褒められた気がしないけど、今は心からありがたい言葉だね」

適當に嘯いて、梨太は後ろをチラリと確認した。後部シートの鮫島は、やはり穏やかに眠っている。早朝から晝過ぎまでが彼の運転、それ以降から夜までが虎の擔當だ。その分擔は王都を出てからずっと変わっていないが、この數日、彼はよく眠るようになった。今まではテントを張るまでずっと起きて、梨太と並んで座っていたのに、だ。

「……どちらかというと、鮫島くんのほうが……あんまりしゃべってくれないんだ」

「だんちょーはもともと無口なほうだろ」

「そうじゃなくって」

「何だ、喧嘩でもしたか」

「……そんな覚えは……ないんだけどなあ」

梨太は首を傾げ、顔の向きを前方へと戻した。

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