《ボクの彼は頭がおかしい。》拾う

職員室前の廊下を歩いていると、前を行くの子がプリントを落とした。

ひらひらと床に著地したプリント。

その存在に気づいたのはどうやら僕だけらしく、の子はずんずん先を歩いていく。

拾ってあげよう。

「あの、すみません。プリント落としましたよ」

僕が聲を掛けると、の子は「あたしに話しかけたの?」という疑問に満ちた表を浮かべ振り返った。

元の校章で、相手が一つ上の先輩(三年生)なのだと知る。

「これ、落としましたよ」

もう一度繰り返してプリントを差し出す。

「あ!ありがとう」

先輩(知らない人)は笑顔になってそう答えた。

「いえいえ」

「ほんとありがとね」

先輩は爽やかな笑顔を殘して立ち去った。

なんだか洗練された雰囲気だった。

大人っぽいというか、品があるというか。

「デレデレ早瀬くん発見」

不意に背後から、良く知った聲が。

「別にデレデレしてません」と、僕は言い返しつつ振り返る。

そこには怒ったような表をした五月がいた。

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「してましたー。『一歳違うだけなのに、雰囲気が、大人……』って顔してましたー」

「そう思ったことは否定しないけど、でもだからといってデレデレしてたわけじゃないです」

「ふん、どうだか」

ふん、とハッキリ聲に出す五月。

ちょっと可い。

「あのね、僕はあの先輩がプリントを落としたから拾ってあげただけなの。それぐらい普通のことでしょ?」

「プリントを拾うってことはそりゃ普通のことだよ。でも私が言いたいのは、早瀬くんがの子と絡むことが普通じゃないってこと」

「非常に悔しい」

「おいおい早瀬くん、君に悔しがる必要なんてあるかい?」

五月はそう言うと、僕の右腕に絡み付いてきた。

「ないです」と、僕は答える。

「そうでしょう?」

は笑った。

五月は全部持っていた。

しさも、爽やかさも、品も、大人っぽさも。

來年にはさらに磨きがかかって、そのまた來年には――

君の無限に続く飛躍を、僕はいつまでも見守っていきたいと心から思う。

口には出さなかったけれど、頭の中でそんなことを考えていた。

數日後。

教室を目指して階段を上っていると、前を行くの子が何かを落とした。

ストンと階段に著地した白とピンクの四角い

その存在に気づいたのはどうやら――

モノを拾う前に、僕は落とし主をよく確認した。

スラッとした後姿。

気品の漂う姿勢。

優雅な足取り。

左右に広がるショートカット。

どう見ても五月です。

シマウマ模様のパンツの柄、間違いありません。

(階段で前を行く人を見上げるということは、パンツが見えるということである)

先日からの流れで、五月はわざとモノを落としたに違いない。

だとしたら僕にはもう、「拾わない」という選択肢しか殘されていない。

教科書っぽいソレを無視し、先を行く五月に急いで追いつく。

「やぁ人さん」

「やぁ私の中ではイケメンくん」

挨拶を済ませ、たわいない會話をわしながら階段を上る。

やがて我々二年生の階に到著し、今度は廊下を歩く。

「――それは新聞紙に砂糖をまぶすべきだったね」

「どちらかと言えば塩だよ」

「たしかに。でさ、話変わるんだけど、私が階段のところで落ししたの、気づかなかった?」

やっと來たか。

思ったよりもずいぶん遅かった。

「気づいたよ。でも拾わなかった」

してやったりの表で言う僕。

それに対し五月は、神妙な面持ちでこう切り返した。

「あれ…早瀬くんの部屋から持ち出したエッチなDVDだったんだけど……拾わなくて大丈夫だったの?」

白とピンクの四角い

マジかマジなのかそうなのかそうきたか!!!!

僕は走った。

今までのどんな時よりも早く。

ほとんど瞬間的に階段へとたどり著いたが、すでにそこにDVDは存在しなかった。

真っ青な表のまま五月の教室へ。

「どうしよう。もう無くなってた…」

「心配しないで早瀬くん!」

「?」

「こんなこともあろうかと、DVDの裏にちゃんと名前書いといたから!」

「ばかやろう!」

もう僕は泣き崩れたよ。

五月のふくよかなの中で思いきり泣きんだよ。

五月がよしよしってしてくれてたんだけど絶が強すぎてもうどうにもならなかったよ。

晝休み。

放送で呼び出された。

本気でけっこうヤバかった。

もうしで退學になるところだった。

というジャンルに理解のある先生が拾ってくれていてよかった。

本當によかった。

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