一つ、二つ。

獣はまるで掃除でもするかのように次々と水流を吐いた。青銀の獣は臺座を悉く砕くと、その頭をヒロ達に向けた。

――ブシュッ。

水の塊がその口から発せられる。人の背丈を優に超える巨大な水のボールが目の前の床に直撃した。耳をつんざく発音と共に、床に巨大なが空き、周りの床はポップコーンが弾けるように宙を舞った。

その衝撃で、一番前に居たヒロが吹き飛ばされ、奧の壁にしたたかに打ち付けられた。背中を強く打った。息が出來ない。必死で周りを見る。ヒロ以外は巧くを躱したり、しゃがんだりして、衝撃をやり過ごすことに功していた。それほどのダメージはないようだ。

「ヒロ様！」

リムがヒロの傍に駆け寄る。ヒロは手を上げて大丈夫だと返事する。

「っの野郎！」

ソラリスがカラスマルを杖のようについて立ち上がる。震える手で構え、気合いの一閃を振るう。剣が屆く距離ではないが、剣が生み出す衝撃波による攻撃だ。

だが、その衝撃波は、青銀の獣に當たったかと思うと、ドプリと鈍い音を立てて、吸収された。青銀の獣は意にも介さない様子で平然としている。全く通じない。

ソラリスは直接の剣戟を見舞わんと近づく。獣はを捩らせ、長い尾を振った。ゴウッという音と共に、水流が尾のきを追って生み出され、ソラリスを飲み込んだ。ソラリスは咄嗟に防姿勢を取ったが、水流の勢いは凄まじく、あっと言う間にソラリスをホールの壁に叩きつけた。

「ソラリスッ……」

やっと息が出來るようになったヒロだが、躰が思うようにかない。ダメージが抜けていないのだ。

エルテ、ミカキーノ、ロンボクの三人はその場からけないでいた。ロンボクは意識を取り戻していたが、まだ自力ではけない。ロンボクを庇うようにエルテとミカキーノが獣と対峙する。

エルテはヒロが吹き飛ばされた獣の攻撃の為に中斷された魔法詠唱を再開していた。燭臺から供給されるマナので魔法発まで、それほどの時間は必要としなかった。

「風迅旋エアリアルサッド！」

エルテが風魔法を発する。無數の風の刃が獣の背に狙いを定め、襲いかかった。

獣はし背を丸めたかと思うとぶるぶると震わせた。たちまち無數の水の矢が背から飛び出し、風の刃を迎撃する。風との相の悪さなど意にも介さない。風の刃はたちまち水の矢に切り裂かれ、々になって消えた。

――格が違う。

ヒロの偽らざる気持ちだった。傷ついた自分達の手に負える相手じゃない。いやベストの狀態でも敵うかどうか。どうにかして逃げなければ……。前足しかない所為せいか、獣のきが鈍い。前足に重心を乗せ、下半を引きずるように這って移している。死角に回り込みながら、素早く移すれば……。

だが、ヒロが出路を探すより先に、獣が大口を開けヒロを食い千切らんと襲いかかった。

「ヒロ様！」

リムがヒロの前に飛び出て、両手を広げた。

「リム！　逃げろ！」

ヒロがリムを払いのけようとするが間に合わない。獣の口がリムを飲み込まんとしたその瞬間、リムの稟とした聲が響いた。

「止めなさい！　アークム！」

獣は一瞬びくりときを止めたように見えた。獣は首を大きくブンと振った。獣の頭と首から細かい水弾が放たれ、周囲の床を抉った。

エルテは風魔法によるバリアの発をギリギリで間に合わせ、自分とミカキーノを守ることに功した。しかし、ソラリスとヒロ、そしてリムは水弾をの直撃をけた。一つ一つの威力はそれほどでなくとも、何千、何萬ともなれば訳が違う。三人は吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。それでも致命傷をけなかったのは、特注で作らせたミスリルの鎖帷子を三人とも裝備していたからだ。無論、ヒロ達にそんな事を考えている余裕などなかったが。

「きゃあ！」

獣に一番近い所にいたリムは、三十歩の距離を一瞬で飛ばされていた。床に倒れたまま、ぐったりとかない。獣は牙を剝き出してリムの小さなを噛み砕かんと襲いかかる。ソラリスはようやく上半を起こしたところだ。水弾の攻撃を防するのに全力を傾けていたエルテもミカキーノも、攻撃態勢をとろうとしているが、もう間に合わない。ヒロはリムを守ろうと必死で起きあがろうとした。だが、かろうじて顔を上げる事に功しただけだ。

――リムがやられる！

この異世界に飛ばされた自分を助けてくれた霊リム。彼リムと出會わなければ、この世界の言葉を話す事は出來なかった。彼リムが居なければ、きっと何処かで野垂れ死にしていただろう。モルディアスの試しの時も、魔法より、リムが居てくれることを選んだ。リムはいつも自分の傍に居てくれた。いつも明るく、可らしい金の瞳を向けて笑っていた。それを見るだけで癒され、この世界で生きていく勇気を貰っていた。それが……。

獣がリムのに喰いついた。

「リムゥゥゥゥゥーーー！」

ヒロのびがホールに木霊する。

だが、獣はそのままの姿勢できを止めた。気のせいかリムの全が金のオーラに包まれているように見えた。

獣は口を放し、首を擡げ、天を仰いだ。

――！？

獣のから、細かい泡のような粒子が噴き出したかと思うと、みるみるに巨大なが薄れていく。

一同が息を詰めて見つめる中、獣の姿は宙に消えた。