「ね？　大丈夫だったでしょ？」

「ああ。大丈夫だったな」

教室の中でヘレナに持たされた弁當を頬張りながら、オレは小聲でキアラの言葉を肯定した。

學試験は、午前中にある筆記試験と午後にある実技試験の二つに分けて行われる。

筆記試験と実技試験の両方で、學院に學するにふさわしい學力を持つ者をふるいにかけているわけだ。

今は午前中の試験が終わって、待機室となっている教室の中で晝休憩の時間の真っ最中だ。

場所が場所なので、オレの聲も自然と小さいものになる。

「なにせ、出た問題がほとんど小學校低學年ぐらいの容だったからな……」

験者の年齢を冷靜に考えればわかるはずなのだが、そんなことすら考えられないほど心に余裕がなかったのだろう。

どんだけテンパってたんだオレは。

とにかく、筆記試験のほうは余裕で満點を叩き出せるレベルだった。

殘るは実技だが、

「この歳でラルくんより魔が使える子なんているわけないから、絶対大丈夫だよ」

「だな」

自惚れているわけではないが、オレの魔の実力は既に一流の魔師の域に達している。

さすがに七歳の子どもに負ける気はしなかった。

そんなことを話しているうちに、そろそろ実技試験が始まる時間だ。

いつ試験監督の人間がってきてもおかしくないのだが……。

「お、來たか」

噂をすればなんとやら。

教員らしき痩せぎすの男が教室にってきて、教卓のところに腰を下ろした。

「それでは、ディムール王立魔法學院學試験、実技試験の説明を始める」

男の聲が教室に響き、それまでガヤガヤとうるさかった教室が、水を打ったように靜かになる。

さすがだ。

ディムール王立魔法學院の學試験の実技試験は、年ごとに容が異なり、この瞬間まで試験容が明かされることはない。

つまり、対策のしようがないわけだ。

まあ実技と言っても、魔の試験が行われることは確定しているが。

前世のように育的な実技試験が行われることはない。

さて、今年はどんな試験になるのだろうか。

「……と、言いたいところだが、今年の試験はグラウンドで行う。試験の説明もそちらでする。今から向かうから、ついて來い」

男はぶっきらぼうにそう言い、しもオレたちのことを待つことなく歩き出した。

験生たちは、慌ててそのあとを追う。

しかし、グラウンド？　今年から學試験の傾向が変わったのかな。

そんな疑問を抱きつつも、他の験生と一緒にグラウンドに出た。

「……なんだ、あれ」

グラウンドの真ん中あたりに、人形のようなものが立っている。

ざっと十はいるな。

全的に白っぽく、顔はない。

前世で言うとマネキンが一番近いだろうか。

あんな奇妙なもの、普段から置いてあるとは思えない。

となると……。

「もう見つけて気になっている者もいるようだが、今年の學試験は、お前たちにれずに・・・・あの人形を倒してもらうことだ」

やはりあの人形は學試験で使用するものだったか。

れずに、ということは、遠距離から攻撃するしかない。

飛び道なんて今手元にあるはずもないし、魔を使えない人間のことなど欠片も考慮していないな。

「倒したという判定は、人形を破壊するのが一番高い評価になるが、単純に転ばせただけでも加點対象にはなる。ただし、人形に直接れた場合、その時點で失格になるので注意しろ」

ふむふむ。

完全に魔の試験だなこりゃ。

とにかくオレがやるべきなのは、あの人形を破壊することだ。

強度は大したことなさそうだし余裕だろう。

「なお、この試験は今ここにいる験者全員が同時に行う。以上だ」

全員？

……そうか、全員か。

そうなると話がし変わってくる。

魔が使えなくても、この試験で加點される可能が出てくるな。

今の説明を聞いた限りだと、他の験者を人形にぶつけて転ばせたりした場合でも加點されそうだ。

それでも、かなり厳しい試験になることは想像に難くない。

まあ、魔を使えるオレがそんな抜け的な方法を取る必要はないが、一応いくつか聞いておくか。

「いくつか質問してもいいでしょうか？」

「なんだ？」

「この教室にいる験者全員、同時に試験を行うと仰おっしゃいましたが、加點の條件となる人形はあそこにある十だけなのですか？」

男はニヤリと笑って、

「いい質問だ、ガベルブック。その通りだ。つまり、お前たちのうち最大十人までしか加點対象にはならない」

男の言葉を耳にした験者たちがどよめいた。

なるほど。なかなかエグい試験だ。

てか先生、オレの名前知ってるんだな。

「その試験中は、基本的には何をしてもいいんですか？」

「ああ。だが、ディムール王國の法を犯すようなことをした場合は、即刻退場してもらうから注意しろ。特に、他の験者への攻撃は厳しく処罰するのでそのつもりでな」

當然だが、さすがにその辺の規制はあるか。

「質問は以上か？」

「僕からはそれだけですね」

「他の者は？」

男がそう尋ねたが、返ってきたのは沈黙だった。

「よし。それでは、ただいまよりディムール王立魔法學院學試験、実技試験を開始する！」

まさか、今この瞬間に試験が始まるとは思っていなかったのだろう。

他の験生たちは、戸ったような表を浮かべながら固まっている。

だが、オレは既にいていた。

まず、人形を験生たちの攻撃から守るために、土屬の中級魔『巖壁ロックウォール』ですべての人形を囲うようにして高い巖の壁を作った。

その高さはおよそ十メートルほど。

前世の建で換算すると、だいたい三階ぐらいの高さだ。

今の年齢で、この壁を越えられる奴はないだろう。

「なに！？　無詠唱だと！？」

オレの隣にいた黒髪の年が聲を上げる。

その表は驚きに染まっていた。

やはり無詠唱魔は珍しいようだ。

まあ今はそれはいい。

オレもさっさと人形を倒さないと。

守っているだけでは、この試験はクリアできないからな。

「よ、っと」

風霊シルフの助けを借りて、ひとっ飛びに巖の壁の上に飛び乗った。

ほとんど音のしない、完璧な著地を決める。

人間離れしたそのきに、周りの視線が集まっているのをじるが、今は無視だ。

「お、いたいた」

下のほうを見ると、人形たちは全くくことなく、変わらずその場に佇んでいる。

やはり、巖の壁を越えるのは他の験生たちにはまだ無理か。

倒す人形は一だけでいいな。

別に他の學生の數を減らしたいわけじゃないし、そんなことをしたら協調がないと判斷されて弾かれるかもしれない。

そう判斷したオレは、指の先端に火屬の下級魔『炎球ファイアーボール』で作った弾丸を燈した。

一瞬の迷いもなく、それを人形めがけて放つ。

音と共に、狙いを定めた一の人形が々に砕け散った。

これで試験はクリアできただろう。

「……まさか、これほどとは」

試験の男の顔は、驚きのに染まっていた。

オレが巖の壁の上へと登ったときに、この男もここまでやってきたのだ。

人形の狀態を確認するためだろう。

「ありがとうございます。これで試験はクリアですかね？」

「ああ、文句なしに合格だ。これからも期待しているぞ、ガベルブック」

「ご期待に添えるように頑張らせていただきますよ」

何はともあれ、無事合格できそうで何よりだ。

そういえば、キアラはどこへ行ったのだろうか。

先ほどから姿が見えない。

いや、別にいなくて寂しいとかそういうことじゃない。

本當にそういうことじゃないんだが、し気になった。

「ところで、この『巖壁ロックウォール』の魔を解除してほしいのだが、できるか？」

「あ、はい。できますよ」

それは、他の験生たちがここまで登ってくる気配がない故の頼みだろう。

このまま誰も人形を倒せないと、試験にならないからな……。

「それじゃ、解除しますね」

オレが魔力を込めて、『巖壁ロックウォール』の魔を解除しようとした、そのときだった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

一人の年が巖の壁の上まで上がってきた。

息がかなり上がっている。

魔を使った形跡はない。

まさか、魔も何も使わずに自力でここまで登ってきたのか？

「……我が名の下に集え、火霊サラマンダー！　『炎球ファイアーボール』！！」

そして、オレと同じ魔で一の人形を倒すことに功した。

あれは……詠唱の省略か。

本來、魔は長ったらしい詠唱が必要不可欠なはずなのだが、年の口からそんなものは出てこなかった。

「お、オールノートも優秀だな。お前が二位だ」

「……ありがとうございます」

オールノート？

よく見ると、先ほどオレの無詠唱魔を見て驚いていた年だった。

ふむ。

オールノート、か。

覚えておくか。

こうして、オレの學試験は無事に終わった。