《ボクの彼は頭がおかしい。》雨、消失
雨が降っている日は傘を差して學校まで歩く。
距離は1キロとちょっとだから、たいしたことはない。
その日もいつもと同じように、一人のんきに考え事をしながら通學路を歩いていた。
食わず嫌いって本當に損をするものなのだろうか。
食べたくない、と思うのは何かしらの要因があるからだろうし、つまりは自分の直を――
一臺の車が僕の隣にピタリと止まった。
黒いバン。
いかにも怪しいじの。
周りに人はいなかったし、この車の目的は僕で間違いない。
差していた傘を左に傾け、バンの細部を観察しようとする。
すると突然、後部座席の窓が開いた。
「ごきげんよう」
五月だった。
なんだ、拍子抜け。
「おはよう五月。車で登校なんて、リッチなものだね」
「そうでしょう?お乗りになる、早瀬さん?」
「ぜひ」
と、こんなじでお邪魔させてもらった。
車に乗り込み、再びそれがき出してから気付く。
…運転してるおっさん誰だ。
明らかに五月父ではない。
「五月、このおじさん親戚?」
ヒソヒソと彼に尋ねる。
「ううん、知らない人」
よく見ると五月の足元にも傘が置いてある。
これ、もしかするとよくない狀況なんじゃないかな。
「何でこの車に乗ったの?」
再びヒソヒソと尋ねる。
「歩いてたら『乗りな』って言われて…」と、五月が申し訳なさそうに答える。
「そっか、分かった」
「ごめんね」
「いいよ。何とかするから」と、僕は答えた。
車は走り続けた。
學校とは正反対の方向に。
いつの間にか運転席側と僕らが座っている後部座席の間に仕切りが出來ていて、運転手の様子は一切見えなくなっている。
いつの間にか鍵がかかっていて、ドアは開かなくなっている。
いつの間にか窓ガラスは防弾になっていて、毆ったぐらいじゃびくともしなくなっている。
見知った町の風景がいつしか知らないものとなり、僕たちの不安はいよいよ発しようとしていた。
わなわなと震えながら僕にしがみついてくる五月。
彼の頭に手を置き、出來る限り優しくなだめる僕。
本當に大変なことになってしまった。
僕たちは、拐されたのだ。
それからさらに數時間が過ぎたと思われる頃、車がゆっくりと停止した。
かじりつくようにして窓の外を眺めると、そこには寂れた港町といった風景が広がっていた。
この降りしきる雨のせいで、水かさの増したらしい荒れ狂った海。
ところどころにヒビのったコンクリートの堤防
目の前にそびえ立つ人気のない工場。
重苦しい灰の空気。
…何が始まろうとしているのだろう。
運転していた大柄の男が先に降りて、後ろのドアを開放する――
出のチャンスは今しかない。
僕はできる限りの勢いをつけて、男に飛びかかった。
しかしその次の瞬間には、僕は地面に倒れこんでいて、汚い水溜りに顔を押さえ付けられていた。
ざーざーと途切れることなく振り続ける雨の雑音に混じって、どこか遠くから五月のび聲が聞こえてくる。
五月……ごめん…。
次第に瞼が閉じていき、やがて僕は完全な暗闇の中に落ちていった。
目を開けると、そこは學校の図書室だった。
何人かの生徒がそれぞれ読書に沒頭している。
腕時計を見てもうすぐ晝休みが終わることを確認したため、僕は教室に帰った。
授業が終わり、僕は帰宅を急いだ。
その日は雨が降っていたので、傘を差して家まで歩く。
距離は一キロとちょっとだから、たいしたことはない。
その日もいつもと同じように、一人のんきに考え事をしながら歩いていた。
すぐに黒いバンがのろのろとついて來てきていることに気が付く。
だけど僕は、特に気に止めなかった。
ただただ、早く家に帰りたいと思った。
何かが足りない気はしたけれど、それはきっと雨のせいなのだと僕は思った。
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