《異世界戦國記》第八十二話・加納口の戦い8

織田信康と岸信周が一騎打ちを始めるころ、完全に水野信元軍は総崩れ狀態となっていた。加藤影泰の豪膽な攻撃は水野家の軍勢を破壊するように後退させ敵の混をさらに増やし、倒していく。水野信元が必死に指揮を執っても混は収まらず兵の逃走が続く。

「信元! もう無理だ! お前は逃げろ!」

「っ! ですが……!」

「馬鹿野郎! もう軍としての機能はないし復活も無理だ! 今は何よりも自分の命を守る事を最優先に考えろ!」

信元は目の前の景が信じられずにこの場から逃げる事に躊躇する。そんな信元を近守は叱責する。水野家長男という事もあって信元よりも長い戦の経験を持っている。その中で総崩れになった自軍を立て直そうとするというのは難しい事をよく知っていた。それが暗闇に包まれた今なら余計にだ。ならば下手に留まらずに敵の追撃がない場所まで退き自軍や味方の狀況を把握しつつ兵を集めなおす方が良いと思っていた。

近守は信元に近づくと力づくで後方に押し出す。

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「ほら! さっさと行け!」

「で、ですが……」

「近守様! 敵が近づいてきます!」

「何だと?」

近守は漸く慣れて來た闇夜を目を凝らしてみる。すると、確かに騎馬の數団だがこちらに向かってきているのがはっきりと分かった。そこで近守は敵の馬の大きさに気付く。足が太く短く、持久力はあるが瞬発的な速力には期待できない見慣れた馬ではなく人並みの格を持ったデカい馬がいた。

近守が何を見ているのか、分かったのだろう。兵の一人が答えとなる事を言った。

「あれは、最近信州で見つかった馬ですね。デカくて持久力もそれなりにあって速度も速い。あれで信州の騎馬隊は様変わりして無敵になったそうですよ」

「そんな馬が何故……いや、濃は信濃と面しているからな。取引でもしたのか」

どちらにしろそんな騎馬隊が凄い速度で迫ってきている以上この場で立ち止まる事は愚の骨頂だった。近守は一度深呼吸をすると覚悟を決め信元の方を見る。

「信元、お前は逃げろ。お前ら。連れて行け」

「なっ!? 兄上はどうするのですか!?」

「俺はこの場に殘り殿を務める」

「そんな事」

「やかましい! お前は水野家嫡男だ! なんとしても生き殘れ! 信近! この愚弟を引っ張ってでも連れて行け」

「……分かりました。兄上、行きましょう」

「……くっ! 兄上! 死ぬ事は許しませんよ!」

「安心しろ。敵を倒して向かってやるさ」

信近に若干引っ張られるようにして信元はその場を離れる。近守は信元たちに背を向け槍を構える。対する敵は數ながら最悪の騎馬隊だ。信元たちがし離れてからしして、騎馬隊が近守と付き添うように殘った兵と接敵した。

騎馬隊の先頭にいた武將が近守たちを見て目を細める。

「ほう、殿か。しかも他の兵とは違い統率が取れているな。……お主か。ここの將は」

「ああ、水野忠政の長男、水野近守だ」

程、道理で統率が取れているわけだ。それに、水野家の一門ならこちらも名乗る必要があるか。加藤影泰だ」

「っ! 貴殿があの……」

水野家が今の狀態になった原因の將がこの場にいる。近守は絶的な狀況ながら笑みを浮かべる。生を諦めたわけではないが生き殘るのは難しいと思っていた。それがまさか敵將と遭遇したのだ。

近守は槍を構えた。

「その首、俺の命と引き換えにもらうぞ」

「この騎馬隊を見ても怯まないか。中々の將だ。それだけに、この場で潰える事が殘念でならないな!」

「それはどうかな!?」

近守はそう言って馬を走らせた影泰に突撃する。他の兵士たちもそれに続き信元が逃げる時間を稼ぐため、ひいては敵を討ち取り敵の流れを変える為。命を投げ出す覚悟を決めた男たちは雄たけびを上げるのだった。

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