《視線が絡んで、熱になる》episode9-4

♢♢♢

柊の許可をもらって、琴葉は事前に春樹へ連絡をしていた。

電話越しの彼は非常に嬉々としていてその聲を聞くと尚更琴葉は戸いを隠せなかった。

どうして個人的に自分に會いたいのかわからなかった。

金曜日、仕事終わりに近くのホテルのカフェで待ち合わせをしていた。

そのために今日は仕事を早く終わらせていた。柊も一緒に來るというので、先に仕事を終えた琴葉は會社のエントランスで彼を待っていた。

『學生時代、一発ぶん毆ろうとしたやばい先輩のことなど印象には殘っていても顔までは覚えていないだろう』

柊の話していた容を思い出した。

(柊さん、毆ろうとしたの?)

それについては、軽くだけ話を聞いたが琴葉のことを遊びで付き合っていたと周りから聞いて柊が普段関わりのない春樹のもとへ行き、毆ろうとしたらしい。

今の柊は冷靜沈著という言葉が合う男だ。いくら大學生時代といえ、そんなにも人は変わるだろうか。そのくらい今の柊のイメージにはそぐわない容だった。

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でも、柊が自分の知らないところで春樹に怒りをぶつけてくれていたことを何年も経過してからではあるが知ることが出來て良かったと思った。

19時に待ち合わせをしている。

「遅くなった。行こう」

「はい!」

背後から聲が聞こえ振り返ると柊がいた。急いできたのだろう、息が上がっている。

張が彼に伝わらないようにできるだけ自然に表筋を使って笑った。

張しなくていい」

「柊さん、」

「俺が隣にいる。學生時代にあったことを含めてぶちまけてきたらいい。今の琴葉ならできるんじゃないのか」

「はい」

柊がすっと手を握ってきた。他の社員に見られる可能もあるのに(まだ會社を出て數メートルしか歩いていない)何の躊躇もなくそれをする柊にが高鳴る。徐々に顔を下げているのは、赤くなった顔を見せたくないからだ。

彼となら大丈夫だと確信した。

約束していたホテルのカフェに到著する。

り口にるとすぐに制服を著た店員が駆け寄ってくる。

名前を伝えると、すぐに奧の席へ案された。

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丸テーブルが見えると、春樹の姿も視界にってくる。彼も琴葉に気づいたようで、立ち上がる。

「あ、」

「待たせてごめんなさい。えっと…」

「どうも、初めまして…ではないのですが。不破です」

春樹は一瞬顔を綻ばせるものの、隣にいる柊を見て口を橫一文字に結ぶ。

隣の男は誰だ、とでも言いたげだ。

「えっと、とりあえず…座りましょう」

春樹はたどたどしくそういった。ちょうど四人掛けの席で良かった。

琴葉の隣に柊が座ると、すぐに春樹が口を開いた。

「あの、もしかして…H&Kのマネージャーさんですよね?すみません。一度確かお會いしたことがあったのに忘れていました」

「いえ。私も一度しかご挨拶しておりませんし、普段の業務では関わることがないのでお互いほぼ初対面ですね。いつも弊社がお世話になっております」

丁寧なあいさつをした後、柊は笑みを消した。ちょうど店員が追加で水を二つ、テーブルに運んでくる。

の店員が去ろうするのを柊が制止する。

「すみません、注文いいでしょうか」

確かに値段設定の高めの店なのだろう。客層を見ても落ち著ているしそもそもこのホテル自、高級ホテルだ。

ここで何も注文をしないというのもおかしい。春樹の前には既にコーヒーが置かれてある。早く柊がここに來た理由を訊きたいのか春樹がソワソワしている。一方で柊は普段通りだ。

「琴葉は?コーヒーでいいのか?」

「はい、コーヒーでお願いします」

“琴葉”と呼び捨てにしたことが気になるのか、春樹のこめかみがピクリとく。

同じ大學の先輩だと知ったら驚くだろうか。

いや、琴葉の通っていた大學は生徒數が多い。同じ大學だと言われても珍しいことではない。重要なのは、琴葉の件で春樹を毆ろうとした張本人だということだ。注文を終えて、柊が姿勢を正す。

「今日は…個人的に琴葉に連絡をしたのですが、どうして彼の上司が?」

「今日は上司ではなく、琴葉の彼氏としてこの場にいます」

「…え、」

「春樹君、どうして呼び出したの?私たちの関係はもうとっくに終わっているし…そもそも付き合ったのだって罰ゲームだったんだよね。それなのにどうして?」

慎重に、でも聞きたかったことはしっかりと尋ねた。

「ごめん。彼氏いたんだ。てっきりいないと思って。一番は…謝りたかったんだ」

「…謝る?」

「うん。罰ゲームであんなことをしてごめん。でも、最初はそうだったんだけど付き合っていくうちに本気で琴葉のこと好きになった。だからテニスサークルの奴らには罰ゲームが発端だって言わないでくれって言ったんだけど…」

「どういう、こと?」

衝撃的な容につい前のめりになって聞いた。

春樹はもう一度「申し訳ない」と言ってから続けた。

「本當に最低なことをしたと思ってる。あの後、ちゃんと伝えたかったけど完全に拒否られてたし俺を見ても逃げる琴葉を見てもう無理なんだって思って。徐々に綺麗になる琴葉を見て他の男に取られそうだなって思って嫌なことも言ったよね。本當にごめん」

彼の言葉は真実を語っていると思った。

本當に苦しそうにそう言った春樹の目はし潤んでいた。

「そうだったんだ。私、あの後からトラウマでもしたくなかったし、化粧も同じようにトラウマになっちゃって」

「…そうだよね。ごめん」

「でも、今は違うよ。柊さんに出會って変わろうって思えたの。仕事も頑張りたいし自分磨きも頑張りたいって思えるまでになったの」

「そっか」

「だからこれからは、ちゃんと取引先として接する。今日はちょっと態度に出ちゃったよね」

「ううん、俺も揺してた」

どういう理由であれ、罰ゲームという形で他人の気持ちを踏みにじるような行為は許されない。事実、琴葉は何年も春樹の言のせいで前に進むことが出來なかった。

それでも、こうやって大人になって再會して謝罪されたことは一歩前に進むきっかけになったかもしれない。春樹も琴葉と同じように安堵の表をしている。

「じゃあ、俺は帰るよ。良かったね、素敵な彼氏で」

「うん、ありがとう」

「いいんですか?ほかに伝えたかったこと、あるのではないですか」

「…」

「他に?」

キョトンとする琴葉に柊が視線を向けた。

琴葉は立ち上がった春樹を見つめる。他に何か伝えたいことがあるのならば、言ってほしかった。春樹は口を噤み、何かを言おうとした。が、ふっと笑って首を橫に振る。

「何でもない。お幸せにね。また仕事で関わることが増えると思うけどよろしく」

「わかった」

千円札をテーブルの上に置いて彼は帰っていく。その背中を見つめていると店員が來て注文をしていたコーヒーを音を立てずに並べる。

彼は最後まで學生時代自分が春樹を毆った先輩だということは言わなかった。

取引先の社員だということを考慮したのか、それともそんな過去を思い出す必要はないと思ったのか、わからない。しかし琴葉と春樹が和解をした今、過去を掘り返すようなことは言わなくてもいいのかもしれない。

「ありがとうございました。柊さんに來てもらったから何とか向き合うことが出來ました」

「いや、いいんだ」

柊がコーヒーに手をばす。ブラック派の彼はそのままそれを口に含んだ。琴葉はミルクをれる派だからコーヒーカップの近くに置かれたミルクを追加した。

「春樹君、最後何を言いたかったのかな」

柊は何も言わずに微笑を浮かべた。

結局春樹が最後に何を言おうとしたのか不明だった。柊は知っているような素振りをしていたが春樹本人が言わなかったのだから聞かないことにした。

長年、に積もっていたものが一日で霧散していく。

過去の自分と春樹と向き合う勇気が出たのは全て柊のおだ。

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