慌てて水中から顔を出す。自然と右の頬に手を添えたまま。

何だかまだ水中にいるような落ち著かない気持ちで、抱きついたままの先生を見ると、こちらの元に顔を沈め、その表は窺えなかった。

「せ、先生？」

「何でもないわ。君の気のせいじゃないかしら」

「まだ何も言ってませんけど……あの……」

「そういえば……」

「？」

「君の課題図書１００冊を早く決めなきゃ」

「あはは。先生、それは僕でも冗談だって気づきますよ」

「本気よ」

「……あはは、またまた～」

「本気よ」

「…………」

「先生、夏休みの日數を遙かに超えている気がするのですが……それでなくても、僕は一日一冊読むのですら……」

「大丈夫よ。９月までに読み終われば」

「ああ、なるほどですね……いやいや、足りないですよ」

「じゃあ……読めなかったら、さっきのアクシデントを君のお母さんと奧野さんに……」

「ええ！？」

「ふふっ、これは冗談よ」

「……ヒヤヒヤしましたよ、今」

「……私ばかりやきもきしているんだもの。このくらいの仕返しはさせてしいわ」

「え？し、仕返し？」

「お姉さん」

先生にその言葉の真意を聞き返そうとすると、若葉がジト目で先生に聲をかけた。何故かし不機嫌なようだ。まあ、一人で水著捜索させてたからな。無理もない。

「あら、若葉さん」

「おかえり、水著見つかった？」

「うん。お姉さん……お姉さんが足で踏んづけてる布切れは何かな？」

「え？」

「……あら」

キョトンとした顔の先生に、若葉が水をバシャバシャかけながら怒る。ちなみに、僕の顔にもめっちゃ水が飛んでくる。

「あら、じゃないよ～！若葉にはわかってるんだからね～！お姉さん、わざとでしょ～！」

「何を言ってるの、若葉さん。私はそんな出狂じゃないわ」

「こら若葉。失禮だぞ」

「お兄ちゃん、騙されちゃダメだよ！この鈍！！ムッツリスケベ！！」

「ええ……」

ムッツリスケベって……地味にダメージをける言葉だよね。某RPGゲームでも、主人公の格がこれだったりついやり直してしまう。

僕がショックをけ、呆然と立ちつくしているに、先生はで手早く水著を裝著し、何事もなかったような表をしている。

「どうかしたの？落ち込んでるみたいだけど」

「いえ、何でも……」

「そう……祐一君、ありがとう。助かったわ」

「あ、いえ……どういたしまして……」

ひと息ついて考えてみると、さっきまでの出來事がくっきり鮮明に蘇ってきて、無意識のに、元や右の頬に手を當ててしまう。

そこには確かな熱があった。

その熱は甘くを締めつけるような、心を狂わせるような、とても言葉では言い表せないような熱だ。

……聞くタイミングをすっかり失ってしまったけど、さっきのは事故だったのかな、それとも……いや、そんなはずは……。

「お兄ちゃん、どしたの？」

「え？あー、ちょっとお腹減ったなって……」

「そういえば、若葉も……」

「じゃあ、そろそろお晝にしようかしら。さっきは迷をかけたから、私が馳走するわ」

「わ～い！ありがとうございます～♪」

「いいんですか？」

「ええ。今からなら、まだ席も取りやすいと思うわ。祐一君も、はやく行きましょう」

プールから上がり、しばらく時間が経っても、元はムズムズしたままだった。

＊＊＊＊＊＊＊

食事をして、再びウォータースライダー巡りをしてからは、割とすぐにプールを出た。

時刻はすっかり夕方で、晝間のジリジリと焼き付くような暑さは通りすぎていた。

「ふぅ～、すっきりしたぁ～♪」

「楽しんだようで何より……」

「うん！お兄ちゃん、ありがとう～♪」

若葉がぎゅっと腕にしがみついてくる。大人ぶっていても、こういうところや、自分を名前呼びするところは変わらないから微笑ましい。

「…………」

先生も、そんな若葉が可らしいのか、赤みがかった髪をさらさらとでる。何だか母親みたいだ。本人に言ったら怒られるだろうけど。

「お姉さん、若葉を子供に見立てないで」

「気のせいよ。可いわね」

「二人共、もうすっかり仲良しになってるなぁ」

「「…………」」

夕焼けの夏空の下を、しだけ涼しくなった風が吹き、遊び疲れたを労るようにでていく。

小學生の頃のように絵日記を書いたりはしないけど、今日の事はいつまでも鮮明に思い出せる気がした。

「……お兄ちゃんのバーカ」

「…………鈍」

涼しいのは風のせいだけじゃない気がした。何故かはわからないけど。