五歳になった。

最近、ようやく家の外に出してもらえるようになった。

ただし、絶対にヘレナかミーシャがついてくる。

いつになったら一人で出歩けるようになるんだろう……。

近所の學校やお店などを、ミーシャやヘレナの案をけながら歩くのはなかなか新鮮だった。

ヘレナとの魔練習は、今も続いている。

以前のように両親やメイドに隠れてコソコソ魔の練習をする必要がなくなったので、びは早かった。

今では無屬以外の六屬すべての魔が下級に達している。

そして最近になってようやく、無屬の初級の魔を會得することに功した。

無屬の初級魔は俗に言うアイテムボックスのようなもので、亜空間にをあけてそこにを収納することができるというぶっ飛んだものだった。

ちなみに無屬の魔を使えることは、今のところヘレナ達にはだ。

自分たちが教えていない屬の魔を使っている、というのはどう考えてもおかしいからな。

オレが庭で魔の練習をしていると、ヘレナはいつも頭をでて褒めてくれる。

ヘレナにでられるのはとても気持ちがいい。

その様子をこっそりと見ているらしいキアラから、夜中になでなでを所されるのももう慣れてきた。

ミーシャとの剣の訓練のほうも頑張っている。

最初にやらされたのは、素振りや走り込みや筋トレなどといった基礎的な作りだ。

子供の頃に筋をつけすぎると長のびが悪くなるので、筋をつけるのはほどほどにしている。

この世界の剣の稽古は強烈だ。

屬の初級魔で軽い怪我ならすぐに治せるため、多無茶なことをしても問題ないというのが大きい。

それに、この世界では剣士の相手は同じ剣士か魔だ。

相手は強化や特殊な武を使ってくるため、前世の剣士と同じような強さではお話にならない。

魔というのはオレもまだ見たことがないが、野生と違い魔力をそのに纏っているのが特徴なのだとか。

高位の魔になると、言葉を話したりもするそうだ。

そういえば、前に不思議なことがあった。

この世界では一般的に、剣の稽古をつけてもらうときは打撲程度の怪我をしてしまうものなのだが、なぜかオレは木剣で毆られても痛みがほとんどなく、怪我をしなかったのだ。

ミーシャ曰く「生まれながらにしてタフネス――防力が高いのでしょう」とのこと。

……思い當たる節がある。

前にキアラに教えてもらった『防力大幅上昇』の能力。

おそらくあれのせいだ。

その理屈に基づくと、『攻撃力大幅上昇』の能力のせいで、オレの攻撃は相手に相當痛いダメージを與えてしまうのではないかという懸念があった。

稽古のときの力の加減には気を付けないとな。

キアラとも魔の訓練をしているが、最近は座學が多くなってきた。

……座學と言うより、雑談に近いような気がするが。

魔については、ある程度のレベルまでならヘレナに任せても問題ないだろうとキアラが判斷した結果だ。

最近のキアラが教えてくれるのは、魔道のことや、國や人種の歴史など。

たまに自分の験談なども混ぜて話してくれる。

魔道というのは、魔力を込めることで様々な効果を発揮する道の総稱だ。

魔法石という名前の鉱石を加工して作られる、ディムール王國の特産品の一つである。

……まあ実際は、暖房や冷蔵庫などの前世で言う電化製品のようなものがほとんどで、そこまでファンタジーな効果を持つものはない。

いや、あるのかもしれないが見たことがないと言ったほうが適切か。

そんなじで、順調に力をつけていたある日のこと。

「ラルなら大丈夫だとは思うが、決して相のないようにな」

「はい、父様」

鏡の前には、著慣れない禮服にを通し、どこか張した面持ちでコクコクと頷く年の姿があった。

まあ、オレなんだけど。

「変なところはないですか？」

「大丈夫よラル。とても似合ってるわ」

「ええ。とてもよくお似合いですよ、ラルフ様」

軽く聞いただけのつもりだったのだが、思わぬ返答が返ってきた。

ヘレナとミーシャの言葉がしこそばゆい。

「ああああ……ラルくんしゅごいかわいいよぉ……。ラルくんラルくんラルくん……」

「…………」

オレの背中にしがみつき、頬をすり寄せてくるキアラへんたいにはノーリアクションを貫くことにした。

今のオレの容姿は輝く銀髪に、き通るような翠眼。

端正な顔立ちの、紛うことなきイケメンである。

さて。

オレがなぜ、こんな堅苦しい恰好をしているのかというと。

今日は、このディムール王國の姫様の、五歳の誕生日パーティーが開かれるのだ。

それに出席するために、オレたちは王都にやってきた。

今は王城にある待合室で家族みんなで待機中だ。

この國では、王族の子供が五歳になったら盛大にお祝いするという習慣がある。

五歳に達するまでは、弱って死んでしまう子供も意外と多いのだとか。

今日は、姫様の五歳の誕生日。オレと同い年だ。

「ふむ。それじゃあ、そろそろ行こうか、三人とも」

パーティーの用意ができたらしいので、フレイズの聲に連れられて會場のほうへ向かう。

王城はガベルブック家の屋敷よりも斷然広い。

その長い廊下で、何人もの貴族たちとすれ違った。

そして、その全員がフレイズに挨拶してくるのだ。

これだけ見ても、ガベルブック家がどれだけ位の高い貴族なのかがわかる。

見かける人間自も新鮮だ。

脂ぎったオッサンやオバサンがいたと思ったら、フレイズのように武闘派らしき貴族もいる。

かわいい貴族のお嬢さんも何人か見かけた。

そのすべてが新鮮で、きょろきょろと周りを見回してしまう。

そんなことをしていると、ヘレナは控えめに笑って、

「ラルは王城に來るのが初めてだものね」

「はい。々なものがあって、見ていて面白いです！」

こっちの世界に來てから、ここまで多くの人間が集まっているのを見たことがなかったからな。

王都では、久々に見る一般ピープルに興をじ得なかった。

その興っぷりは、あのキアラに呆れられるほど。

王城では全的に貴族が多くなり、王都の街並みの中で見た人々ともまた違っているため、その差異も面白い。

そんなことをしているうちに、パーティー會場へ到著した。

まだ食べなどは用意されておらず、貴族同士で雑談をしているのが多く見けられる。

こういう場所で、人脈を広げたり政略結婚を狙ったりするのだろう。

他人事のように考えているが、他の貴族がオレのところにも來る可能は十分にある。

まあ、気を付けて対応すれば問題ないだろう。

いざとなればキアラもいることだし。

そんなことをぼんやりと考えながら、橫にべったりとくっついたキアラの頬をばして遊んでいたときだった。

「もういい！　わたし帰るっ！」

不意に甲高い怒聲が上がり、オレの目の前を、白いドレスをに纏った一人のが橫切っていった。

金の殘滓が、オレの網を刺激する。

「お待ちください、クレア様！」

執事らしき人の呼びかけを無視し、は走り去ってしまった。

後に殘ったのは、居心地の悪い靜寂だけだ。

「……申し訳ございません皆様。もう々、お待ちくださいませ」

そう言って頭を下げる執事。

その顔には、どこか諦めのようなが浮かんでいるように見える。

一瞬の間、會場は微妙な空気に包まれたが、すぐに雑談が再開された。

なんだ？

「これは、パーティーはしばらく始まりそうにないな……」

フレイズがめんどくさそうに呟く。

パーティーが始まらない？　なんでだ？

その理由をフレイズに尋ねようとしたとき、オレの脳裏にある考えが浮かんだ。

「母様、ちょっとお手洗いに行ってきます」

「はい、いってらっしゃい。あ、ミーシャを連れていってね。迷子になったら大変だから」

ヘレナのその言葉に、ミーシャが反応する。

まずい。

ここでミーシャについて來られたら、オレの計畫が水の泡になってしまう。

「すぐ戻りますから、平気ですよ！」

ここで振り切らないと負ける。

そう確信したオレは、半ば無理やりに話を打ち切ってそのまま走り出した。

「あっ、ラル！　もう……」

「まあ、たまにはいいじゃないか。ここなら大したことも起こらないだろうし」

「それならいいんだけど……」

よし。

そんな聲が遠く聴こえてきたのを確認したオレは、王城の中を散策することにした。

……え？　お手洗い？

んなもん噓だよ。

王城見學ツアーは、想像以上に楽しいものだった。

まず、誰にも連れられずに一人で散策するということ自、かなり久しぶりなのだ。

これでテンションを上げるなというほうが無理がある。

好き勝手に々なものを見て回った。

壁や部屋や床や天井など、ありとあらゆるものがオレの興味の対象となる。

それはキアラと二人きりで過ごす、幸せな時間だった。

「でもよかったの？　お母さんをあんな無理やり引き剝がしてきちゃって」

「いいんだよ。たまには羽をのばさなくっちゃ。……ん？」

キアラの疑問に答えていると、不意に違和をじた。

中庭のほうがなにやら騒がしい。

気配を殺してこっそりと中庭覗いてみると、奇妙な景が目に飛び込んできた。

兵士二人と小さなの子が、獣のようなものと対峙している。

の歳はオレと同じぐらいだろうか。

その金の髪はをけて輝き、碧の瞳はまるで寶石のようにしい。

だが、その表は悲壯なものだった。

……なにかがおかしい。

くっさい臭いが、こちらまで漂ってくる。

なんだあれ。

調教した獣かな？　見たことないやつだけど。

「あれは牙獣がじゅうだよ。それも合魔獣キメラの。でも、どうしてこんなところに……まさか」

キアラは怪訝な表を浮かべながら、オレにあの獣の名前を教えてくれた。

しかし、牙獣？　まさか魔か？

いや、でも王城の中に魔が出るなんてありえないしな。

興味本位から、オレは『能力解析』を使った。

牙獣　合魔獣キメラ

『威圧』

『火屬耐』

ホントだ。

合魔獣キメラという文字が見える。

そんな呑気なことをしている間にも、事態は進行していた。

「はぁッ！！」

の護衛なのだろうか。

男の一人が牙獣の懐にり込み、剣を振るった。

だが、とてつもなくいモノを弾いたような音が辺りに響いただけで、刃は牙獣のを両斷することはなかった。

「な！？」

何が起こったのかわからない近衛兵は、自に向かって振り下ろされる巨大な腕を避けることができなかった。

ビチャッ、という生理的嫌悪を覚えさせる音が辺りに響く。

彼はそのまま、トマトのようにぐちゃぐちゃに潰されて死んだ。

……違う。

「どうかお逃げください！　ク――」

言い終わらないうちに、牙獣の橫薙ぎの一撃によって、んだ男のがはじけ飛んだ。

その場にへたり込んだの顔が、牙獣の腕からビチャビチャと垂れた男のと片で赤黒く染まる。

「……ぁ」

そして。

牙獣の瞳が、をとらえた。

あれは、訓練された獣なんかじゃない。

――あれは、魔だ。

「ラルくん！？」

駆け出していた。

キアラの聲が遠い。

まるで水の中で呼びかけられたかのように、同じ世界の出來事とは思えない。

そして、気がついたら、オレはの前に飛び出していた。