《脇役転生の筈だった》8
私は何故か上機嫌の兄と車の中にいた。
……兄はいつもよりも嬉しそうに頬を緩めている。
「お兄様、どうかなされたんですか?」
遂に我慢しきれずに兄に聞いてみる事にした。
すると、何故か兄は慌てた様子で誤魔化そうとした。
「い、いや…何でもないんだよ?
そ、そう!
遠鏡を買って貰えるのが嬉しくてね」
何だろうか。
そのとってつけたような言い訳は。
この兄はそれで私が騙されるとでも思っているのだろうか?
「お兄様…私にも言えない事、何ですね……」
私の兄に対しての武を最大に使ってやろうじゃないか。
……なんてカッコつけてはいるものの結局は泣き落としである。
顔を俯かせてし泣きそうな表をするだけでいい。
「さ、咲夜!
違う、違うんだ!
泣かないでくれ!
僕はただ、可い天使の寫真が手にって嬉しいだけなんだ!
………あ」
……天使?
…兄よ、それはもしかしなくとも私の事か?
そうだよね?
……私の、寫真?
「盜撮、したんですか?」
私は兄の発言に不機嫌さ丸出しで尋ねる。
私の寫真なら既に兄が何枚か持っていたはずだが…それでも盜撮は許せる訳はない。
「ち、違う!
咲夜のファンクラブを潰そうとしたんだけど…その、會員になればグッズや寫真を買えるって言われて……」
はい?
ファンクラブ?
誰の?
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……私の?
ないないない、有り得ないって。
私のファンクラブとか。
こんな子力のない元庶民の私が?
ははは…………何かの間違いだよね?
「お兄様…疑ってしまい申し訳ありませんでした……。
ですが、私…その方々に盜撮されていたんですね……」
「咲夜!
咲夜は可い天使の様な存在だからね。
仕方ないよ。
大丈夫、もし何かあったら僕が咲夜を守るからね」
……いよいよ兄のシスコンは重度に至ったようです。
うん……?
兄の発言だと何か無ければいいって事だから…天也と奏橙も大丈夫じゃない?
「でしたらお兄様、天也と奏橙を今度お家にご招待してもよろしいですか?」
「駄目だ。
いいかい?
あんな害ちゅ……蟲はね近付いては行けないよ」
……今、害蟲って言ったよね?
さっきまでの様子ならいけると思ったんだけどなぁ。
兄の目は本気の様に見えた。
「分かりました……。
奏橙の事を好きな友人がいましたから縁を繋げられればと思ったんですけど……」
「いいよ。
咲夜の友人でいるならいいんだ。
僕の咲夜にちょっかい出さなければ、ね」
え……。
まぁ、許可は貰えた、のか?
兄の判定基準がイマイチ良く分からないな。
何を判斷したんだろうか?
兄は『縁を繋げられれば』のところで笑顔に戻った気がするが……気の所為なのだろうか?
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そこで機嫌が良くなる意味が分からないしな。
私はその日の夜、父に呼び出されていた。
何か呼び出されるような事をしただろうかと不安になりながら父の部屋の扉をノックする。
するとスグに父が室の許可をしたので意を決して中へとった。
「咲夜、松江のとこから電話があった。
娘が咲夜にめられた、とな。
どういう事だ?」
父は怒りを顕にし私を問いただす。
………はい?
えーと……私が梨をめた?
あはは……まさかこんな馬鹿だとは思ってもいなかった……。
「知りません。
私はその様な事、やってはいませんから」
この件に関しては兄に知られない様、気をつけて行しなきゃいけなくなる。
そうでなければ梨の命が危ない。
「咲夜…お前はやっていないと、そういうのだな?」
何故か父の機嫌が更に悪くなっていく。
ここでポジティブに考えられればいいのだが……そんな雰囲気ではない。
「私がやった事は後悔しておりません。
それに私は恥じるような行を起こすような事をいたしません」
悲しいな。
私は何もやっていないというのにこんなにも信用して貰えないだなんて。
それは、私の行のせいでもあったかもしれないがそんなに私は信用出來ないのであろうか。
「咲夜!
お前は自分のやった事の重大さも気付いていないのか!!」
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やはり、父は私を信じてはくれていなかった。
そう考えると涙が溢れでそうになる。
それを堪え、震える聲で告げる。
「もう…いいです。
信用してもらえないのは自業自得だと分かっておりますから。
失禮します」
私は溢れそうになる涙を堪え、父の執務室から逃げ出した。
「咲夜!」
父の聲を聞きながらも私は自分の部屋へと走り込む。
「咲……」
兄の聲すらも聞かず、私は部屋へ逃げ込んだ。
部屋の中にると私はベットに倒れ込み聲を押し殺して泣いた。
こんなに泣いたのはいつ以來だろうか。中等部の時も、初等部の時も泣いた事は無かった。
あぁ、最後に泣いたのは私がまだ、香乃と呼ばれてた時だ。
そう考えると私は頑張ったと思う。
「咲夜…咲夜……出てきてくれないかい?」
兄が扉の向こうで私に話しかけてくる。
だが、私はそれを無視して枕に顔を押し付ける。
高校生にもなって泣くだなんて……などと思うかもしれない。
だが、それでも父から信用されないのは辛かった。
私の今までの行が全て否定された気がした。
紫月をあの時助けた事は後悔していない。
あぁしなければきっと私は後悔していたし、紫月は心に傷を負っただろうから。
それでもそれを父に否定された気がして…それが何よりも嫌だった。
「咲夜…何があったのかは知らないけど…僕は咲夜の味方だから。
何があっても咲夜の味方だから……」
兄は確かに私の味方になってくれるだろう。
だけど…きっと兄はやりすぎる。
兄には相談出來ない。
だから、泣き止んで兄に笑顔を見せなければいけない。
頭の中では理解しているが涙は未だに止まってはくれなかった。
ーーー父ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は松江からの電話の容の件で咲夜の話もろくに聞かずに決めつけてしまった。
あの咲夜がやるはずが無いのにも関わらずそう決めつけ、怒ってしまった。
これでは咲夜に嫌われたな。
などと自嘲気味に笑う。
私は自分の娘を信じられなかった。
「父親失格だな……」
咲夜のあんな泣きそうな顔だって初めて見た。
それだけ私は咲夜を見てこなったという事なのだ。
咲夜に無理をさせてしまっていたのだ。
父親ならばもっと早く気付いてやるべきだった。
いや、それだけではない。
父親であれば娘を信じてやるべきだった。
他の者がなんと言おうと咲夜を信じてやらねばいけなかった。
なのに、それが出來なかった。
父親として當然の事が私は咲夜にしてやれなかった。
「本當に、けない……」
そんな中、妻がやってくる。
その表からは怒りがじられる。
「あなた……咲夜ちゃんに何をしたんですか?」
どうやら咲夜は自室に閉じこもってしまったらしい。
悠人が私の部屋から出てきた咲夜に聲を掛けた様だが咲夜は悠人の聲すら聞かずに部屋へ駆け込んだとの事だった。
そして、咲夜の様子がおかしい事に気づいた悠人は妻に話した様だ。
「……私は、父親失格だな。
咲夜を信じてやれずに傷つけてしまった…」
妻はただ私の話を靜かに聞いていた。
やはりその目からは怒りがじられ、その様子が咲夜の今の様子を表しているようだった。
「……松江から苦の電話があった。
松江の令嬢が咲夜にめられたと泣いて帰ってきた、とな。
その話を聞いて咲夜を呼び出したが……咲夜は知らないと言ったんだ…。
その態度につい怒ってしまってな……。
父親なのだから咲夜を信じてやるべきだったのに。
あんな咲夜の辛そうな顔を初めて見たよ…」
「……ふざけないでください!
咲夜が、あの子が今までどれだけ頑張ってきたか…!!
あなたは咲夜が泣き言を言っているところを見たことがありますか!?
…無いでしょう!
それだけあの子が私達に気を使ってどんなに辛くとも笑顔でいたんです!
それを…それをあなたはなんだと思っているんですか!
私達を心配させないために、私達が気を使わないように…私達の評価に傷がつかないように……あの子はずっと努力を重ねてきたんです!
そんなあの子が今更、こんな事するはずが無いでしょう!」
こんなにもが高ぶった様子の妻は久しぶりだった。
そんな妻に私は思い知らされる。
咲夜にどれだけの無理を強いていたのか、どれだけ我慢させていたのか。
思えば初等部の時からそうだった。
咲夜は私達が仕事で海外に行くと言った時も我儘を言わずに悠人と共に殘る事を選択した。
あれも今考えてみれば私達に変な気遣いをさせないためだったのかもしれない。
あの年齢であれば普通、両親に甘えたがる頃だろうにそんな事すら考えずに……。
中等部の時だって咲夜がめられていた事を私達に言わなかったのは私達に心配や面倒をかけたくなかったのではないか。
そう考えると全て、辻褄が合う。
だが、それが本當にそうであれば咲夜には辛い思いをさせてしまった。
悠人や友人がいるから大丈夫だろうなどと考えていた。
それが、咲夜を余計に苦しめているとも思わずに……。
「……高等部へと上がってようやく気付くなど…あれだけ辛い思いをさせておきながら信じてやれなかったとはな……」
そんな時、再びノックの音が響く。
咲夜付きの清水か、悠人だろう。
「れ」
「失禮します」
そうしてってきたのはやはり悠人だった。
妹思いの悠人であれば來るだろうとは思っていたからな。
「…父さん、咲夜に何をしたんですか?
咲夜が泣いているところなんて今まで見たことも無かったのですが」
その聲からは苛立ちがじられた。
それ程までに妹を気遣う悠人を見て、兄妹の仲の良さをじられる。
そんな悠人に対し、あった事をそのまま伝える。
するとやはり悠人が怒る。
「…僕の大切な妹であり、父さんの娘である咲夜より松江梨を信じたんですか?
それに、咲夜がめた?
咲夜はそんな事はしません。
咲夜ならばめられている者を助けはしてもめる事はありません」
悠人の無條件の咲夜への信頼の厚さがじられた。
咲夜ならば助けはしてもめる事はないとそう言い切る悠人は咲夜の兄であり、理解者なのだと伺える。
それに比べ、自分は……。
本當に嫌になる。
「あぁ、分かっている。
悠人、それを証明出來るか?」
松江…徹底的に潰してやろう。
私に原因があるとはいえ…咲夜を傷つけた理由はあいつらなのだ。
ならば徹底的に潰してやろう。
そんな思いで悠人に聞くと返ってきたのは笑みだった。
「勿論です。
咲夜を傷付けた原因の1つですから……やるなら徹底的にやります」
「頼む」
「はい。
失禮しました」
妻もやる気のようで悠人と共に出ていった。
それを見屆けてから私も作業に取り掛かる。
松江の家を完なきまでに潰すという目的のもとに。
ーーー 悠人 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「さて…咲夜を泣かせた相手……松江梨か。
ふふ……僕の可い咲夜を泣かせた罪、倍にして返してあげなければね」
廊下でそんな事を呟きながら笑みを浮かべる。
笑みとはいっても目は全く笑っていないのだが。
それどころか殺気までじる程だ。
あまり使いたくはないが仕方ない。
そう考え、スマホを取り出し電話帳から害蟲と登録されている枠の中から神宮奏橙を見つけ出し、電話をかける。
天野天也にしなかったのはアイツが関わって咲夜に近付く様な事が無いようにしたかったからだ。
それに比べ奏橙は咲夜にとって害にはならないと判斷したのだ。
『…何でしょうか、悠人先輩?』
「尋ねたい事があってね。
今日の放課後の事なんだけど……」
『っ……!?』
スマホの向こうから奏橙の揺が伺える。
何か知っているらしい。
「知っている様で良かったよ。
松江梨について、聞かせてくれるかい?」
『……分かりました。
出來れば會って話したいのですが……』
それだけ重大な事ということだろうか?
いや、重大だ。
咲夜を泣かせたのだから重大に決まっている。
顔を見た方が隠している事や噓にも気付けるからこちらとしても有難いか。
「あぁ、分かったよ。
なら………」
うちと関わりのある個室がある店を選びその店を奏橙に伝えると電話を切り、車を出してもらう様に言ってから一旦上著を取りに自室へ戻る。
その途中、咲夜の部屋の前を通りかかる。
咲夜の前にいた清水さんに咲夜の様子を聞いてみる。
「清水さん、咲夜はまだ……?」
「…はい……咲夜様は未だにお部屋から出ては來ず……」
それだけ咲夜が傷付いたという事だろう。
清水さんにはし休むように言い、約束の店へと向かった。
店に行くと既に奏橙が來ているようで奧の個室へと通される。
奏橙と僕の飲みを頼み、それが來てから本題へとる。
「で、松江梨について…今日あった事全て教えてくれるかい?」
疑問形ではあるものの拒否を許さないような圧力を目線と言葉に込める。
奏橙は気圧された様にしつつも話し出す。
「僕も咲夜から聞いた話ですが……。
結城さんと僕が話をしていたところに松江さんが結城さんに話があるといい連れて言ったんです。
その後、咲夜がし用事があると出ていきしばらくしたら僕に電話がかかってきて咲夜に呼び出されました。
咲夜のところへ行くと結城さんが濡れていて頭から水を被ったようで…。
それをやったのが松江さんでそこに咲夜がり、結城さんを連れ出したようです」
その話を聞くに咲夜はめられていた令嬢を助けた様だ。
天使は天使だったという事だろう。
その松江梨はその令嬢をめていたところを咲夜に邪魔されその恨みから咲夜にめられたなどと言ったというところだろうか。
だとしたら……隨分と舐められたものだ。
例え、松江と同規模の會社だったとしても許されない事だ。
僕の妹を泣かせたんだ。
それ相応の罰はけて貰わないとね。
「…咲夜に、何かあったんですか?」
奏橙が不意に尋ねてきた。
答えようか迷ったが奏橙であれば癪だが咲夜が部屋から出てくるかもしれないと思ったのだ。
だから話す事にした。
「……泣いてるんだよ。
咲夜が…あの松江梨のせいで泣いているんだ。
自室に篭って、もう2時間以上経つ…」
「咲夜、が……?
……3人程、連絡してもいいですか?
音さんと結城さんと天也に」
黒崎さんなら咲夜も出てくるだろうか?
……分からないがかけてみてもいいだろう。
結城さんには話を聞きたいと思っていたしな。
天也は……要らないが、仕方ない。
ここは譲歩するか。
「……分かった」
「ありがとうございます」
奏橙は部屋の隅まで行き、3人に電話をかけた。
それからすぐに席に付き結果を伝えてくる。
「音さんと結城さんはすぐに來るそうです。
天也はマカロンを買ってから來ると」
もので釣る作戦か。
それは考えていなかったが……無駄になるだろうな。
あの様子ではマカロンでさえも食べないだろう。
だが、咲夜の友人が來るのは有難い。
それにより咲夜が部屋から出てきてくれればいいが。
………出來ることならば僕が咲夜を抱きしめて、めてあげたい。
それが出來ないのがもどかしいとさえ思う程に……。
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