《【書籍化】外れスキル『目覚まし』、実は封印解除の能力でした。落ちこぼれの年は、眠りからさめた神達と優しい最強を目指す。【コミカライズ企畫進行中】》4-57:空隙の戦い

氷河の上で、僕はユミールと対峙していた。

異常な寒さがにしみ込んでくる。足が震えて、歯がカタカタと鳴った。

周囲に広がる巨大氷河は、本の氷じゃない。空間に満ちる冷たい魔力が集まって、氷のように見えているだけ。凄まじい寒さは、場の魔力がを冷やすせいだろう。

でも、震えの一番の理由は――恐怖だ。

戦意とか、決意とか、立ち向かうための全てを目の前の巨人が打ち砕く。

氷炎の心臓を取り戻したユミール。

2メートルほどだったはさらに大きくなっていく。甦った力で、新たなを創造しているんだ。振りされた金髪は炎に見え、筋が山脈のようにうねっている。発する目の下で牙だらけの口が開かれた。

――ウォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!

咆哮に、吹き飛ばされそう!

僕はを低くして、氷塊の影に隠れる。ガチガチとが戦慄(わなな)いた。

「ステータス」

小聲で、願うように念じる。

けれど神様の聲はもう聞こえない。加護はおろか、レベルについてさえ報が聞こえてくることはなかった。

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「ステータス、ステータス……!」

誰か、応えてよ。聲を聞かせてよ。

見上げると、遙か遠くにが見えた。僕とユミールが落ちてきた裂け目だろう。

ユミールは空間を引き裂いて、僕を元いた世界からこの場所まで引きずり込んでしまった。

どれほどの距離が隔てられているのか、想像もできない。僕を包み込んでいた『黃金の炎』もすでに消えてしまっている。

神様の聲も、その加護も、この空間では失われてしまったのだろうか。

「……そんな」

怖い、怖い、とが震える。

アスガルド王國はもう遠く離れて、ここには仲間も、神様も――ソラーナもいない。周囲にあるのは完全な空隙だ。

冷たい魔力が固まった足場。

遙か遠くに見える、熱い魔力の

周りにあるのはそれだけだ。

生きが存在してはいけない場所。

僕は獨りで、力を完全に甦らせたユミールと取り殘されている。

悪寒をじて、僕は振り返った。

ユミールが僕を見下ろしている。2メートルほどだったが、3メートルを超えるまで大きくなっていた。

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巖を削ったような荒々しい顔つきが、にっと笑う。が大きくなった以上の威圧が、全から放散されていた。

ユミールが腕を振るう。

氷河が砕けて、僕は吹き飛ばされた。

を取る。ユミールは僕を追いかけて、蹴りをれる。

「――!」

発してしまいそうな衝撃。弾き飛ばされ、凍った大地を延々と転がる。鋭い氷がを傷つけて、背中や腳がズタズタになった。

を起こす。

どろりとしたが、額から流れた。中が痛い。

「ゆ、ユミール……!」

聲がかすれた。

立て。短剣を構えろ。

戦える振りだけでも、するんだ!

頭がそうんでいるのに、いてくれない。

心とを結ぶ大事な何かが――戦意といえるようなものが、折れてしまっている。

「ふむ」

ユミールが顎に手をやり、僕を見下ろした。

「心が砕けたか」

の両手に赤黒い炎が宿る。ユミールはそれを重ね合わせて長ほどの大火球にすると、僕に向かって放った。

死んだ、と思った。

けない僕は避けることもできず、寒さと怖さに震えたまま殺されてしまう。

――そうは、ならなかった。

「はっ、はっ」

僕は短い息を繰り返しながら、炎を避けていた。

を低くして。まだ短剣は構えられないけれども、とにかくユミールを睨む。

に溫かさが宿っていた。

――どうする?

自分に問いかける。

足を肩幅に開く。腰を落とす。視線は正面に、呼吸を落ち著けて。

父さんから教わったことが、今まで繰り返して、復習して、鍛錬してきたことが、清流のように頭に思い浮かんでくる。

――どうする?

狩神は、相手を探るを教えてくれた。

魔神は、わしで戦いを有利にする方法を。

「……強いね、ユミール」

震える言葉。相手に僕が恐れていることを伝えて、侮らせて、會話で時間を稼ぐ。

僕は、かつて雷神が僕自を指してくれたことを思い出した。

その神様からは、大きなものに立ち向かう勇気を教わった。

「おそろしいか」

ユミールの問い。口がひくついた。

「そりゃ、怖い……」

でも、さっきと違って、対処方法が浮かぶ。

が覚えている。

今までの冒険を。

薬神は治癒やポーションについて教えてくれた。そうだ、回復は――スキルだけじゃない。

目覚ましの角笛(ギャラルホルン)がったポーチから、回復薬を取り出し、口に含む。『白い炎』ほどじゃないけど、しだけ楽になった。

ユミールがさらに大きさを増す。

全長、5メートル。

鉄球のような拳が振り抜かれる。

「――!」

けると同時に、後ろに跳んだ。今の僕にできることは、敵を探って、持ちこたえるしかない。

吹き飛ばされている間にも僕は目を見開く。何か、打開の手がかりを探せ。

絶対に、諦めない。

ルゥや、ソラーナや、みんなのところに帰るんだ。こんな暗闇じゃ終われない。

僕は、ふとユミールの左腕に気が付いた。

はさらに大きさを増している。そして――ルゥがはめた左腕の腕は、まだ殘っていた。砕けずに、太さを増していく左腕をまだ拘束している。

――オオオオォォオオオ!

僕が著地した時、ユミールが吠えた。

ぎょろりと巨大な目が腕を睨む。右手が左腕へ向かった。

邪魔な腕を千切るのだと思った。

でも、ユミールはそうしない。左腕の腕を、ぎゅっと押さえつける。まるで大事なものを守るように。

「……砕かない?」

ユミールは、地上で言っていた。

を生み出した僕らの強さについて。

それを喰らって知りたいとも言っていた。

ユミールにとって、知りたいもの。

僕らにあって、魔達にないもの。

被支配と支配の魔ではなく、僕らに――神様や人間や小人にだけ宿る何か。

原初の巨人は、それを手にれたくて、1000年も同じことを繰り返したくなくて、だからこそ――

「飢えている?」

僕は5メートルほどの大きさになったユミールを見上げた。

大氷河で僕らは対峙する。

「ユミール、お前は……」

打ち倒すだけじゃダメだ。そういう風には、なりたくない。この魔を理解しなくちゃ、この終末の戦いは終わらない。

そんな気がした。

オオオ、と風鳴りのような唸りが空隙に響いていく。

にさらなる溫かさが燈った。『優しい最強』。僕が神様に誓った、一番最初の誓いを思い出す。

一度、から失われた黃金のオーラが――能力『黃金の炎』が、もう一度僕を包み始めた。

「そう、か……」

空隙に落ちて、僕は心を大きくされた。そこで制限時間か、それとも空隙の冷たい魔力のせいか、『黃金の炎』が解けてしまったのだろう。

おまけにステータスを教えてくれる『神様の聲』も聞こえなくなって、僕はもらった加護が消えてしまったのだと思っていた。

でも、加護にはそもそも能力強化の効果がある。もし本當に加護がまったくなくなっていれば――僕は最初の數撃で戦闘不能になっていた。

神様からの加護は、まだある。

「ステータス」

こう呼んでも聲が聞こえないのは、おそらく、『距離』の問題だ。

神様の聲は天界にいる神ノルンの言葉。この最初の空隙の奧底までは、あの神様の聲は屆かないんだ。

だけど、獨りってわけじゃない。

「目覚ましっ」

神様の聲は聞こえない。

だけど、短剣のクリスタルと籠手(ガントレット)から、霊達が飛び出した。

「ぴぃ!」

「わん!」

風の霊(シルフ)、炎の霊(サラマンダー)、水の霊(ウンディーネ)。

僕は口元を緩めた。

「ありがとう」

寂しさ、大分、薄れた。

スキル<目覚まし>も使用可能だ。他の加護だって使えるだろう。<雷神の加護>、<狩神の加護>、<薬神の加護>、<魔人の加護>、そして<太の加護>。

みんなからの力は、僕の中にまだ生きてる。

僕は顎を上げてユミールを見返した。

「僕はお前を倒す」

を張って、立ちふさがる原初の巨人へ言い放った。

「ユミール、お前の『飢え』は」

僕は告げる。

「寂しさだ。お前には、きっと――そんなにい、そんなに思いのこもった腕を創ってくれる人はいない」

魔法は、想像の力。魔神ロキが告げたように、想いが像をなす力。

ユミールが腕じていたさは、ルゥが僕を守りたいと思った意思そのものだ。

原初の巨人は瞑目する。言葉を噛み締めるみたいに、無言でいた。

「……喰ったら、それは得られるか?」

僕は首を振った。初めて、この魔がかわいそうに思えた。

「手にらない」

腰を落として、構える。

「獨りじゃ無理だ。誰かを大事にしなければ」

そうか、とユミールは応じただけだった。

呼吸を整えて、僕は原初の巨人と向かい合う。地面を蹴った時、頭に聲が弾けた。

――リオン!

僕は驚いて上を見た。

遙か高い位置に、落ちてきた空間の裂け目がぽっかりと口を開けている。そこに、溫かい太が見えた気がした。

――私は君と、常に共にある。

――そう誓った。

に熱が満ちていく。震えていた短剣が定まって、ユミールがかすかに警戒を強めるのがわかった。

「どうして……」

嬉しい。心強い。

でも、あなただってボロボロだったはずなのに。

――今はいい。

――それより、君の場所がまだわからぬ。

――みんなと裂け目の手前まで來たため、聲だけは屆くようだが、君の場所がわからない。

――合図をくれ!

合図と言われてすぐに思い至った。殘っている右側のポーチを開いて、目覚ましの角笛(ギャラルホルン)を取り出す。

角笛に息を吹き込んだ。

――目覚ましっ!

高く高く、神々を昂らせる角笛の音が、空隙に響き渡っていく。そして、僕の傍に黃金のが舞い降りた。

お読みいただきありがとうございます。

次回更新は11月23日(水)の予定です。

(1日、間が空きます)

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