――八千年前。フォーの神殿。地下大聖堂。

十數年前から建設が始まり、ようやく完が間近に迫った大聖堂だ。この世界に大崩壊カタストロフが來ると予言され、選ばれた者達を生き殘らせる為に造られたものだ。

大聖堂は地上の神殿を模して造られ、百人以上を収容できる広さがあった。地上部分へと繋がる換気管が縦橫に走っているが、換気口は燭臺や天井と床との繋ぎ目に設けられるなど、一見してそれとは分からないように工夫されていた。

広いホールの所々には真四角に形された白いパネル型の化粧石が無造作に積み上げられ、最後の仕上げを待っていた。ホールの真ん中には通路があり、その両脇に十の臺座と、燭臺が置かれている。臺座には何も置かれておらず、燭臺にも蝋燭の類はなかったが、白い球が浮かんでホールを明るく照らしている。

ホールの奧には、祭壇を祭った小ホールへと続く扉があり、開け放たれていた。

その祭壇の前で、一人の若きと一人の若者、そして老魔導士が片膝をつき、祈りを捧げていた。

若いは額に銀の小さなサークレットをしている。整った顔立ちには気品すら漂っていた。栗のストレートの髪は腰まで屆き、純白のドレスを黒の皮ベルトで引き絞っている。やや痩せ形ではあるが、よく締まった筋質のであることが見て取れる。彼の元で、黃金の細長い巻き貝型のペンダントが揺れていた。

若者は白いローブのような導師服を纏っている。袖には金の縁取りがなされていた。腰には魔法使いの杖ではなく、剣を帯びている。

若い男の後ろに老魔導士。こちらも白の導師服を著ているが、袖と襟の部分に金銀の縁取りがなされ、若者のそれよりも一段と格上である事を示していた。年は七十を超えているであろう。深い彫りのある顔に刻まれた細かい古傷は、彼が魔法使いとして歴戦を戦い抜いてきたことを語っていた。

彼らの前には祭壇があったが、神を象った像の類はない。その代わりに一人のが立っていた。は背の高い白い帽子をかぶり、袖口に赤の刺繍のった白ローブを著ている。黃金の錫杖を両手に捧げるように持ち、祭壇の一番上に立って、彼らが捧げる祈りを靜かにけていた。

「目をお開け下さい」

が靜かに告げ、目の前の若いに聲を掛けた。

「父王ライバーンは壯健ですか？　執政エルフィート」

エルフィートと呼ばれた若いはゆっくりと顔を上げる。

「はい。神リーファの加護により、恙なく余生を過ごしております。レイム様」

祈りをけていたはレイム。かつて王都のリーファ神殿で、レーベ王の三人の息子にレーベの忘れ形見を授けただ。あれから三十年も経っているというのに、當時と全く変わっていない。十五歳のの姿のままだ。

レイムはエルフィートにそう、と答え、左脇の若者に目を向ける。

「エルフィートとの挙式以來ですね。フレイル・ラクシス」

「はっ」

フレイルと呼ばれた若者が深々と頭を下げる。

「貴方の働きはよく聞き及んでいます。これからも夫として、側近としてエルフィートを支えてあげてください」

「ははっ」

レイムはフレイルに優しく微笑み掛ける。そしておもむろに顔を上げると、後ろに控える大魔導士に語りかけた。

「お久しぶりです。大導師ラメル。加減は如何ですか？　先帝レーベ様から三代に渡って仕え、大陸メンテーラを守ってきた貴方に、リーファ様に代わって謝申し上げます」

レイムはラメルと呼んだ大魔導士に敬意を表した。にとっても、この老魔導士は尊敬に値する存在なのだ。

「勿ないお言葉だ。レイム殿。私の命も殘りない。最後の仕事をするときが來たようなのでな……」

「分かっています」

レイムはエルフィートに向かって目で合図する。エルフィートは立ち上がると無言で元のペンダントを外し、レイムに手渡した。

――黃金水晶。

そのペンダントは、後にレーベの寶として伝えられる事になる黃金水晶だった。

「エルフィート。霊獣アークムはまだ……」

「はい」

レイムは左手に黃金水晶を乗せ、右手の人差し指と中指でなぞるようにらせた。次の瞬間、黃金水晶がり輝き、空中にホログラムの様な像を結んだ。それは、神リーファによって黃金水晶に封じられている水の霊獣アークムの傷ついた姿だった。は深く抉れ、片足が一本無くなっている。尾鰭は何かに食い千切られたように欠損し、頭の角は二本とも折れている。アークムは頭をぐったりと橫たえ、ぴくりともかない。

「これは……」

「……はい」

エルフィートはそう答えるのが一杯だった。目に涙が浮かんでいる。思わず鼻と口を手で押さえた。

「あの大崩壊カタストロフから、この世界を救ったのです。アークムはリーファ様の命を守り抜いたのですよ。気に病むことはありません」

レイムはエルフィートに優しく微笑むと、大魔導士ラメルに視線を送る。

「大導師ラメル。これが貴方が此処にきた理由であり、私を呼んだ理由ですね」

「左様。霊獣アークムを復活させるのは、此処しか出來ぬ。レイム殿、そなたの力を借りたい」

「……」

ラメルの言葉を靜かに聞いていたレイムは、し考えた後、承諾する。

「たとえ功率は高くなくとも、やらなければなりませんね。このままでは霊界に還す事も出來ません。この世界の為にとアークムを召還下さったリーファ様に申し訳がたちません」

「うむ。レイム殿、手筈通り私は神殿にマナ吸引エナジードレインの魔法を掛ける。そなたは集めたマナを……」

「はい。アークムに……」

レイムはそう言って、振り返った。彼の目の前には寶箱があった。レイムが箱の蓋を開けると一歩脇に退いた。

「エルフィート」

「はい」

エルフィートが寶箱の前に行き、呪文を唱える。たちまち寶箱の底に文字が刻まれた。此処に黃金水晶を納めることになった経緯と奉納の言葉だ。エルフィートは底面に自分専用の宮廷文字が刻まれたことを確認すると、懐から金貨を取り出し底一面に敷き詰め始めた。

エルフィートは金貨を敷き詰め終えると、黃金水晶を靜かにレイムに捧げた。深く一禮をしてその場から退く。レイムはそれを見屆けてから、手渡された黃金水晶を寶箱に納めた。

「大導師ラメル、始めてください」