《鮫島くんのおっぱい》ぬるま湯と冷や水②
いいお湯ですねえと、ハーニャは和やかにくつろいでいた。
そうだねえと、梨太も和やかに同意した。
だが心まったく穏やかではない。き通ったお湯のなか、ハーニャのが見えないよう、限界まで視界をそらす。バルフレアののは、思っていた以上にヒトに近い。
適當に空中を見つめながら、無言でいるのも耐え難くて、當たり障りのない話題を振った。
「……ちょっと意外。バルフレア人もお風呂に浸かるの好きなんだね」
「はい。普段は水ですけれどもね。王都で湯あみときたら、大きな桶から掬ってかぶるかんじでしょ。上等な施設だとシャワーだし」
「う、うん……そうだったね」
「正直あれはし苦手なのです。頭上から水が落ちてくるのは、なんだか怖くて」
「あーそういえばリタも――っと、昔飼ってた犬もそうだったな」
「あら、獣と一緒にはしないでくださる? わたしたちはヒトではないけども、ただの獣よりはずっとヒトに近いわ」
「っと、ごめん、そういうつもりじゃなかった」
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慌てて謝ると、彼はまた、ころころと笑った。
「冗談よ! わかっています。リタ様がちゃんと、わたしのことをヒトと同じ、だと、思ってくれているって」
「ま、まあ、そりゃあ。顔も型もほとんど同じだし、會話できるし、ケモミミでもないし。獣人っていうよりはただ小柄で深いだけの――」
と、ふと口をつぐむ。明な湯につかる、ハーニャのを上から下までじっと見て、
「あれ? そういえば、會った時より薄くなってない? 顔や手足は変わらないけど、のとこ、首から下が……なんか見えてなかった気がするんだけど」
そこまで言ってから、ハッと覚醒しそっぽを向いた。一瞬、思わず生學者の視點になってしまった。相手が『雌』ではなく『』だとすっかり忘れ、じろじろと不躾に見てしまったことを、今更詫びる。
ハーニャは梨太を叱らなかった。やはりただ微笑んで――立ち上がり、濡れたを外気に曬す。
「ええ、秋ですから。……いよいよ寒くなれば冬が生えそろいますけども、わたしたちは服もつけますので、まだ必要ないのです」
「あ――そ、そうか、夏の生え代わりのタイミングなんだね」
「というより、発期だからですね」
ぎょっとして、思わず一度、振り返る。そしてまた慌てて顔をそむけた。その視線が遮られる。
「オトナはこの時期になるとね……の一部もいっそうしてくるの。……ね。こうなると、ヒトとそっくり同じでしょ。貴方たちヒトの男から見ても、そう見えるはずだわ。だって、あのひとよりも」
ハーニャが必要以上に近づいて、梨太の目の前に、自分のを見せつけていた――
「は……ハーニャ。あの」
「……かつて、バルフレアが王都に『飼われて』いたころは、よくあることだったそうです。種族の壁で子はできないし、だけども心地・・はヒトそっくりだから――」
「ふぉえっ!?」
びてきた手を、反的に払う。それでもハーニャはひかず、弾かれたのとは別の手を梨太の首に添えた。
やけに熱い指だった。のぼせているのだろうか? 産に覆われ、顔の分かりにくいバルフレアの娘は、うるむ瞳で梨太を見つめる。
逆上のぼせているのは間違いない。だがそれは、お湯のせいではない――
「心配しないで。わたしは娼婦ではありません」
「で――ですよね!」
「お金なんて取らないわ。ただ好意で抱いてほしいだけなの」
「より一層だめなやつぅぅっ!」
梨太は絶し、飛び上がって逃げ出した。地面に足をこけたところで、腰を摑まれ倒される。獣人は見た目より力が強い。
仰向けで沈んだ梨太を見下ろして、ハーニャは目を輝かせた。
「まあ。……リタ様、素敵。うれしいっ」
「反的反応です! 不可抗力っ!」
ハーニャは不思議そうな顔をした。まったく理解していないようすに、小一時間説教まじりの教育講座を行いたくなるがそんな余裕はない。
梨太は全力で彼を引きはがすと、わき目もふらずダッシュした。所などという気の利いたものがない浴場、木にかけておいた服に飛びつく。
「あっ」
ハーニャの切ない悲鳴。だが同するわけにはいかない。を拭く間もなく、まず真っ先に下半から服を著る。
「は、発期とか僕はよくわからないけども、會話できるくらいに理があるなら自重しようよ。それこそ獣と一緒じゃないか。妊娠、しないからって気軽にこういうのはヨクナイと思うなっ!」
「リタ様」
「バルフレアはそうかもしれないし、人間でもそういう文化だってなら否定する気はないけど!」
ハーニャに背中を向けたまま、腰ひもをぐるぐる巻きつけた。
「否定はしないけど、合わせていくにも限界ってもんがある。僕は普通に助平だけども、譲れない倫理観はあるんだよ」
「……わかっています」
「まして相手は星最強の英雄だよ、いや鮫島くんも本気でぶん毆ることは無いと思うども、それにしたって――」
「大丈夫です」
「と言うかそういう問題じゃなくて僕は既婚者なんで! ハーニャのことは可いと思うけどもっ」
「それは違いますよね」
否定の言葉はやけに冷たく、火照った耳に氷水のように差し込まれてきた。
タオルで髪をかき混ぜていた梨太は、エッと聲を上げ振り向いてしまう。ハーニャは先程、拒絶されたときと変わらぬ姿でそこにいた。
らかなから湯をしたたらせ、濡れた瞳で、梨太をじっと見つめている。彼の聲は強かった。
「……婚約は解消されたはず。お二人はもう、ただの男友達になるって」
「……ど……どうしてそれを。誰から聞いた……?」
「當人からです。わたしはただ、リタ様に踴りの想を聞きたくて、あの方に居場所を尋ねただけなのです」
髪をかき上げるハーニャ。水滴が夜闇に散り、彼のをきらきら飾っていた。己のが魅力的だと、自信に満ちたの笑み。鮫島が決してしない表で、彼はそこに立っていた。
「彼・が言ったのです。……わたしの想いを知っていたのでしょうね。リタのそばにいってやれと。
自分にはもう、それはできないから。リタを満足させてやれと、そう言ったのはあのひと自ですわ。リタ様……」
が梨太の名を呼ぶ。
梨太は駆けた。シャツのボタンを閉じることもなく、った髪から湯気を立てて、足のままで走り出す。
獣人の聲が遠くで聞こえた。
そんなものはどうでもよかった。
バルフレアの夜は冷える。おざなりに拭い、水にぬれたが一気に冷える。それでも寒さなどじなかった。
激高し、全が紅していた。
お祭り騒ぎはもう収まったようだった。広場にはもう燃え盡きた黒い炭だけがあり、人々は散會していた。
そのまま駆け抜ける。
村長の家は村の最奧、いっとう大きな屋敷だった。それでも簡素な平屋である。扉の向こうはすぐリビングルーム。
引き戸を暴に開け放つと、すぐそばにいたらしい、村長がびっくりしてお茶をこぼした。
気にせず大で進んでいく。奧の一部屋は客間である。
再び暴に扉を開く。
そこにはやはり、ラトキア人たちがいた。鮫島が胡坐をかいて座り、虎が膝を立てて、彼の後ろにいる。
その右手にナイフ、左手に鮫島の長い髪があった。
「リタ?」
虎が振り向く。梨太はとっさに飛びつき、彼の右手を捕まえた。うっかりナイフそのものを握りこみ、刃が手を傷つける。が滴り激痛が走ったが、どうでもいい。ぎょっと目を剝く二人に、梨太は怒鳴りつけた。
「――なにやってんだよ! なんだこれ!!」
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