唯一の弱點とロンボクが教えてくれた元とて、フルフェイスの兜とプレートメイルに挾まれたほんの僅かな隙間しかない。剣で切りつけたところで、プレートメイルの襟に阻まれてしまうだろう。攻撃するとすれば突きしかないが、その為には剣が屆く間合いにらなければならない。それは非常に困難な作業に思われた。

――どうすれば、この化けを倒せるんだ。

ヒロは逃げ道がないかと周囲を見渡した。だが、唯一のり口である隠し扉への通路は小悪鬼騎士ゴブリンロードの後ろだ。剣を持っているソラリス、ミカキーノはいざ知らず、それ以外のメンバーが無傷で辿りつけるとはとても思えない。

ヒロは再び炎粒フレイ・ウムを発させる。やはり、先程と同じゴルフボール大の大きさにしかならない。ヒロは炎粒フレイ・ウムの発を止めた。この程度では何発見舞ったところで、さっきのように小悪鬼騎士ゴブリンロードの水魔法の餌食になるのは目に見えている。

既にこの空間のマナは盡きている。エルテの風魔法も、ロンボクの土魔法も発できない。殘るはヒロのマナオドを使ったささやかな炎魔法だけだ。

いつの間にか、ソラリスがヒロの傍に來ていた。ソラリスはカラスマルを振るって、小悪鬼騎士ゴブリンロードを牽制しながら、ゆっくりと後退していた。小悪鬼騎士ゴブリンロードの背後で、うずくまってけないでいるミカキーノを攻撃させない為だとヒロは悟った。

「ソラリス、ゴブリンロード奴のペンダントを切ってから、に一撃を叩きこむ。それしか勝機はない」

「どうするんだい？」

「ゴブリンロード奴の注意を逸らせる。だから……」

ヒロはソラリスに何事か囁いた。それを聞いたソラリスは懐を探り、ヒロに後ろ手を差し出した。

「これだよ」

ヒロは、ソラリスの手に自分の手を重ね、神を集中する。一瞬眩暈がしたが、構わず続ける。

「ソラリス、チャンスは一度切り。最後の切り札だ」

「分かってるよ」

ソラリスはヒロに片目を瞑ってウインクして見せると、懐に手を戻す。

「ロンボク。幻影魔法なら発できるか？」

ヒロの問いかけにロンボクは問題ありませんよと答えた。

「合図をしたら、もう一度幻影のモンスターをけしかけてくれ。一瞬だけ気を逸らす事が出來ればいい」

「……分かりました。合図を下さい」

ヒロはソラリスをロンボクに無言で頷き返すと、半になって左手で短剣を逆手に構え、右手を貫手のように真っ直ぐばした。まだマナオドが使える程度に殘っていればいいが。

――ガシャリ。ガシャリ。

小悪鬼騎士ゴブリンロードが鉄靴の音を響かせ、自分が剣で真っ直ぐに穿った床の切れ目に沿って近づいてくる。ヒロはその場からかない。指先に神経を集中する。マナオドのを決して見逃してはならない。まだ距離がある。もっと近づいてからだ。

だが小悪鬼騎士ゴブリンロードは既に自分の間合いにっていた。あの床を切り裂いた剣の程だ。ヒロは小悪鬼騎士ゴブリンロードがあの剣を出さない事を祈った。

――ターゲット地點まで、あと十歩。

――あと、三歩。

――ゼロ。

「釣炎球ダゥ・フレイ・マー！」

ヒロがばした右手を上に突き上げる。小悪鬼騎士ゴブリンロードが穿ち、めくれあがった床が発した。床下の土と小石を噴き上げ、小悪鬼騎士ゴブリンロードの視界を遮る。ヒロは地中にマナオドを通し、その先端に炎粒フレイ・ウムを発、點火したのだ。それは黒の不可ブラック・アンタッチャブルとの闘いで見せた技だった。

「ロンボク！」

ヒロがぶと同時にロンボクが幻影魔法を発する。さっきは黒曜犬だったが、今度はコボルドだ。土煙で覆われた小悪鬼騎士ゴブリンロードにそのまま飛び込んでいく。

小悪鬼騎士ゴブリンロードは、突如足下で発した床に思わずその場で立ち止まった。剣を持っていない方の手を顔に上げ、小石や土を振り払う。そこにロンボクの幻影コボルドが襲い掛かった。幻影かどうかを判斷する時間はない。小悪鬼騎士ゴブリンロードの元のペンダントも反応しなかった。この至近距離では、たとえ解式ディスペルの魔法が発出來たとしても、間に合わなかっただろう。

小悪鬼騎士ゴブリンロードは、恐ろしいまでの反速度で目前に迫る幻のコボルドを剣で叩き斬る。次の瞬間、幻は真っ二つに割れ消え去った。

――！？

小悪鬼騎士ゴブリンロードが幻だと気付いた時には、死角にソラリスが飛び込んでいた。

「チィエエエエエエィ！」

裂帛の気合いと共にソラリスのカラスマルが一閃する。太刀筋が跡を描き、小悪鬼騎士ゴブリンロードを捉えた。カラスマルの切っ先が小悪鬼騎士ゴブリンロードのプレートメイルを斜めに切り裂き、黃金のペンダントのチェーンを切り飛ばした。

――ガシャン。

――キーン。

小悪鬼騎士ゴブリンロードのプレートメイルは両斷されて床に落ち、一拍置いて黃金の三角錐のペンダントが床の上を踴った。

「やった！」

ヒロは思わずんでいた。リムの言う通りなら、これで小悪鬼騎士ゴブリンロードは魔法が使えなくなる筈だ。ヒロは、ここぞとばかり炎粒フレイ・ウムを発しようと、腕を振り上げた。だが、炎の玉が出ない。

――！？

ヒロは思わず、自分の手の平を覗き込んだ。しかし、ヒロの手の平は空のままだ。種火さえも生まれない。魔法が発しない。もう一度炎粒フレイ・ウムを発しようと試みる。結果は変わらない。何度やっても駄目だ。

――マナオドが盡きたのか？

エルテの青い珠ドゥームでマナオドを抜いた後も、魔法を使っていた。使えてしまっていた。だが、さっきの釣炎球ダゥ・フレイ・マーでとうとう使い切ってしまったのか。

マナオドが完全に盡きると死を迎えるという。ヒロはこのまま死んでしまうのではないかと焦ったが、そんな兆候はない。もく。ただ魔法発だけ出來ない。ヒロは両手の廻の指を見つめた。ヒロが魔法発出來るようになったのは、モルディアスから貰ったこの指廻の指の蔭だ。もしかしたら壊してしまったのか。廻の指は黙して語らない。だが、そんな詮索をしている狀況ではない。ヒロは頭を切り替えた。

ソラリスは小悪鬼騎士ゴブリンロードと何合もえていた。両者の剣がぶつかる度に激しい火花が迸る。小悪鬼騎士ゴブリンロードの剣先がソラリスの鼻先を掠める。紅い髪がはらりと散った。