《擔任がやたらくっついてくるんだが……》家庭訪問?
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「あ、先生。どうも……」
日曜日。
月一回の楽しみ『一人カラオケ』で熱唱し、夕方頃家に帰ると、森原先生が居間でお茶を飲んでいた。
青いスウェットとパーカーというラフなファッションも、何だか上品に見えてしまう相変わらずの貌だ。クラスの皆が見てもきっと同じ想を抱くはず。
僕はさりげなくその姿を脳に焼き付け、自分の部屋へ……
「はあっ!?」
森原先生がいる!!!!!
しかも部屋著でお茶飲んでる!!!!!
あっ、こっちに気づいた!
「こんにちは、淺野君。どうかしたの?」
「い、いや、何で先生がウチにいるんですか!?」
「そりゃアンタ、ご近所さんなんだからお茶くらい飲みに來るわよ」
「母さん……」
母さんが臺所からカステラの載ったお盆を手に、やたら嬉しそうな笑顔を向けてきた。
「いやぁ、改めてじっくり見たけど、息子の擔任がこんな綺麗な人だったなんて……あんまりテンション上がったもんだから、思わずお茶にっちゃったわ」
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「……先生、うちの母さんが……なんていうか、ごめんなさい」
「いえ、淺野君のお母さんの話はとても興味深いわ」
「あら、そうかしら?バカ息子の恥ずかしい話できませんけど」
「何を話したか詳しく!!」
他にもっと話題あるだろ!!
「気にしなくてもいいわ」
「気になりますよ!」
「はいはい。まあいいじゃん。それよか先生。もう本人帰ってきちゃったから、息子のエピソードは今度お話ししますよ」
「はい。よろしくお願いします」
何だ?何を話したんだ?思い當たる節がありすぎて怖い。
「あ、そうだ。森原先生、お夕飯も食べてってくださいよ。旦那は単赴任中だし、娘は県外だし、息子と二人だけだと飽きるんで」
さらっと酷いな、この母親。飽きてたのか。そうなのか。
まあ、それはどうでもいいとして……おそらく斷るだろうと先生に目を向けると、口元に手を當て、何やら考える素振りを……え?もしかして……
「じゃあ、私に作らせてください」
まさかの了承。しかも、自分が作ると言い出した。
これにはいくら失禮極まりない母さんも申し訳なさそうな表になった。
「いや~、それはさすがに……ご迷じゃありません?」
「いえ、料理は得意ですので。むしろ生き甲斐ですので」
「そ、そう?じゃあ、お願いします~♪」
こちらもあっさり承諾。「ご迷じゃありません」の辺りで、顔が「ラッキー!楽できる!」とばかりに、緩みかけていた。息子だからわかる表の変化というやつです。
「じゃあ……淺野君……祐一君。手伝ってくれる?」
「え?あ、その……はい」
今、さり気なく名前呼びに……いや、ここは淺野家だから、母親と區別をつける為だろうけど。何でこのタイミングで?
「じゃあ、森原先生。よろしくお願いします。祐一、腳引っ張るんじゃないわよ。じゃ、冷蔵庫にあるものは好きに使っていいからね~♪」
「はいはい」
母さんは、それだけ言い殘して足早に家を出た。多分、ゲーセンにでも行くんだろう。実はうちの母親は、かなりのゲーマーなのだ。僕はあまり興味がないけれど。
先生に目を向けると、既に立ち上がり、心なしかはりきった様子で僕を待っていた。
「じゃあ、始めましょうか」
「は、はい」
いつも通りクールなんだけど、やはり聲がし弾んでいる気がした。これは……多分、いやきっと料理が好きなんだろう。
*******
「…………」
「どうかしたの?」
「いえ、何でも……」
先生は髪を束ね、母さんのエプロンを裝著しているのだが……うん…………いい。すごくいい。嬉しくて言葉にできないくらい。
いや、落ち著け僕。この狀況は本來ならあり得ないんだから。
「……ゆ、祐一君、いいかしら」
先生が今噛んだ気がしたけど、多分慣れない場所での料理に戸っているだけだろう。僕がしっかりしないと。
「はい、何ですか?」
「冷蔵庫の中の材料で作るのなら、カレーがいいと思うのだけれど……どうかしら?」
「あ、そうですか」
「……祐一君は、カレー、好き?」
「好きですよ」
「じゃあ、カレーにしましょう」
「あ、はい!了解しました!」
……多分、僕は通常運転でよさそうな気がした。
い、いや、こんな事ではいけない。今日くらいは頼りにならないと。
「先生、僕が野菜を切ります!」
「そう?じゃあ、お願いするわ。でも、まずは手と野菜を洗ってからね」
「は、はい……」
*******
先生がピーラーを使い、皮を剝いた野菜を、僕がどんどん切っていく……はずだったが……。
「手を添える時は、貓の手にしなさい。こう……」
「はい」
「包丁を持つ時は、人差し指と親指は刃元に添えて……」
「はい」
「構え方は……」
先生が僕の手に自分の手を添え、正しい包丁の使い方をレクチャーしてくれている……けど……すっごく落ち著かない。いつもの甘い香りがするし。
自分の家で、というこの狀況のせいかもしれない。いや、學校でもかなりドキドキしてるけど。今、母さんがいたら、絶対にからかわれているだろう。
*******
調理は滯りなく進み(ほとんど先生のおかげだけど)、もうそろそろ仕上げだ。
「はい、味見をお願い」
小皿に注がれたカレーに口を付けると、普段のカレーよりし辛くじたが、丁度いいくらいだった。
「どう?」
「あ、味しいです」
「そう。ならよかったわ」
先生は頷きながら、自分もカレーに口を付ける。自分も味見するんかいというツッコミよりも、僕と同じところに口を付けたことの方が、気になって仕方がなかった。偶然とはいえ落ち著かない。
「……ん、味しい」
そして、小皿から口を話した後、チロリとを舐めた舌に、の奧が熱く高鳴ってしまった。
僕はそれを誤魔化すように、コップいっぱいに水を注ぎ、思いきり飲み干した。
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