《ロシアンルーレットで異世界へ行ったら頭脳派の魔法使いになっていた件【三部作】》3-026.お節介焼きが
 
――ヒロ達の泊まった宿の一階。
酒場を兼ねたフロアの隅から奧にる通路がある。通路の両壁の柱上部に設けられた出っ張りにチェーンで吊された皿。皿には背が低いが、人の腕周り程もある極太の蝋燭がゆらゆらとその燈火で通路を照らしている。
通路の奧には二階へ上がる階段が見える。階段手前の両脇に扉が二つ。ここも宿泊用の部屋だ。
節くれ立った木の階段がギシギシと聲を上げ、通路の燭臺が人影を映し出した。大きな人影は階段を降りた隣の扉をゆっくりと押し開ける。通路のランプが人影の姿をわにする。ソラリスだ。
ソラリスが取っていた部屋は一階だった。ヒロ達が泊っている部屋程ではないにせよ、この街の宿では數ない個室だ。部屋の四隅には通路と同じく皿に乗せた蝋燭のランプが吊り下げられ、靜かな焔が點っている。
ソラリスはに纏ったガウンを部屋の端に置かれたスツールに暴にぎ捨てると、部屋に一つきりのベッドにを橫たえた。
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 小窓から蓮月の月明りがらかな風を運んでくる。ソラリスは仰向けになって天井をぼおっと見つめながら、今日の賭場カジノでの出來事を思い返していた。
これまでも他人ひとの手荷を盜んだことは何度もある。だが、ヒロのように面と向かって取り返しにくる奴など殆どいなかった。自分のスキルのせいでもあるだろうが、大半は盜まれた事に気づきさえしない。稀に気づいて取り返しにくる奴もいるが、高位の騎士や魔法使いならいざ知らず、自分の格からだとナイフでし脅してやれば、大抵の男は震え上がってすごすごと引き下がった。中には、何も言っていないのに、自分から有り金を差し出して、命乞いをする奴さえいた。ヒロだって、そいつらと同じ類の輩だと思っていた。
ところが――。
ヒロは正面から取り返しにきた。ナイフをに突き付けて脅しても、ヒロあいつは怯むどころか、逆に寸鉄を突き返してきた。そんな男は初めてだった。
(……肝が據わってる)
ソラリスは心した。その後の賭けもそうだ。ダイスの一面を金にすることで、六ゾロヨド・ヘットを出して見せる機転もそうだ。
そう、勝負はダイスを投げる前についていたのだ。
あの金きんのイカサマとて一発勝負かつ後手番だからこそ出來たことだ。三回勝負なら通用しない。一回目でバレてしまう。それに、ダイスを振るのも後手でなければならなかった。あの時、ヒロが先手番になっていたら、イカサマは使えなかった。後手番の自分ソラリスも同じ賽子サイコロを使うからだ。
それを分かっていて、ヒロはさり気なく一発勝負に持ちこんだ。自分ソラリスを挑発して、先に投げさせるように仕向けた。しかも、自分が投げる前に待ったを掛けて、大鉢の中に投げるよう導するオマケ付きだ。あれもきっと、テーブルに直接投げるより、鉢の灣曲した底面でらせて転がした方が重い面が下になり易いと計算したに違いない。
「度があって機転も利く、か……」
ソラリスの口元に僅かに笑みが浮かんだ。生まれて初めて賭けに負けたというのに、不思議と悔しさはなかった。それよりもあの狀況下で、鮮やかに自分を負かしてみせたヒロの手並みに嬉しさに近いが湧き上がっていた。
(ヒロ、といったか。面白い男やつだ。あとは何かスキルがあればいいがな……)
ヒロはウオバルで仕事を探すといっていた。ヒロの度と機転があれば、平凡な仕事ではなく、冒険者のような命を張る仕事の方が向いているように思えた。
ヒロは自分にスキルは無いと言っていた。しかし、たとえ今はスキルがなくとも、學問都市であるウオバルなら、剣でも魔法でも正規の大學でなくとも、実地でスキルを磨く事はいくらでも出來る。もしもヒロが冒険者として獨り立ちできるくらい強くなることが出來れば、もしかしたら……。
(しばらく、ヒロあいつと付き合ってみるか……)
ソラリスは、ヒロの仕事の世話することを口実に、彼ヒロの適正を見極めるまで傍にいるのも悪くない。そう思った。もし、ヒロを冒険者にさせることができれば……
と、部屋の四隅の燭が同時に揺れた。チャリと金屬同士がれる音が微かに鳴る。ソラリスは天井を見たままそっと呟いた。
「ロドニスか?」
「はっ」
「何か分かったかい?」
「いえ、未だ。ただ、噂で宜しければ座いますが」
「話せ」
「はい。北の藩王國で姿をみたとの報があります」
「何時いつのことだ」
「一蓮ひとつき前でございます」
「他には?」
「それだけで座います」
「……分かった。何かあったら知らせてくれ」
「承知いたしました。ソラリス様」
謎の聲はそう言い殘して消えた。
「ふん」
ソラリスはベッドの下をまさぐり、羊皮の子袋を取り出した。袋の中に手をいれ、円盤狀の金屬を取り出した。金貨だ。中央に獅子の姿が刻まれている。見事な王國正金貨だった。
「……お節介焼きが」
ソラリスは蓮月が投げかける虹の月明かりに金貨をかして目を細めた。
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