《ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】》3-021.とっておきのなんじゃこりゃあ
ヒロとリムは、次の目的地、エマへ向かう道を歩いていた。快晴の空は高く、時折吹きすぎる風が心地よい。リムは相変わらず、鼻歌を歌いながらヒロの先を、跳ねるように歩いている。
「楽しそうだな。リム」
「はい。楽しいです」
「俺の手伝いをすることが修行だといっていたけど、いつまで手伝ってくれるんだ? 見習いを卒業するまでかい?」
「ヒロ様がリムを要らないという迄、いつまでも、です」
リムは當たり前であるかのように答える。
「いつ終わるか分からない修行って嫌にはならないのか?」
「全然」
リムは立ち止まって、振り向いた。なんでそんなことを聞くのだろうと言わんばかりの不思議そうな表をしている。
「だって、修行ができるんですよ。頑張れば頑張った分だけ長できるんですよ。嬉しいに決まっているじゃないですか」
「じゃあ、準霊ランクアップを目指して頑張ってるってことかな」
「え? 何を言ってるんですか。ヒロ様」
リムはきょとんとした。
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「ランクアップなんて、ただの飾りです。ランクアップしたから嬉しいんではないんです。修行して自分が長するから嬉しいのです。修行の中に喜びがっているんです。大地母神リーファ様や聖霊様達は、皆さん知っています」
――修行の中に喜びがっている。
ヒロは軽い衝撃をけた。今までそんな風に考えたことが無かった。仕様書に従い、プログラムのコーディングする。書いた何萬行のソースをチェックリストに従い黙々とチェックする。同じ事の繰り返し。正直苦痛だった。頑張れば正社員になれるとか何かインセンティブがあれば張り合いもあるが、現実は……事実上……それもめない。そう思っていた。もしこの世界で仕事を見つけることができたなら、リムのような仕事に喜びを覚えることができるだろうか。
「ヒロ様、どうされました?」
リムが覗き込んでいた。我に帰ったヒロは今の気持ちが念テレパシーでリムに伝わってしまったのではないかと焦ったが、リムの素直過ぎる顔を見ているうちにどうでもよくなった。何の因果か分からぬまま、生き延びる為にやってきたこの世界。元の世界では得ることが出來なかった何かが此処にはあるような気がした。
「あ、いや、ちょっと休もうか。リム」
「はい」
屈託のない笑顔でリムが答える。ヒロが道端に腰を掛けるとリムも続いた。ヒロは腰の水筒を手に取り、コルクのようなもの作られた栓を開ける。葡萄酒獨特の甘い匂いと若干の刺激臭が鼻腔をくすぐった。ヒロは、この世界のワインにも赤とか白とかあるのだっけ、と思いながら一口葡萄酒を含んだ。
――ブフォ。
咄嗟に右手で口を抑えたが間に合わない。ジュース並の甘いに、ピリッと鼻に抜ける刺激がヒロを襲った。ヒロは盛大に口の中のものを外に吹きだした。
げほっ。げほっ。激しく咽る。
「ヒロ様、大丈夫ですか?」
リムが慌てて、ヒロの背中をる。
「なんじゃあ、こりゃあ」
ヒロは自分の右手を染めた赤いを見て思わずそういった。最初口に含んだ瞬間は、確かにワインの味だった。だがその後に襲ってきた強烈な刺激。一何がっているんだ。
赤い葡萄酒を滴らせる右手をよく見ると、何やら細かく砕いた黒い粒がある。そっと摘まんで、匂いを嗅いでから口に含む。謎の粒をしばらく舌で転がした後、ガリっと噛んでみる。途端に針で突つつかれたような鋭い刺激が舌に走った。その瞬間、ヒロはそれが何かを悟った。
(胡椒!?)
黒い粒の正は胡椒だった。どうやらこの世界の住人はワインに胡椒を混ぜて飲むらしい。ヒロの常識を覆す味だ。この世界の連中は一どういう味覚をしてるんだと思ったが、後の祭りだ。
(……もしかして、この水筒の中は全部これなのか)
「何かありましたか?」
尚も心配してくれるリムに、ヒロは無言で水筒を渡す。リムは躊躇なく、ごくごくと飲んだ。
ヒロは大丈夫なのか、とリムを見たが、リムは目をきらきらとさせている。
「この葡萄酒、すっごく味しいです。ヒロ様。流石『とっておき』ですね」
こういう世界なのだ。けれるしかない。ヒロは嬉しそうに水筒に口をつけているリムを眺めて苦笑いした。
◇◇◇
 
空が茜に染まる頃、ヒロとリムはエマの街についた。
エマは人口千人程の街だ。ウオバルへと流れ込む河を背後に、他の村や街とを繋ぐ街道の差路に位置する通の要衝だ。
エマには城塞こそないが、周囲には簡単な柵が設けられている。街の中には住居や店が立ち並び、二階建の建もちらほらとある。その多くは店のようであったが、二階の窓から洗濯がぶら下がっているところを見ると、一階を店舗として、二階部分は住居として使っている様に見えた。
ただ、夕方ということもあってか、売りの店の多くは片づけを始めていた。店先で店主とお得意と思われる客が立ち話をする姿もある。ところどころ、玄関先にランプが燈る店があるが、こちらはこれから店を開く酒場のようだ。ヒロは道屋に寄るのは明日にして、まずは今夜の寢床を確保することにした。
今朝出立を見送ってくれた、アラニス酒場の店主アルバによると、このエマには宿泊専門の宿もあるらしい。ヒロはアルバに教えて貰ったとおり、『蓮の華』の看板を掲げている店を探した。
中央通りを端から歩きながら、店をチェックする。お目當ての看板をぶら下げている店はいくつかあったのだが、その看板の隣に紋章のついた旗が吊るされていた。旗の紋章は、馬や鷲を模ったものや、剣や鍵をモチーフにしたものがあり、店によってマチマチだ。しかし、旗が掛かっていない店は一つもない。ヒロは、それらの店に宿泊できないか渉したのだが、どこも満室だった。宿の付に聞くと、旅人の多くは事前に使いをやって、あらかじめ宿の予約を取っておくのだという。いきなりの飛び込みでは宿を取れる方が稀まれなのだそうだ。
ヒロは宿泊専門の宿を諦め、宿泊を扱う酒場がないか探した。だが、宿泊も手掛ける酒場は左程多くはなく、その數ない寢床を貸す酒場でさえ満室で、ヒロ達は宿泊を悉ことごとく斷られてしまった。
街に活気があるのは結構だが、人の出りが多ければ多いほど、宿を取るのも難しくなる。仕方ない。泊めてくれそうなところを一軒づつ當たるか。ヒロは酒場に限らず、店をしらみ潰しに訊ねることにしたのだが、それでも中々見つからない。
「何処も駄目だな……」
「満室ばかりですね~」
ヒロの呟きにリムが明るく応える。リムは宿が見つからないとはほども考えていない様子だ。リムの前向きさにヒロは元気づけられた。
と、ヒロとリムは一つの店の前で足を止めた。看板は見たこともない図柄だった。太いの縁の中にトランプのスペードやハートのようなマークが配置されている。の中心には丸々と太った革袋が描かれていた。だが、他の宿にはあった紋章のついた旗の類はなかった。
(……ここも當たってみるか)
ヒロは、リムの手を引いて店に足を踏みれた。しかし、次の瞬間、ヒロは自分が失敗を犯してしまったことを悟った。
 
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