《視線が絡んで、熱になる》episode1-5
憐悧な顔が琴葉のすぐそばにある。淺くなる呼吸を必死で整えようとするのに、容赦なく顔を近づけてくるから無意味だった。
筋質で綺麗な上半に目をやると、覚えていないが“そういう関係”を持ったことを生々しく伝えてくる。
「なかったことに…してください」
真一文字に結ばれたが息を吸うために開き、ぼそっと聲が出る。
思った以上に聲が震えていた。
「なかったことに?するわけないだろ」
吐き捨てるように言われ琴葉は今にも座り込みそうになるを両足で踏ん張るようにして支える。
二度と男と関係を持つことはない、そう思っていた。男と付き合うことも、好きになることもないと思っていた。だからこそ、自分の軽率さを心から恥じた。
「會社はっ…時間…」
「まだ大丈夫だって。そんなに嫌だった?昨日、ってくるような真似したの琴葉の方だろう」
「…こと、は?」
まさか自の下の名前を彼の口から聞くなど思ってもいなかった琴葉はぽかんと口を開けて間抜けな顔をする。
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一、いつから馴れ馴れしく呼ばれる仲になったというのだろう。
「シャワー、浴びたら?」
「…」
抑揚のない聲で言われ、疑問や問いただしたいことをぐっと呑み込み、彼に案されるまま浴室へ向かった。寢室を出ると広々としたリビングが目に留まる。
窓の近くには観葉植が置いてあり、寢室はモノクロだったがリビングは明るい印象を與えた。
黒の上質な皮のソファに、大きすぎるテレビ、モノはないが絵畫やガラス細工の置などが目にる。
まじまじと他人の部屋を見るのは失禮だから伏し目がちに進む。
浴室へ案され、「勝手に使っていいから」と言われバタン、とドアが閉まった。
呆然と立ち盡くす琴葉は、下著姿の自分を自嘲するように息を吐いた。
琴葉は昨日のことを思い出そうと必死に思考を巡らせるものの、記憶が抜けている。
彼のことは全く知らない。昨日初めて會った。それなのに、どうしてあんなに馴れ馴れしいのだろうか、と思った。
シャワーを終え、使っていないのではないかと思うほど綺麗な洗面臺で髪を乾かしバスタオルでを隠しながらリビングに行く。
…昨日著ていたスーツはどこだろう。
張した面持ちのまま、リビングに行くと既にスーツに著替えた柊を目で捉える。
先ほどと同様、アンニュイな視線を巡らせて、「スーツは寢室」という。
はい、と答えてそそくさと寢室へ行くと丁寧にハンガーにかかったそれを見つけすぐに著替えた。心臓は未だにバクバクと凄い振を與え続けている。
上司とこのような関係になるなんて想定外だ。しかも覚えていないなど言語道斷だ。
頭を抱えながらリビングに行くと彼はコーヒーを優雅に飲みながらタブレットを作していた。ニュースなどをチェックしているのだろうか。
恐る恐る彼に聲を掛けた。
「すみません…シャワーありがとうございました」
「あー、いいよ。それより、コーヒー飲む?」
「いえ、結構です。とりあえず出社します」
「ふぅん、そう」
やはり社での彼とは雰囲気が違う。もちろん、仕事が出來そうだなとかイケメンだなとか、そういうイメージはそのままだが、纏っているものが違うとじた。
昨日、社で見た彼はオーラが怖いとじるほど彼の放つすべてが鋭かった。
彼に睨まれたら、“蛇に睨まれた蛙”狀態になりそうだ。
柊が立ち上がると琴葉のは自然に後ずさる。
聞きたいことはたくさんあるのに、それよりもこの場を離れたい思いの方が大きい。
「なかったことには、しない」
「はい?」
「だから、なかったことにするわけないだろ」
無言のまま唖然とする私を見て余裕そうに口元に弧を描く。それは妖しく、不敵な笑みだった。
「俺は知ってるよ。お前のこと」
「知ってる?」
「そう。大學の後輩だったし」
そんなはずはない。學部は一緒とはいえ、いったい何人の學生が在籍していると思っているのだろう。學年だって違う。
大學時代もほとんど“地味”で目立たずに過ごしていた。
友人も數人はいたが、同じような地味な子たちと一緒に過ごしていた。彼のような人が自分を知るわけなどない、そうハッキリと思った。
「そんなわけありません。どうして私が、不破さんと接點が…學年も違うしサークルにもっていませんでした。何かの間違いでは…」
だが、柊は琴葉の推測をあっけなく否定した。
「俺は知ってる。初めてなのか知らないけど、今よりも雰囲気の違う大學生の時のこと。まぁそれも一瞬だったか」
「っ」
眩暈がした。
噓だ、そう何度も心の中で吐き捨てても琴葉の目の前に立つ柊は顔一つ変えずに続ける。
「コンタクトにすればいいのに。大學時代の夏休みの時は外してたじゃん。それに、昨日はあんなに素直に啼いてたくせに」
金魚のように口をパクパクとさせ、赤面した顔を隠すことなく琴葉は玄関に向かって走る。何も言わずに彼の家を出た。琴葉は全く彼のことを知らない。それなのに、どういうわけか柊は黒歴史だった時期の大學生時代のことまで知っている。
マンションを出ると見知らぬ風景に慌てふためく。
あたりは高級マンションが立ち並ぶマンション街らしく、方向音癡の琴葉はすぐにスマートフォンを鞄から取り出して現在地を確かめる。
マップを利用して會社に到著したころには、髪も息もれ、散々な一日の始まりだと理解した。
天を突くほどの高いビルを見上げて、會社ビルにる。
エントランスを抜けるとようやく一息れる。琴葉はどうかこれがすべて夢であってほしいと切に願った。
だが、
「おはよう~早いね?」
「…お、おはようございます」
エレベーターに乗り込む琴葉の背後に立っていたのは、涼だった。名前の通り涼しそうな顔をしている彼をじっと見つめ、やはり夢ではないことを実する。
「昨日はちゃんと帰れた?ていうか今日は…なんだか…髪がれているような」
「帰りました!ちゃんと家にかえりました!本當です!」
食い気味にそういうと、涼は必死すぎる琴葉に若干引いているようで背中を反らして「うん。わかったよ」と返す。
エレベーターから下りるとすぐに同じ階にある子トイレへ駆け込む。個室にり鍵を閉めて長嘆した。
今日もこのままいくと柊と顔を合わせることになるのはわかっている。だからこそ揺しないように、ここで神を落ち著かせようとした。
と、ここで數人のの聲が聞こえた。誰かが子トイレにってきたようだ。
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