《》第9話 奴隷購
ひどく怯えた様子のオッサンを連れて、オレは再び奴隷の売買が行われている會場へと戻ってきた。
オッサンの態度も、最初のものとは雲泥の差だ。
「じゃあ、お願いしますね」
「わ、わかった……」
オレの頼みに渋々ながらも頷いたオッサンは、もう一人の見張りに話しかけた。
オッサンの言葉を耳にしたらしいもう一人のほうは、訝しげに眉を顰ひそめている。
まあ、オッサンの態度の変わりようはオレから見ても違和を覚えるレベルだからな。
説得にはしばらく時間がかかりそうだ。
「……ねえ、ラルくん」
「ん? どうしたキアラ」
振り返ると、し曇った表をしたキアラが立っていた。
心なしか、聲もいつもより沈んでいるような気がする。
オレが一人で喋っているのも不自然なので、人の目があるところでは極力話しかけないようにしてくれているらしいが、何かあったのだろうか。
「……ラルくんは、大丈夫だよね? 悪い人になったり、しないよね?」
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「うん?」
……ああ、なるほど。
おそらく、さっきのオッサンとのやり取りの中で、オレが荒ぶっていたから心配になったのだろう。
「大丈夫大丈夫。一応、良心に基づいて行してるつもりだし」
そう答えても、キアラの表は優れない。
「でも、さっきのラルくんすごく怖かったんだもん……」
キアラの口からそんな言葉がれ、オレの手をぎゅっと摑む。
不安そうに力なくうなだれるその姿は、無力な一人のにしか見えない。
「キアラ……」
その様子を見て、し考えを改めた。
オレはこのを心配させてしまったのだ。
オレのことを好きと言ってくれている、このを。
キアラは、悪いことを助長させるためにオレに魔を教えてくれたわけではない。
使い方をよく考えなければ。
「誓うよ。オレは、悪には染まらない。この力は、オレの大切な人たちのために使う」
「……うん。わかった。信じる」
オレがはっきりとその気持ちを言葉にすると、キアラの表がし明るくなった。
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よかった。
キアラには笑顔のほうがよく似合う。
「ところで、ラルくんはなんで奴隷がしいの?」
「――――――――――――」
油斷していたら、キアラからとんでもない質問が飛んできた。
――――言えない。
獣人の奴隷を買って、ベッドでにゃんにゃんするためだなんて、口が裂けても言えない。
「ラルくん、やっぱり……」
ジト目になったキアラがオレの顔を覗き込む。
その責めるような目に耐えきれず、オレは思わず視線を逸らしてしまった。
まずい。
これではまるで、オレにやましいことがあるみたいではないか。
いやまあ、あるんだけど。
「い、いや。そんなにひどいことをするつもりはないよ?」
「答えになってないんだけど」
おや。
珍しくキアラさんがご立腹だ。
どうしてこうなった。
……間違いなくオレが誤魔化しているからですね本當にすいません。
「いや、単純にね? 興味があるわけですよ。日本では奴隷なんてなかったし、どんなじなのかなーって」
噓はついていない。
ただそれが、一番の理由ではないというだけで。
キアラはしばらくジト目でオレのことを見ていたが、やがて息を吐いて、
「……私じゃ、ダメ?」
「え?」
それは、オレが予想だにしていなかった言葉だった。
それを耳にした直後、キアラが背中越しにオレに著する。
いつものような、単純に慈しむような抱きしめ方ではない。
オレの全を、キアラが包み込んでいる。
そこにどうしようもないほど『』をじた。
「私じゃ、ラルくんを満足させてあげられないかな?」
「い、いや、そういうわけじゃ」
キアラの熱をじる。
控え目な大きさのが、背中に押し付けられているも。
幽霊なのに、そのはまるで生の人間のように溫かい。
「ラルくん」
すぐ隣に、キアラの顔があった。
出會ったときから何一つ変わっていない、キアラのしい顔。
その艶やかなに、吸い寄せられるように目が釘付けになる。
「……いい、よ?」
はにかみながら、そんなことを言うキアラ。
そこでようやく、オレは自分の中にあるその求を理解した。
そして、キアラがオレに何を求めているのかもわかっていた。
「……キアラ」
それは自然な衝だった。
オレはそのまま、キアラのに――、
「それでは、どうぞおりください」
「――っ! あ、ありがとう」
咄嗟にキアラと距離を取り、聲をかけてくれた見張りの男に禮を言った。
どうやら、オッサンの説得は功したようだ。
「……むー」
明らかにキアラがふてくされているが、今は恥ずかしくて顔を合わせることができない。
もう一人の見張りに見送られ、オレたちは會場の中へと足を踏みれた。
ちなみにオッサンは、會場の中にまではついて來ない。
ここに來るまでの道中で奴隷の買い方はオッサンに教えてもらったので、必要ないと言えば必要ないのだが。
「……おお!」
キアラとし気まずい空気になっていたオレだったが、その景を目にした瞬間、嘆の聲を上げずにはいられなかった。
會場の中は、多くの人で埋め盡くされている。
ほとんどが奴隷を買いに來た人間なのだろうが、その中には、鎖と首で繋がれた奴隷らしき男やもいた。
オレも會場の熱気にあてられて興してきた。
早く可い子を探そう。
「オラ、さっさと歩けっ!」
そんなことを考えていると、人々の喧噪の中から一際大きい怒鳴り聲が聴こえてきた。
何気なく、そちらの方向を見やる。
「…………」
奴隷商らしき男が、のを足で小突いている。
その手慣れた様子に、し不快を覚えた。
男に小突かれているのは、茶髪で、キツネのような耳が生えているだ。
おそらく獣人だろう。
両手を鎖で拘束され、奴隷の証である黒い首をつけて、よろよろと歩き続けている。
オレと同じぐらいの年端もいかないようなが、奴隷という分に落ちている。
こちらの世界でも、子供が盜賊などに拉致されて売られる、なんてのはけっこうある話なのだろう。
その事実に軽く衝撃をけながらのほうを見ていると、彼と目が合った。
「――――――ッ!!」
その目を見て、オレの興は一瞬で冷めた。
あの目。
とても暗い目。
全てに絶して、生きることすら諦めた目。
オレは何を考えていたのだろうか。
ケモミミのの子を買って、毎日エッチなことやり放題だぜ! とでも考えていたのか。
馬鹿としか言いようがない。
助けてやりたい。
安い同だ。ゴミのような正義だ。
でも、その安い同やゴミのような正義であのを救えるのなら、オレは。
「すいません。その子をいただきたいのですが」
気付いたら、オレはそんな言葉を口にしていた。
「あ? なんだお前。ここはお前みたいなガキが來るとこじゃねぇんだよ。さっさと失せろ」
男の対応もテンプレだ。
まあ中はともかく、外見は完全にただの子供だから仕方ない。
オレは黙って、懐に開いた亜空間から騎士の勲章を取り出す。
それを見た男の様子が、明らかに変わった。
「ラルフ・ラヴニカ・ガベルブックです。確認をお願いします」
「ガベルブック……まさかお前、フレイズのとこのガキか!?」
男の表が驚愕に染まる。
おや。オレのことを知っているのか。
自分が知らないだけで、意外と有名だったりするのだろうか。
「そのガキで間違いありません。で、奴隷の販売をお願いしたいのですが」
「し、しかし、ガベルブックの倅せがれに奴隷を売るのは……」
男は冷や汗を流しながらオレのことを見つめている。
その立ち姿は弱々しい。
おそらく、ガベルブック家が奴隷制度否定派の筆頭貴族だからであろう。
そんな家の子供に奴隷を売卻して、足でもついたら一巻の終わりだ。
「安心してください。僕は父上とは違い、奴隷制度を頭ごなしに否定したりするつもりはありません。売主の報を父上に流すような真似も、決してしないと約束します」
「……それは助かりますね。彼には私達も手を焼いているのですよ。いつ難癖をつけられて拘束されるかわかったもんじゃないですからねぇ……」
こちらの素を明かすと、男の態度もガラリと変わった。
年齢の差があるとは言っても、オレは貴族でこの男は平民だ。
この言葉遣いは適切だろう。
まさか完全に信用されたわけではないだろうが、とりあえずは取引に応じてくれる気になったようだ。
「それで、その娘を頂きたいのですが、いくらですかね?」
「ありがとうございます。こちらの商品は五歳の獣人族の娘です。もちろん処で、大きな傷、病気などはありません。このぐらいの年齢のですと相場は金貨百枚といったところですが、わけありの商品ですので金貨八十枚でお売りいたしましょう」
「わけありというのは?」
「見ていただければわかると思いますが、前の管理者がずさんに扱っていたのか、かなり弱っておりまして。ラルフ様が買い取った後に死んでしまう可能も低くないですね」
「ふむ……」
値踏みするようなフリをしながら、の様子を見る。
整った顔立ちではあるが、中が薄汚れていて、パッと見でもガリガリにやせ細っているのがわかる。
たしかに健康狀態は良くないようだ。
しかし、そんなわけありでも金貨八十枚の値段がつくあたり、獣人族のというのはよほど人気が高いらしい。
糞悪い話ではあるが。
ヴァルター陛下から貰った金貨は三百枚ある。
それにオレはこれから領主になるのだから、そちらの収にも期待できるはずだ。
つまり、いま金貨八十枚程度を失ったとしても、そこまで痛い出費ではない。
よし。
「問題ありません。買います」
こうして、オレは奴隷を手にれたのだった。
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