《鮫島くんのおっぱい》年と

「あ。ほんとに奧さん、僕にちょっと似てる」

「だろ? 顔がたちがどうこうじゃなく、ちんまりくりくりころんっ、てじがな。昔からこういうのが好みっていうか、憧れるもんがあるんだよ」

「憧れ? 鮫島くんみたいにスラーッと細長くて凜々しい、大人っぽいほうが斷然いいじゃん。なれるもんならそうなりたかったよ僕も」

「自分にないもの求めるんだろ。オレとクゥは昔から、同じの子を同じタイミングで好きになってきたよ。全部オレがもらったけど!」

鰐は高らかに笑いながら、寫真の束からとっておきの一枚を探し出す。向かいに座る梨太に突き付けた寫真には、三人の子供が寫っていた。

黒髪の年が二人と、その真ん中にふんわりした雰囲気の小柄なは右手にぬいぐるみを抱き、左手で、隣の年と手をつないでいる。

年二人は瓜二つ――だが、その所作からすぐに見分けがつく。笑顔で手をつないでいるのが鰐、半歩ぶん離れ、ぬいぐるみに阻まれて真顔でいるのが鮫島だ。

「これが二人の初の相手で、二十年前のオレの嫁」

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「うげっ……鮫島くん可哀想」

思わず本気でいてから、ハッと顔を上げる。小さなダイニングテーブル、ベンチシートのすぐ隣には、その鮫島當人が頭痛を抑える仕草で俯いていた。

「……話をしよう、などと大仰にふっておいて……ルゥはこのまま一晩中、俺の過去の恥部を話し続けるつもりか」

唸るような聲が、本気で苦しそうである。梨太は慌てて寫真を箱へと戻していった。

「ご、ごめんごめん。こういうの嫌だよね、僕だって嫌だよウン、思わず聞きっちゃったけどもうおしまいにするから」

「……そうしてほしい。あと十分続いたら俺は出て行こうと思ってた」

「ホントごめん、悪気はなかった――」

「あと十分か、よし畫を一本見れるな。よーしリタ、年學校のお遊戯発表會を見せてやろう」

「ルゥーーっ!」

ごく珍しい、騎士団長の怒號。梨太は縦に震え上がった。が、雙子の兄はヘラヘラと笑うだけだった。

「別に恥部っていうんじゃないだろうよ。見事なもんだぞ? これで軍部からスカウトされたわけだし」

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「そういう問題じゃない!」

鮫島はヒステリックにんだが、そのあとの言葉が続かない。兄を睨みつけ、口をぱくぱくさせてしばらく停止。そして無言のまま、家を飛び出してしまった。

引きとめる間もない素早さで、梨太はつい、そのまま見送ってしまった。立ち上がりはしたものの、追いかけずに留まる。ここは霞ヶ丘町ではなく、見知らぬ森の中だ。梨太がヘタにくと遭難しかねない。

「ほっとけ、そのうち帰ってくるって」

相手にしない鰐。梨太がしぶると、彼はけらけらと笑って見せた。

「どうせその辺の、高い木にでも上ってこっちを見てるよ。あいつはいつもそうなんだ。へそを曲げてるんじゃなく、的になってるのを見られると恥ずかしいから隠れてるだけ。かといって、自分がいなくなったことでその場が険悪になってないか、困ってないか、嫌われてないかが気になって遠くへ行けない。落ち著いたら戻ってくるから放置でいいの。それより夕飯の支度をしよう」

そういわれると、思い當たるフシがある。

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梨太はとりあえず、この男の言うとおりに従うことにした。鰐と鮫、よく似た兄弟の仲がいいのか悪いのか、梨太には今一つわからない。言こそ相反するが、幹部分はそっくり同じである気もする。

「夕飯か、鰐さんお料理できるんですね。鮫島くんはぜんぜん」

「ん? オレだって出來ないよ。子供の飯はレトルトの児食だし、オレもどうにか腹だけ膨らませてる狀況。クゥよりマシかもしれないが客に出せるようなもんじゃない」

「……ええと? じゃあ、どこか食べに行くんです?」

「リタ、料理得意なんだろ。鯨から聞いたぞ」

「……なんじゃそりゃあ」

梨太は頭を抱えたが、鰐は悪びれもせず、小首をかしげて見せた。

(ああ、やっぱり、この兄弟は似ている……)

改めてしみじみ、そう思う。マイペースなところ、働き者なところ、人懐っこいところ、ジョークが全く笑えないところも同じだ。

(……もしかすると鮫島くんは口に出さないだけで、この鰐さんと同じ考え方をしてるのかもな……)

ふと、そんなことを思った。

どうやら食材は、通販のような形で定期的に納品されてくるらしい。箱詰めされた保存食のほかに、新鮮な生野菜もいくつかあった。手つかずで傷みかけていたが。

在るをざっと見て、獻立を考える。とはいえ実は梨太も、ラトキアの料理はまだよくわかっていない。よく知る食材から食べたことのある料理なら再現可能だが、その知識量がまだまだ不足しているのだ。鮫島ほどではないが。

卵や冷凍のと魚はなんとかなる。野菜があやしい。地球のものとほぼ同じであるキャベツ、それと、ユムリ芋。すりおろせば粘りが出る、山芋によく似た食材だ。保存庫のほうに案してもらい、小麥、魚介類のエキスを末にした旨味調味料も発見。

それらを手に取って、しばし考。

「……よし、お好み焼きにしてみよう。大抵のものは味しく食べられるようになる、はず」

適當に決めつけて、調理に取り掛かったのだった。

「おおー、上手いな」

作業を覗き込み、鰐。まだキャベツを刻んでいるだけだが、手慣れぬ者からすればそう見えるのだろう。

作ったタネをフライパンに流し込めば、しばらく手がすく。鮫島が戻ってきていないかと、振り向いた視界を鰐が塞ぐ。そっくり同じ男の姿でも、それは妻ではない。梨太はそれを理解してから、廚房へ視線を戻した。

「――リタ。お前いま一瞬、どっちかわからなかったな?」

鰐が言う。意地悪なひとだなと思いながら、梨太は苦笑した。

「一瞬ですよ。表も服裝も全然違うし、もう間違えたりしませんって」

「顔立ちと型は同じに見える、だから一瞬は間違えるわけだ」

「そりゃ……だってそうでしょ。ほんとによく似てるんだから。鰐さん言ってたじゃないですか、鮫島くんのフリしてひとをからかったりするって。勘弁してくださいよ」

フライ返しを底へ差し込み、焼き加減を覗いてみる。ちょうど頃合いだ。梨太は用に、お好み焼きを反転させた。あとは放置しておくだけである。

皿の用意をしておこうか――再度振り返ると、再度、鰐がそこに立っていた。進路をふさぎ、梨太を廚房に監するようにして。

梨太はゴクリと息を飲んだ。

鰐は、大きな男だった。

目算、一八五センチほどか。見上げるほどの長に、広い肩、太い首。職業は戦士ではないが、野生のを取り扱い、毎日森歩きをしているレンジャーだ。実踐で鍛えられたは逞しく、強い男だと一見で分かる。

騎士団長である鮫島と並んで、なんら遜がない。

――この男は強い。梨太を素手で殺すことも可能なほどに。

「――なあリタ。オレってキレイ?」

全く唐突に、頓珍漢な質問が來た。目を點にしてしばらく呆然。やがて梨太は吹き出した。

「何言ってんですかもう! そりゃハンサムだとは思うけど、キレイというより男前ってかんじです」

「フフン。だろうな。オレは雄として完している。たとえこれからお前とし合ったって、オレがになり、お前の子を産むことはありえない」

「気持ち悪いこと言わないでください。僕が鮫島くんのことが好きなのは、あくまで彼が雌雄同で、いずれになることを知ってるからですよ」

語気を強めて、梨太は言った。さらに笑う鰐。いったいなにが可笑しいのだろう、まさか本気で口説きに來ているわけがない。鰐の表をよく見ていれば、それは確信できた。彼は梨太が異者ヘテロだと知っているし、男前アピールをしたところで何の意味もない。

どういうつもりだろう。本當にただ意地悪なだけなんだろうか。

「リタ、その料理、あとどのくらいかかる?」

「えっ――と、十分くらいかな」

「そうか、じゃあちょうど畫が一本見れるな」

しばらく前に言ったのと同じセリフで、鰐はバングルを外し、ぽいと放る。問答無用――すでに畫再生が始まっていた。いけない、これを見ると鮫島が嫌がる。梨太はすぐに停めようとしたが、作に不慣れで手がる。床に落ちる寸前、り込みでなんとか拾った。

そして床に這いつくばったまま、その映像を見た。

――目が離せなくなった。

きれいなだった。

年はまだ、いつつかむっつか。年相応の小柄さで、ちょこん、とそこに立っている。

らしい、とはし違う。だというにはすぎる。可憐と言うには凜としすぎ、凜々しいというのはあまりにもたおやかで。

ただ、きれいだというのがぴったり合う、そんなが映っていた。

「……鮫島くん」

すぐにそれがわかる。こんなきれいな子供が、彼のほかにいるはずがない。

彼がいるのは、どうやら檀上ステージのようだった。ちいさな両手に、棒を一本ずつ持っている。細長い紐――リボン? のついたそれを、彼はゆったりとぶらさげていた。

「さっき言ったろ。年學校のお遊戯會。ラトキア伝統の演舞だよ」

どん。

鰐の聲に、太鼓の音が重なった。

瞬間、は垂直に飛び上がり、獨特な構えの形で著地した。両足を驚くほど開き、地に這うほど低く、棒を真橫に構えている。

どん。

再び、構える。

先ほどと正対稱に構えただけだが、きが早すぎて、二枚の絵はつながらなかった。

どん。

再び跳ぶ。今度は全く別の構え。格闘の構えによく似ている。どん。その対稱。

どん。どん。どん、どん、どん……ど、どど。どっ。

太鼓の音が早まり、耳が追いきれないほどの鼓となる。そしてきもまた、目で追えないほどに早くなる。瞬きをするたび見失う。れの音が、のあとを追って鳴る。

構える、構える、跳ぶ、構える。回る。回る。構える。振る。振る。回る。構える――恐ろしきは、太鼓の速度が上がるたびきは逆に大きくなっていくことだった。跳ねる高さも構えの派手さも、対稱位置へ移する幅もが増大し続けている。

やがて、は檀上を縦橫無盡に駆け回り、己のきの軌跡だけを、リボンで描くようになっていた。

梨太は震えた。

「こっ――これが。稚園児のお遊戯……?」

自分の腕を見下ろすと、びっしり鳥が立っていた。見事、すばらしい、お上手なんてものじゃない。――壯絶であった。

「すごいだろ。この速度で構えも完璧。これは一応蕓分野だけども、運能力がずば抜けてるのは一目瞭然だ」

「これを見て……軍部からスカウトが來たんだよね? 兵隊養學校にって」

「そう。それからすぐにエースになり、とんとん拍子で飛び級して、十二歳で騎士、十六歳で騎士団長。――これはあいつが、軍人でなかった最後の日だ」

どん! ――ひときわ大きな太鼓の音に、優なポージング。數秒の靜寂ののち、割れんばかりの歓聲と拍手がスピーカーから鳴り響く。

そうしての演舞と、穏やかな日々が終了した。

いや――まだ、ムービーは続いていた。固定された畫面の隅に、ひょこっともう一人、年がり込んできたのだ。年は同じころ、演舞をしていたよりほんのしだけ背が高く、凜々しい。黒髪の年だ。

「あ、これ鰐さん?」

「そう、太鼓をたたいてたのがオレだったんだよ」

なるほど、道理で息もピッタリ合っていたはずだ。鮫島の演舞に呑まれていたが、鰐の太鼓もまたお遊戯の範疇ではない。やはり雙子、彼もまた尋常ではない才能の持ち主だった。

二人そろって、ぺこりと一禮。拍手と歓聲に、赤面してはにかむ鮫島、手を振って投げキッスのサービスまでしている鰐。

梨太は口元をほころばせ、雙子の相違を楽しく観ていた。

「――リタ。オレたちって、そっくり同じに見えるかい」

――鰐の囁きは、冷たい刃のようにり込んできた。ぎくりとをこわばらせる。なぜ自分がギクリとしたのかもわからず、ただ黙って首を振った。

畫面の中の鮫島は、明らかにであり、鰐は年であった。別が違えば型も違い、雰囲気もがらりと変わる。よく似た兄妹、とは思う。だがそっくり同じなどではなかった。

否定した梨太に、鰐はニヤリと笑った。

その笑みが何を表すのか、梨太には理解できない。なにか嫌な汗が背中を伝う。

「――な……なんです? 何が言いたいのかわからないんだけど……」

「フフン、そのうちわかるよ」

「はっきり言ってくださいよ、気持ち悪いなあっ」

「そのうちわかる。ていうかオレが今答えを教えても、お前はきっと信じられないさ。――おっ、なんかイイニオイがしてきたぞ。あれそろそろいい合なんじゃないか?」

軽薄な口調でそう言って、鰐はフライパンに駆け寄っていった。確かに、ちょうどいい頃合いだ。

梨太は重い足取りで、再び廚房へと戻っていった。

――鮫島が帰ってきたのは、ちょうどその時だった。

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