《視線が絡んで、熱になる》episode3-2
「そこまで思い出したくない過去なのか」
「…そりゃそうですよ。どこまで知ってるのか知りませんが、私には消したい過去です…初めてだって…」
―捧げた相手だったのに
それを言いかけたがやめた。理由は柊がじりじりと琴葉と距離を詰めてくるからだ。一歩ずつ、後ずさるが彼も同様に一歩ずつ近づいてくる。
コトン、足がソファにあたる覚がしてこれ以上逃げ場がないことがわかる。
「…じゃあ、俺が塗り替えてやる」
「っ…いいです、何言ってるんですか」
「そのままの意味だ。昨日の続き、しよう」
「昨日?…じゃあ、私たち何もなかったんですか?」
「するわけないだろう。お前が覚えてないのにしたって意味がない。服をがせたのは、皺になるからだよ」
「…そうなんですか」
「そうだ、それとも抱いてた方が良かったか?」
ぶんぶんと勢いよく首を橫に振り否定した。
昨日は何もなかった、ほっとした。記憶がないまま上司に抱かれるなんて人生の汚點そのものだろう。そもそもよく考えたら自分にする男などいないだろう。
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そう思うとしだけが痛んだ。
「そろそろ寢るか、行くぞ」
「え、どこに」
「寢室だよ」
「私ソファで寢ます。だから…―」
「なんだ、俺のベッドが不満か?キングサイズだから二人でも十分に広い」
「そういうことじゃなくて!!付き合ってもいない男が同じベッドで寢るなんてどうかしてます。それに私はそんなに軽くありません…」
「じゃあ付き合えばいい」
「なっ…」
いったいこの人の価値観はどうなっているのだろう。
呆れて言葉が出てこない。柊にとって付き合うとはその程度のものなのだろうか。琴葉にとって、それは特別だった。學生時代、付き合ったのも本気で春樹のことが好きだったからだ。思い出すと今でも涙がこみ上げる。
「え…―」
急に視界がぼやける。同時に片手に持っていたミネラルウォーターが床に落ちる。
視界がぼやけたのは、柊が琴葉の眼鏡を許可なく取ったからだ。
「見えません…っ返してください」
琴葉の腕を摑むと、琴葉のを抱きかかえ、寢室へ連れていかれる。
足をばたつかせてみるものの柊は無言でベッドの上に琴葉を下ろす。
視力の悪い琴葉は、目を細めて必死に辺りを確認するがよく見えない。
「不破さん!」
「ギャーギャーうるさいんだよ。俺が相手じゃ不満か?」
「だから…っ…私は、」
「ほら、俺を見ろ」
「見えません…眼鏡を返してください」
トン、と肩を押されて気づけば今朝目覚めたベッドの上に背中を預けていた。視界が反転したようだが視野がぼやけてよくわからない。
琴葉のの重みではなくベッドが沈む覚がした瞬間、柊が琴葉を見下ろしていることに気づく。今までに経験したことのないほどドキドキしてしていた。
そして、柊の顔がキスしそうなほどの距離にある。呼吸が自然に止まる。
「ほら、こうすれば見えるだろ」
「不破、さん…」
「見えるか、俺の顔」
「見えます…でも、こんなこと、良くない…です」
「昨日お前が隣で寢ている橫で、我慢したんだ。褒めてほしいくらいだね」
「が、まん…?」
「そうだよ。寢てるを抱くような趣味はないし、お前がしがるまではしない」
「…私のこと、として見ることが出來るんですか」
「はぁ?としか見てない」
「っ」
柊の言葉に琴葉はき一つ取ることが出來ない。
數秒、見つめ合う。
視力が悪くても今にでもキスしそうな距離では嫌でも柊の端正な顔が視界にる。
視力が悪くてもわかる彼のまつの長さや、切れ長だが綺麗な二重瞼、高い鼻、それらは誰が見でも整った顔立ちだ。そのような男が琴葉に“としか見ていない”などと発言するだろうか。モテるであろう柊にとって琴葉はただの部下でしかないはずだ。たとえ昔ほんのしの面識があったとしても、だ。
柊が肘をベッドに沈めて琴葉の顔をまじまじと見つめる。
恥ずかしくなって目を逸らしたいのに逸らさせてくれないのは彼の眼があまりにも強いからだ。
すっと彼の手が琴葉の頬をでる。それだけなのに大きく肩を揺らした。
「す、ストップ!」
「まだ何もしてない」
不満そうな聲が聞こえたかと思えば、その手が琴葉の前髪を掻き分けて額をにするとそこにキスを落とした。
「…まっ…て…」
何をされたのか、理解する頃には潤んだ目が彼のそれと重なった。
ドキドキするし、お腹のずっと奧が熱い。この覚を知っている。それは春樹に初めてを捧げたあの夜、だ。
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