ーーバドラキア軍壊滅。

その一報はすぐさま雙方の軍に知れ渡った。

南部リコリア共和國軍ーー。

その天幕の中では、コルディア公爵領南部にあるメリオン要塞を落とそうと戦略會議が行われているところであった。

「同志チェルノ司令、やはりメリオン要塞は城壁は強化されております！　偵の報告では城壁は厚くなり、何やら不可思議な兵を設置しているとか」

「同志パーキン、慌てることはない。數年前からコルディア領が活気付いて領の政治に力的だったことは知っている。こちらもそれ相応の準備をしてきたのだから」

その言葉の通り、リコリア軍のあちこちに城攻め用の兵の數々が所狹しと置かれていた。

「ハリボテの城壁と付け焼き刃の兵など我らの攻城兵の前では子どもの児戯に等しい。この様なチンケな要塞などさっさと落として、我々は本番に備えねばならない」

本番とは、ポルネシア南部軍の本軍との戦のことである。

ポルネシア王國は東部から來ているバドラキア王國軍10萬、帝國軍20萬超の対応に大軍に人數を割かねばならず、南部には殆ど人數を割くことはできないはずだ。

數で劣るであろうポルネシア南部軍がこのリコリア軍に対処するには守りに徹するほかない。

「流石にこの要塞に何萬も籠られては面倒だからな。さっさと落としてしまおう」

「「「はっ！」」」

作戦が決まり、いよいよ攻城戦の始まりとリコリア軍の將達が持ち場に著こうとしたその時、慌てた様子の伝令が天幕にってくる。

「報告！　ポルネシア東部、ハドレ城にてバドラキア軍全滅！」

「……は？」

その一報は世襲制ではなく、実力によって選ばれたリコリア共和國指折りの秀才達の惚けさせるには十分なものだった。

數秒ののち、我に返った將の一人が伝令に問う。

「全滅？　オリオンにやられて潰走……ではなく？」

「はっ！　斥候の報告ではバドラキア軍10萬がハドレ城前にてオリオン、およびリュミオン殘黨軍5萬と戦。バドラキア軍4萬が戦死、殘り6萬が敵の捕虜となったとの事です！」

「な、んだと……？　いや誤報に決まっている！　6萬も兵が殘っていて高々5萬の兵に降伏などするわけがない！」

「その通りだ！　それにオリオンが率いるポルネシア東部軍がハドレ城に到著するまで一日ほどのズレがある！　やはり誤報だ！」

「報告では戦したのはポルネシア東部軍ではなくオリオン公爵家の嫡男、レインという年が率いていたオリオン軍との事です！」

「何……？」

その伝令の言葉に、更にリコリア軍の幕は混を極めてしまった。

それも當然の話だろう。まさか一國の選りすぐりの軍隊が小國の一領主の軍に全滅させられるなど理解できる話ではない。しかもそれを率いていたのが年だというのだから更に混を深める。

そんな彼らの元に、更に一人の伝令が息を切らせながらってきた。

「報告！　見からポルネシア南部軍の総兵力の報告が來ました！　その數20萬との事です！」

「……は？」

再度彼らは停止してしまう。

「に、じゅうまん？」

「はっ！　更に軍旗にはポルネシア王家の旗、及びポルネシアの準英雄級魔導使いプリタリアの姿が確認できます！」

「な、んだと……？　プリタリア？　まさかプリタリアを我々にぶつけるのか……。誤報ではないのか？」

「はっ！　何度も確認したため間違い無いとのことです！」

どさり、という音とともに將の何名かが餅をつく。

「なぜ……？　帝國は25萬だぞ？　まさかこの戦爭に帝國が參加していることを知らないのか？　それとも帝國は諦めて我が軍だけでも徹底的に潰す気か？」

この軍の総司令のチェルノもありえない妄想を口にしてしまう。しかし、そんな妄想をしてしまうほどあり得ない報だった。

リコリア軍の総兵力は12萬。攻城専門の兵を除けば10萬強。

彼らの報網によるポルネシア南部軍の総兵力は同じく10萬。この帝國との戦に3萬から4萬ほど割かれると考えていた。

しかし、あり得ないことにポルネシア王國は兵を東部に割くどころか南部に回してきた。

「「「「……」」」」

沈黙が走る。

引くべきだ。この場にいる優秀な指揮達は即座にその答えを出す。

もたらされた報はそれ程のものだ。これ以上攻めれば大損害を被る事になる。

だが、彼らがそれを口に出せない理由。

それはまだ帝國が殘っているからだ。この連合軍はそもそも対等な関係で行われていない。帝國というこの大陸屈指の大國の名の下に、ポルネシア王國にある甘い果実を吸う為に中小國が結集した連合軍だ。

もしここで國まで逃げ帰ってしまった場合、國民からの追及もあるだろうし、何より、仮に帝國がポルネシア王國を落とした場合、リコリア共和國への糾弾は免れない。

最悪の場合、帝國との戦爭もあり得るだろう。よくてもポルネシアの大半を帝國に取られ、リコリア共和國は甘いを吸うことができず、何のための戦爭か分からなくなってしまう。

だからといって地の利がある大軍とまともに戦うこともできない。しかも相手はポルネシア王國最強の魔導使いであるプリタリアがいるのだ。一方的な殺が起こる可能すらある。

「……遅滯戦闘を行う」

數分の後、チェルノが出した答えはそれだった。

「ち、遅滯戦闘ですか？　この數で？」

「ああ。幸い背後は平原が続いている。陣を広めに取り魔法防陣を引きつつ、ゆっくりと後退する。犠牲を最小限に、かつ帝國が到著するまでポルネシア王國から出ない様細心の注意を払え！　攻城兵は解、運べないものは破壊せよ！　急げ！」

「か、畏まりました！」

チェルノの命令に従い、即座に將校達が各軍への指示に走る。

「何が起こっているのだ、一……」

誰もいなくなった天幕でチェルノは呟いた。

ナスタリカ皇國海上ーー。

ポルネシアの南方、國を二ついだ場所に位置する國ナスタリカ皇國は軍艦を率いて海よりポルネシアを攻めていた。

そんなナスタリカ皇國海軍の下にもバドラキア軍壊滅の報はもたらされたが、しかし、彼らにはそんな報に構っている余裕などなかった。

「なんなのだ！　あの船は！　何故帆も漕ぎ手もいないのに移できる？！」

ナスタリカ皇國海軍総司令レイスターは大量に降り注ぐ巨石の中、そうぶ。

既に戦いが始まっていた彼らの眼前には帆のないポルネシア海軍の軍船が立ち並び、そしてそこから放たれる投石によってナスタリカ皇國の船は海の藻屑と化していた。

ポルネシア海軍船に取り付けられた投石はレインによって改良を重ねられた連裝式の投石であり、回転する無駄のないきにより數秒に一つ、人間の顔よりも大きな巨石を飛ばせるものだった。

更に帆がついた軍船から放たれる大弩も無視できない威力だった。回転式の臺座で360度全方位に放つことができる攻城用の大弩を高い度で當ててくる為、ナスタリカ皇國の軍船の殆どは既にボロボロになっていた。

「くそ！　何故こんな事に……」

明らかにポルネシア王國側はこちらのきを察知していた。本來ならば既にナスタリカ皇國はポルネシア西部に上陸しており、ポルネシア西部から上陸軍が城を落としていたはずなのだ。

しかし、彼らは北部からやってくるハリボテの帝國軍に人數を割いているはずなのに、ほぼ全軍をナスタリカ皇國側に注ぎ込んできている。

何処かから報がれたとしか思えない。

「くそっ！　くそっ！！　撤退だ！　全軍引き上げさせ、ぶっ……」

指揮系統の混により撤退が遅れたナスタリカ皇國は壊滅的な被害をけたのだった。

南部ポルネシア軍ーー。

バドラキア軍壊滅の報はポルネシア王國側にも伝わっていた。

「ポルネシア東部軍より伝令！　オリオン公爵家嫡男、レイン様率いるオリオン軍により、バドラキア軍は全滅したとの事です！」

ポルネシア南部軍の王家の旗が翻る一際大きく豪華な天幕の中、上座に座るし挙不審な青年がいた。厳つい顔をし、様々な鎧を著た達に見守られ、し居心地が悪そうにしている彼こそがポルネシア王國第一王子、レビオン・アンプルール・ポルネシアである。

「ぜ、全滅？　全滅というと、バドラキア軍はもう追い返せたってことかな？」

「はっ！　恐れながら申し上げます！　レイン様の報告によりますと、バドラキア軍10萬のうち4萬が死亡、6萬を捕縛したとの事です！」

「え？　ろ、6萬も捕虜にしたの？」

「はっ！　そう聞いております！」

驚くポルネシア陣営の中、ポルネシア南部大將軍、ミロウ・ビスカウント・ド・リーマが鼻を鳴らす。

「ふん、帝國の犬どもが消えよったか。捕虜など捕らず殲滅すれば良いものを。レインの鼻垂れ小僧はまだまだあまい」

「ヒェヒェヒェ、捕虜は後の渉材料になろうて。バドラキア軍の総大將は確か……ぐ、グレード？」

「グリド王子です、プリタリア様」

「そうそうグリードじゃった。奴は捕らえたのか？」

プリタリアは伝令に首を向ける。

「はっ！　バドラキア第一王子グリド、及び魔導師団団長アイゼリック他將軍級は殆ど捕らえたと聞いております」

「ほうほう！　かの有名なアイゼリックも捕らえたのか？　奴とは一度魔法談義をしてみたいと思っておったところ。流石はレイン様！」

そこまでいうと、プリタリアは目をカッと見開き、更に伝令に尋ねる。

「して！　どの魔法が使われたのかお主、聞いてはおらんか？」

「申し訳ございません。そこまでは……」

「そうか……、気になるのぉ……」

「プリタリア殿、殿下が困っておられるぞ」

そうプリタリアに聲を掛けたのは、ポルネシア西部軍の將軍、コルバ・マーグレイブ・ド・リバーだ。

「おおっと、いかんいかん。殿下、大変失禮致しました」

「い、いや、いいんだ。我が軍の勝利は喜ばしいことなのだから」

「全くです、殿下。特にローレス公は鼻が高いですな？」

コルバの言葉に全員の首が一人の男に向く。腕を組み、厳しい顔をした男。彼はイシュターン・カウント・ド・ローレス。

東部軍の大將軍であるロンドの抱える実踐経験富な將の一人で、今回はその実直な格と高い信頼から、東部軍3萬を率いて南部に援軍として來ている。

「嬉しい報告だが、今は目の前の敵に集中すべきだ。數で勝るとはいえリコリア軍は12萬。舐めてかかれる相手ではない」

「分かっておるわ！　しかしこの報を知れば敵も出方を変えてくる。バグラク公、報は逐一私に報告しろ！」

ミロウにそう命令されたのは、シビリビ・マーグレイブ・ド・バグラクという男だ。他の將と違い、きやすさを優先した軽裝のこの男こそ、ポルネシア北部より派遣されて來た北部軍の將である。

ポルネシア北部には他國と干渉を一切しないエルフの國しか存在しない。その為、彼らの主な敵は、人間ではなく魔である。北部はエルフの森のおで富な栄養が土に宿っており、そのため魔も他領よりも強く、そして數も多い。

北部軍はそれらを排除する為に存在しており、その為、他の軍とは々並みが異なるのだ。

統一された鎧を著る他の軍と違い、北部軍の兵のほとんどはそれぞれの個や能力に合わせた服裝をしており、ぱっと見では彼らが軍隊であるとは思えないだろう。

中でも北部軍は、何処何処の森にどのような魔が現れたなどの報は欠かせない為、斥候に力をれている。

夜目が効き、嗅覚も鋭い魔相手に見つからずに斥候をこなす彼らにとって人間の軍の目を掻い潛るなど雑作もないことだった。

それ故、今回の南部軍の斥候、及び山や森などでの奇襲部隊を擔當していた。

しかし、命令されたシビリビは、し不快な顔をする。

「分かっておりますよ。しかし勘違いなさらぬよう。我々北部軍が従うのは殿下であり、貴方方南部軍ではないのだと」

「ふん」

シビリビの言葉にミロウは鼻を鳴らすだけで流した。

シビリビはその態度に更に不快になるが、殿下の前と言うこともあり、渋々押し黙る。

「やれやれ、前途多難ですな。まあ仕事はきちんとしてくれるでしょう」

「そうでなくては困る！　お主らも足を引っ張るでないぞ！」

「ふふふ、それはミロウ殿の指揮能力によりますな」

怪しげな笑みを浮かべてミロウを煽る男、ポルネシア西部軍のもう一人の將軍、イアン・ヴィスカント・ド・ラバー。

「お主らが命令通り持ち場で役目を果たせば逃げ腰の奴等なんぞに負けぬわ！　殿下、この私がポルネシア王國を土足で踏み躙った愚か者共に必ずや正義の鉄槌を下してみせようぞ！」

「き、期待しているよ」

ミロウの迫力に圧され、引き気味に答える。ミロウはその言葉に一つ頷き勢いよく立ち上がる。

「さぁ！　開戦だ！　各自持ち場につき命令を待て！」

その言葉に呼応するように各々の將が持ち場へと戻って行った。