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その日は、カフェテリアスペースで勉強をしていたようで彼を見つけると普段通り近くに座って柊も専門書を開いた。

が、すぐにその手が止まる。

何故なら、彼の雰囲気がし変わっていたからだ。

髪型は普段通りだが、服裝が変化した。のラインを強調するようなトップスに下はスカートだった。

が変化をするとき、それは大概はをした時ではないか。

全員がそうとは言えないが、なくとも彼はそうだと思った。

そして、もう一つ変化に気づく。それは攜帯を気にしている素振りをみせていたことだ。

そんなことは今までなかったのに。

―誰かが、彼の視界にったんだ

そう悟った時、無に腹が立ったし、イライラした。このようなを柊は知らなかった。

それからというものの、彼は凄いスピードで綺麗になっていた。

髪は緩くウェーブがかかっていて、服裝も変わった。それだけでなく、化粧もしていた。

普段の柊の周りに寄ってくるの変化など気にしたことはなかったのに。

研究室で蓮と次回のゼミの発表資料を作っている最中のことだった。

名前も知らない彼のことを蓮に聞いてみたくなったのだ。

「なぁ、この間話してた子の話、何か知ってる？ていうか名前何ていうの」

「はぁ？この間って、あぁ、…一年の子？確か藍沢…琴葉っていうんじゃなかった？最近テニスサークルの彼氏できたって。ていうか興味なさそうだったのに、なんで？」

―彼氏ができた

想定だった。ある程度は予想していた。しかし、自分がショックをけているという事実の方が想定外だった。

「何でもない。テニスサークル、か」

頬杖をつき、息を吐いた。

藍沢琴葉、話したことはある。だが、彼の目の中にはれてもらったことはない。だから事実上、赤の他人だ。それでも、彼が幸せならそれでいいと思った。

なのに―。

「でも、なーんかあれらしいよ。噂だけど、罰ゲームで負けた奴があの子に告白するっていうじのことやってるって」

「は？…」

「俺も後輩に聞いたから本當かどうかはわからないけどさぁ。それだと後味悪いよな。さすがの俺も笑えねぇ」

事実かどうかはわからない。

だが、それが事実だったら―…。そう思ったら居ても立っても居られなくなった柊は立ち上がり藍沢琴葉を探した。

しかし普段なら図書室かカフェテリアスペースにいる彼の姿はなかった。

ちょうど雨が降ってきたようで、大學の廊下からでも聞こえる雨が窓を叩く音が響いていた。

と、前方の自販売機の前でしゃがみこむ學生を視界に捉えた。

彼が琴葉だと気づいた柊は急いで駆け寄った。調でも悪いのかと思ったが、違った。

しゃがみこみ足を抱えるようにしているその背中は震えていた。そして、鼻を啜る音が耳朶を打つ。

一瞬、足が止まる。

しかしすぐに歩みを進め、琴葉の肩に手を置いた。

「大丈夫か」

ビクッと大きく肩を揺らし驚くように顔を上げた彼と視線が合った。

真っ赤な目は普段よりも大きく見えた。眼鏡からコンタクトに変えたからだろう。

琴葉は柊のことを認識していないようで、「誰…」と小さく呟いた後、さらにを震わせて顔を背けた。

「あんな男はやめとけよ」

見たこともない男を、“あんな男”というのはおかしな話だが、噂が本當ならば、いや本當でなくとも柊の方が琴葉を大切にできる自信があった。

これがだと、人を好きになったのだと嫌でも認識せざるを得なかった。

琴葉は何も言わなかった。

そしてもう一度柊を見上げる。大粒の涙が頬の郭をなぞるように落ちていく。

彼は悲しそうに、切なそうに顔を歪ませながら立ちあがり走り去った。

それ以降、彼の姿を大學であまり見かけなくなった。

が、次に見かけたときは“以前”の彼に戻っていた。蓮によると、やはりテニスサークルで琴葉と付き合うというゲームのようなものをしており、それが琴葉本人にも伝わったのではないか、ということだった。

喋ったこともない後輩を探して（蓮に教えてもらった）初めて春樹（琴葉の元カレ）を見た瞬間、毆りかかろうした柊を蓮が必死に止めてくれたおかげで事件になることはなかったがその件はずっと柊のに殘り続けていた。

そして、ちょうどゼミで忙しくなっていた柊は琴葉と関わる機會を失っていく。

気づくと卒業を迎えていた。就活も功し、無事に就職もできた。

ただ一つ、琴葉のことだけが柊にとって心殘りだった。