《ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】》3-023.神はサイコロを振らない
ヒロは慌てて無くなったナップサックを探した。カウンターの周り。足下。近くは全部探した。
――ない。
ナップサックには金貨やシャロームとの契約書もっている。宿どころではない。ヒロは焦って、店を見渡す。
と、ヒロの視界に、フードを被った一人の背の高い人が店を出ようとしているのがった。その肩にヒロのナップサックが掛かっている。
「おい、ちょっと待て!」
ヒロが呼び止める。そ・い・つ・はフードを取ってこちらを振り向いた。真っ赤な髪に、し日焼けした。整った綺麗な顔に意志の強そうな大きな紅い瞳がヒロを睨みつけていた。
「それは俺のだ」
ヒロは、リムにそこからかないようにと言ってから、その人に向かって近づいた。が、すぐにある違和を覚えた。
――?
ヒロのナップサックを擔いだ人はだった。恐ろしく背が高い。ヒロより頭一つは高く、百九十センチ以上はありそうに見える。分厚いガウンを纏っていたが、ボリュームのあるのラインまでは隠し切れない。腰を紐で引き絞ったナイスバディーだ。長というよりは、均整の取れたをそのまま拡・大・したという表現が相応しかった。
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「返してくれ。それは俺のだ」
ヒロはの肩のナップサックを指さした。
「はぁ。これは其処に落ちてた奴を拾ったんだ。あたいのもんだよ」
は顎をしゃくってカウンターを示す。
「落ちてたんじゃなくて、置いていたんだ。ふざけるのもいい加減にしてくれ」
「証拠でもあんのかい?」
は腰の後ろに手を回してナイフを取り出した。ヒロの頬にピタピタと當てる。
「あたいはね。いつまでもウダウダと話してるのは嫌いなんだよ。死にたくなければとっとと消えな。気づかねぇお前が悪いのさ」
頬にのナイフの冷たいが走る。ヒロは、店主マスターが魔法でを眠らせてくれないかと期待したが、のナイフはヒロのになって、カウンターからは見えない。の聲も賭場の喧噪に紛れてカウンターには屆かない。
いつしかはヒロの頬に當てたナイフを元に突き立ていた。相変わらず、店主マスターからは見えない角度だ。一見荒っぽく見えるがきちんと計算されている。侮れない相手だとヒロは思った。
――どうする?
ヒロは思考を巡らせた。大聲を出してトラブっていることを知らせるか。しかし、がどうくか分からない。
はり口を背にしている。そのままナイフでを掻ききるのは一瞬で出來るだろう。その位置からなら、店主マスターの魔法が掛かる前に逃げることが出來るかもしれない。だが、たとえ、此処を上手く逃げおおせたとしても面倒を起こしたことには変わりない。後々を考えるとその選択は下策に思える。となるとナイフを出したのは、やはり只の脅しではないのか。ヒロは咄嗟に思考を巡らした。
ただ、敢えて苦言を呈するなら、その考えはヒロの常識に照らしてのものだ。この異世界の刑法がどうなっているかは分からないのだ。もしかしたら殺人とて罪にならないかもしれない。先程のカウンターの男も眠らされている間は何をされても文句をいえない仕來しきたりだと言っていた。ヒロは自分の常識で全てを判斷するのは危険だと考え直した。ならば――。
「賭けをしないか?」
ヒロが提案する
「あん?」
赤のが眉を寄せる。
「賭けをしようといったんだ」
ヒロは繰り返した。流沙汰又は魔法による強制的な行停止を喰らわずにナップサックを取り返すには、武力以外の方法で雙方の合意を取りつけなくてはならない。それが話し合いならベストだ。それで金貨をしでも取り返せるのなら、良しとすべきなのだろうなとヒロは思った。しかし、このは、その話し合いすら拒否している。話し合い以外に雙方合意する方法なんてあるのか。賭場に出りするだ。もしかしたら賭け事なら乗ってくるかもしれない。
「あぁ、何寢ぼけたこといってんだ。こいつは、あたいが拾ったんだよ。何であたいがお前の言う事を一々聞かなきゃならないんだい?」
はヒロの提案を拒否した。考えてみれば當たり前のことだ。は既にヒロのナップサックを手にれている。このままヒロを脅して諦めさせればいいだけだ。それを態々わざわざヒロの提案に乗って賭けをやってやる道理などない。むざむざとヒロにチャンスを與える必要などないのだ。ヒロもそれは分かっていた。元より無理筋の提案であることは承知している。そうであるからこそ、その無理を押し通さなくてはならない。ヒロは、口にした賭けではなく、今この瞬間こそが賭けなのだと奧歯を噛みしめた。
「こんなところでを流すよりいいだろ?」
傍目にはヒロの言葉はハッタリにしか聞こえなかった。だが、の反応は違っていた。ヒロの元にナイフを突き付けたまま微だにしない。否、の表が僅かに歪んでいた。
ヒロが鋭い金屬片をの腹に突き立てていた。リムが石から錬変化させて作り出した『五寸釘』だ。
ヒロの捨ての反撃だが、それでも狀況は斷然に有利だった。を掻き切るのと腹に小さなを開けるのとどちらが致命傷になるのかを考えれば答えは明らかだ。しかしヒロの狙いは相打ちではなかった。騒ぎにすることだ。騒ぎにすることで回りの注目を集めればその分好き勝手しにくくなる。このまま互いにかなければ、異変に気付く者も出てくるだろう。なくとも時間は稼げるはずだ。と同時に、ヒロは元魔法使いの気な店主マスターに早く気づいてしいとも思っていた。
「……ふん。馬鹿馬鹿しいが、お前の話に乗ってやろうじゃないか。で、何を賭けるんだ。この袋かい?」
はナイフを降ろして、腰のホルスターに仕舞うと、肩のナップサックを手に取った。
「そいつもあるが、それに付け加えて、俺のみを一つ聞いて貰いたい」
「ほう。賭け金の上乗せかい。あたいが勝ったら?」
「その袋と、君の言うことを何でも聞く。それでどうだ?」
ヒロは吹っかけた。賭けるのがナップサックだけなら、プレッシャーにはならないからだ。は盜んだナップサックを取り返されるだけで、自分の腹が痛む訳ではない。賭けの対象を上乗せすることで、に何か損するかもしれないと思わせたかった。そうすることで、しでも自分のペースに引き込めないかとヒロは計算していた。心理的な揺さぶりだ。
だが、はヒロの思に反して、余裕たっぷりで返してきた。口元に笑みさえ浮かべている。流石にこんなところに顔を出すだけあって、賭け事には慣れているのかもしれない。やはり一筋縄ではいかなさそうだ。
「面白れぇ。何で勝負するんだ? ダイスか? カードか?」
「そうだな……ダイスでやろう」
ヒロはダイスを選択した。この世界でも賭け事には賽子サイコロやカードを使うようだ。しかし、ルールが分からないカードゲームより、単純明快な賽子サイコロの方がまだチャンスがあるとヒロは考えた。
「いいぜ、こっちに來いよ」
は賭場の奧に向かって歩き出した。掌を上にして、人差し指でチョイチョイとヒロを呼ぶ。ヒロもリムに傍にくるよう中指でそっと手招きした。ヒロの頭には一つの作戦が浮かんでいた。リムが傍にくるとヒロはリムに念話テレパシーで語り掛けた。
(リム。ちょっと手伝ってくれないか)
(は、はい)
ヒロはリムにある作戦を伝えた。
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