《擔任がやたらくっついてくるんだが……》再現
夏休みも気がつけば最終日。僕は問題を抱えていた。
夏休みの宿題が終わってないとかベタな理由じゃない。むしろ宿題は7月にほとんど終わっていたくらいだ。これまでの人生で最速記録を達している。
じゃあ、何が問題かというと……
「なるほど……課題読書が終わっていないのね」
「はい……」
そう。先生から與えられた課題読書がまだ半分以上殘っている。
正式な課題じゃないから無理しなくていいと言われていたけど、これはさすがに申し訳ない。
ちなみに、今僕は先生の家の客間にいる。
今日は休みらしいので、こうして直接報告しに行った……最初はメールですませようとしたけど、先生から、家にいるからいらっしゃいと言われた……そして、先生は僕の報告を聞くと、考え込むように口元に手を當てた。ゆったりとしたスウェットを著ているけど、そういう仕草をすると、やはり普段通りのクールな先生だ。
眼鏡の向こうの目を伏せ、しばらく考え込んでから、そのまま當たり前のように僕の隣に正座した。
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肩と肩がれ合いそうになるのを意識していると、薄紅のがふわりとく。
「そうね。確かに多すぎたかもしれないわ。若葉さんも君に課題を出してたものね」
「あはは……」
まだ5冊しか読んでないと言ったら、若葉に怒られそうだ……。
ぷんすか怒る若葉を想像していると、微笑ましく見えるけど、たまに二千円もするような高いパフェを奢らされるから、決して油斷はできない。
そんなことを考えていると、先生が肩をちょいちょいとつついてきた。
「裕一君」
「は、はい!」
「読書はね、ただ闇雲に數を重ねればいいというわけではないと思うの。一冊を深く読み込むのも重要だわ」
「はあ……確かに、そうですね」
あれ?もしかして、これは數を減らしてくれるとか?
心、ほっと安堵の息を吐くと、先生はをぴったりくっつけてきて、耳元で囁いてくる。
「なので、今から君が今からどれだけ深く読み込めているかテストをします」
「えっ!?あ、あの……」
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耳にかかる甘い吐息にどぎまぎしながらも、テストという単語にが反応する。もしかして……休みなのに……テスト?
「ちなみに……どんなテストなんですか?読書想文とかですか?」
「いえ、今から……」
先生は言葉を區切り……こちらに背中を向け、深呼吸をした。どうしたんだろう……不穏な空気が……。
室に立ち込める張に背筋をばすと、先生は僕の耳元に手を添え、ひそひそ話をするような聲で囁いてきた。な、何故二人しかいない部屋で……?
「今から小説の場面を私達で再現します」
「……え?」
「今から小説の場面を私達で再現します」
「いえ、それはわかったんですけど……え?僕と……」
「私がやるわ」
「…………えええぇ!?」
突然の展開に驚く僕にはお構いなしに、先生は僕の耳に直接言葉を注いでくる。
「君が読んだ本のページをランダムに捲って、そこに書いてある場面を再現するの」
「…………」
先生から借りた小説の容を思い出してみる…………確か、割と過激な容もあったような……。
「い、いや、さすがに……ダメですよ、その……」
「どうかしたの?」
「……濡れ場とかありましたし」
「…………」
室に冷たい沈黙が訪れる。もしかして、引かれてしまったのだろうか?いや、一応言っておかないと……もし、そんな場面の再現になったらって……これじゃあ、僕が期待してるみたいじゃんか!!
「じゃあ、別の部屋でやりましょう」
「えっ、スルーされた!?」
*******
先生から二階の部屋に通される。そういえば、初めてだっけ?空き部屋に通されるかと思ったら、ベッドや本棚も置いてある。こ、ここはもしかして……
「あの、先生……もしかして、この部屋は……」
「空き部屋よ」
「そうですか……」
肩かしを食らった気分だ。別に変な期待はしてないけど。
「じゃあ、始めましょうか」
「は、はい……」
先生は小説のページをパラパラ捲り、適當なところで止める。やたら真剣な顔しているところとか、視力をフルに使ってそうな目のきが気になったけど、まあ気のせいだろう。さすがに読んだ小説の細かい場面を全て覚えられるわけないだろうし。
「最初は……ヒロインとの出會いね。裕一君、覚えてる?」
「確か……偶然同じ本を取ろうとして、手が重なるんですよね?」
「正解。じゃあ、始めるわよ」
先生が本棚の前で、あれこれ手にとって悩み始めた。
僕は偶然を裝い、適當な本に手をばす。
「「あ……」」
手と手が重なり、慌てて二人して手を引き、お互いに顔を見る。
「ご、ごめんなさい……」
「いえ、こちらこそ……」
「…………」
「…………し待ってて」
先生はまた考え込むような仕草を見せ、いきなり部屋を出た。もしかして……何か間違っていたのだろうか。
*******
「どうしてこれを今まで思いつかなかったのかしら」
「いえ、今思いついただけでも良しとしないと……」
*******
「お待たせ」
「あの、先生……僕、どこか間違ってましたか?」
戻ってきた先生に尋ねると、先生はやわらかく微笑んだ。
「大丈夫よ。この調子でいきましょう」
「はいっ、わかりました。なんかよくわからないけど」
「後々活きてくるわ。次は別の作品にするわね」
先生は別の小説を取り出し、パラパラ捲る。な、何だ……あのページが止まって見えているかのようなオーラをめた目つきは……。
やがて、ページ捲る手を止め、その場面を発表する。
「近所に住む年上のを男の子が押し倒す場面を……」
「はい……って、え?そ、それって……」
「言葉通りの場面よ。そこのベッドで……」
「ちょ、ちょっと待ってください!さ、さすがに押し倒すのは……」
「別に大丈夫よ。気にしないから」
「僕が気にしますよ!先生は大丈夫なんですか!?」
「大丈夫よ」
即答された。
いくら「大丈夫よ」とごり押しされても、今すぐにやるのは……それに、もし……演技とかじゃなく、本気で押し倒してしまったら……いやいや、何を考えているんだ!これは授業というか、補習の一環であって、先生は僕のために……!
僕は腹を括り、真っ直ぐに先生を見た。
「……わかりました。じゃあ……先生を押し倒します!」
「っ!」
先生は僕の大聲に驚いたのか、肩をビクンと跳ねさせた。やばい、うっかり変なテンションになってた……。
とにかく、先生が指定したページを開き、しっかりと読み込む。えーと……いつものように首筋にしがみついてきた近所のお姉さんに、が抑えきれなくなり、ベッドに押し倒してしまう。うん、先生が薦めてくる小説によくある展開だ。50冊中20冊くらいはあったはず。
僕は同じような場面を何度も思い浮かべながら、ベッドにゆっくり腰かける。スプリングの軋む音がやけに大きく響き、そのことが余計に張を煽る。
「それじゃあ、始めるわよ。肩の力を抜いて、楽にして」
「……はい」
僕の返事を聞き終えると、先生は僕のに首筋に腕を絡ませた。
「……ねー、ゆうきくーん、かまってー」
「っ!」
おっそろしい程の棒読み……!
さっきより明らかに下手な演技に、危うく吹き出すところだった。
しかし、背中にはぐいぐいが當たり、次第にその違和も薄れていく。
僕も小説の世界の人になりきり、なるべくを込め、セリフを読み上げた。
「ね、姉ちゃん。止めてくれよ……恥ずかしいから……」
「いいじゃないいつもこうしてるでしょーもしかして照れてるの」
先生、句読點が抜けてます!ていうか、本當にどうしたんですか!?
々ツッコミたいけど、グッとこらえ、先に進める。
「……姉ちゃん!」
「きゃ」
悲鳴も棒読み!?というツッコミはさておき、僕は先生をベッドに押し倒す。文字で見ると、かなり大膽なことをしているように聞こえるし、実際大膽な事をしているんだけど、僕の肩はガクガク震えていた。指先の覚もどこか遠い。
先生の長い黒髪がベッドに広がり、シーツの白さと合わさって、夢の中でしか見れないような不思議な海のように思える。
そこで、変化が起こった。
先生のが震え、頬が上気し、目がとろんとしていた。さっきまでの棒読みが噓みたいな渾の演技に、の中でドクンと鼓が弾ける。
「ゆ、裕一君……」
「あやめ姉ちゃん」
今、裕一君って言ったような……。
いや、それより……次は……のシーンは……。
「どうかしたの?」
「あの……次のシーンって……」
「キス……だったかしら」
「…………」
「裕一君?」
「さ、さすがにそれは……!」
僕がを起こそうとすると、先生に腕を引かれる。まるで、甘い幻想の世界から逃がさないというように。
しかし、思ったよりも強い力にバランスを崩し、僕は先生の上に倒れ込んだ。
「「っ!!」」
とが本當にれそうな距離に、すぐにを起こす。
「ご、ごめんなさい……っ!?」
「…………」
急いで謝ると、先生の視線が下の方に注がれている。
その視線を辿ると、先生のの上に僕の手が置かれていた。
「ご、ごご、ごめんなさ……っ!?」
「…………」
すると、先生は僕の手を押さえつけ、の上で固定した。
想像していたより、はるかにらかなが、掌で暴れ、思考を奪っていく。
時計の秒針が時を刻む音だけが、やけに強調されていた。
「……先生」
「…………」
設定を忘れていた事も気にならず、そのまま見つめ合う。黒い寶石のような瞳は、ほのかに潤んでいる。
そして、薄紅のが微かにいているけど、今のけた頭では、どんな言葉を結んでいるのかまではわからなかった。
やがて、何かにわれるように、僕はゆっくりと右手を……
ピンポーン!!
そこで呼び鈴が鳴り、った靜寂を斷ち切った。
さらに、現実に引き戻すように、枕元にある先生の攜帯も震えだした。
先生は仰向けのまま、攜帯を手に取り、畫面を見てから眉をひそめる。
「……奧野さんが今、君の家の前にいるそうよ」
「え?奧野さんが?」
どうしたんだろう?何も約束はしてないはずだけど……。
すると、先生がすっと両目を細め、どこか攻めるような目つきになった。
「……もしかして……デートの約束でもあった?」
「ち、違いますよ!」
「そう……とりあえず、補習はここまでね」
「……はい」
名殘を惜しむように、ゆっくり変わっていく場の空気に、何ともいえない空気になったが、すぐに言い忘れていた事に気づく。
「あ、あの、すいませんでした……」
「事故だとわかってるわ。似たような事は前にもあったし」
「…………」
「責めてるわけじゃないわ。じゃあ、行きましょう」
「あっ、はい……」
僕は先生について階段を降りながら、さっき右手が覚えたを忘れようと、右手を閉じたり開いたりした。
*******
「ちょっと驚いたけど……いいかも」
「……これは……來月の今頃にもう一回やるべきね。いえ、毎月やりましょう。うん。次はお出かけして……」
*******
「あの……何で淺野君が先生の家から出てくるんですか?」
「補習よ」
「……本當は?」
「ただの補習」
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