《》第16話 不穏の幕開け
「ラルさまー! 起きてくださーい! 朝ですよー!」
可らしいけれどやかましい聲と、が揺すられることによる振のせいで、まどろみの中にあった意識がゆるやかに覚醒する。
「うるっさいなぁ……今何時だと思ってんだカタリナ……」
「もう朝の八時を回ってます! 早くしないと遅刻しちゃいますよ!!」
「……えっ!? 噓だろ、もうそんな時間かよ!?」
ベッドからを起こして時計を見ると、カタリナの言う通り、朝の八時をし過ぎたところだった。
今から急いで準備しても、ギリギリ間に合うかどうかといった時間だ。
「いや、でも夜の八時過ぎという可能も……」
「現実逃避してないで、さっさと用意してください!」
「あっ、はい」
洗面所で顔を洗い、カタリナが押し付けるように渡してきた制服に腕を通しながら、カタリナが作ってくれたパンにかぶりつく。
相変わらず味である。
「うん、味い」
「今はそんなに味わって食べなくていいので急いでくださいラルさま! もうロードさまがいらっしゃいましたよ!」
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「マジか。急がないとな」
ロードを待たせるのは気が引ける。
さっさと用意してしまわなければ。
だしなみを整えていると、玄関先に出て行ったカタリナの聲が聞こえてきた。
「おはようございます、ロード様!」
「おはよう、カタリナちゃん。今日も可いね」
「かわっ……!? あああ、えーっと、あ、ありがとうございます……」
カタリナが顔を赤くしている様子が、手に取るようにわかる。
まったく、一応は人の奴隷なんだから口説くなよ……。
「悪い、待たせたな」
用意を終えて玄関の方へ行くと、ロードが待っていた。
やはりカタリナと雑談に興じていたようだ。
ロードはオレのほうを一瞥すると、表を和らげる。
「ううん。そんなに待ってないから大丈夫だよ。それじゃあ行こうか」
「いってらっしゃいませ、ラルさま、ロードさま!」
「うん。いってきます」
「カタリナちゃんも、家事頑張ってね」
「はい!」
満面の笑みを浮かべたカタリナに見送られながら、オレたちは家を後にする。
「カタリナちゃん、可いよね。僕の好みだな」
「……カタリナはやらんぞ?」
「ふふっ、冗談だって。そんなに怖い顔しないでよ」
ロードは冗談だと笑うが、オレは本気にしか思えなかった。
まあ、何があってもカタリナは渡さないけどな。
あいつはオレのもんだ。
「まあ、この話はこれぐらいにしとこうよ。ほら、今日はあの日だし。変にぎすぎすしてても楽しくないしね」
「わかってるよ。オレもずっと楽しみにしてたんだ」
そう。
なにせ今日は、初めて魔の授業がある日なのだから。
ディムール王立魔法學院に學してから、およそ一か月が過ぎた。
學校のほうは順調だ。
オレとロード、そしてクレアは、クラスの中でもトップの績を修め続けている。
友達も増えた。
ロードほどではないが、ある程度魔やができる生徒も多い。
さすがはあの學試験で生き殘っただけのことはある。
とはいえ、やはり一番の友達はロードだ。
最近も、クレアと一緒にほとんど毎日ロードの家に遊びに行かせてもらっている。
ロードの父親はかつて名のある騎士団長だったらしいが、怪我が原因で今は隠居しており、ロードの家に行くたびにオレやクレアのことを歓迎してくれる。
見た目から推測する限りでは、ロードの父親はフレイズより二周りぐらいは歳上なのではなかろうか。
というより、フレイズとヘレナが若過ぎるだけなのだろう。
フレイズは二十代後半ぐらいだし、ヘレナに至っては二十代になってそれほど経っていない。
冷靜に考えると、前世の日本で言えばフレイズって完全にロリコンの犯罪者だよな。
こちらの世界の人は十五歳だからまあいいんだろうけど。
……親の話はこのくらいにしておこう。
さて。
今日は魔の授業がある。
この日をどれほど待ちわびたことか。
オレたちAクラスの面々は既にグラウンドに出て、擔當の教師が來るのを今か今かと待ち構えていた。
やはり魔の授業は楽しみなのだろう。
オレだけでなく、ほかの奴らもそわそわしている。
「珍しいね。ラルがそんなにそわそわしてるの」
楽しみすぎて若干挙不審になっていたせいか、クレアからそんなツッコミをれられた。
「オレだって普通に、楽しみなことはドキドキワクワクするぞ」
「そう……なの?」
「そうだよ」
クレアは小首を傾げているが、とんでもないことだ。
オレをなんだと思っているのか。
「ラル君は、いつも冷靜なイメージがあるからね。今日みたいにテンションが高いのは珍しいよ?」
「そうなのか」
ロードもクレアの意見を支持したので、一応納得しておく。
そういえば、今日は朝からキアラの姿を見ない。
まったく、どこをほっつき歩いてるんだか。
それに最近はなぜか、キアラがオレに魔の訓練をするのを避けるようになってきた。
もしかしたらキアラは、上級以上の魔は一部しか扱えないのかもしれない。
その辺も含めて一回吐かせる必要があるな。
「……ラル、なんか悪い顔してる」
「おっと。これは失敬」
危ない危ない。
考えたことが表に出ていたようだ。
気を付けないとな。
しばらくすると、擔當の先生がグラウンドに姿を現した。
……見覚えのある顔だ。
どこかで會ったことがあるような。
「よう、ガベルブック。こうやって顔を合わせるのは、試験のとき以來か」
「あ、その節はどうも」
その言葉で思い出す。
現れたのは、學試験の日にオレやロードの擔當になった先生だった。
「よーし、全員そろってるな。俺の名前はレオ・ウルゾフだ。これからよろしく頼む」
「……あのー、先生」
「ん? 何だオールノート」
ロードが先生に質問したのを見て、またか、と思った。
こいつはほとんど毎回、初対面の先生に向かって同じように質問や指摘をする習慣があるようだ。
それらはだいたい、教師の質を見抜くのに使っているようだが、今回はいつもとはし違った。
「先生の隣にいるその子は、一誰なんですか?」
うん。
それはオレも気になっていた。
先生の隣に、オレたちと同じぐらいの年頃のの子が立っているのだ。
見た目だけで言えば、クレアに似ていた。
顔立ちの整った金髪碧眼ので、背中までびる長い髪に、頭に黒いリボンをつけている。
だが、人に與える印象としては全くの正反対になるだろう。
その雙眸は鋭く、口元に浮かべている笑みは一種の妖艶さすら漂わせている。
どう見てもせいぜい八歳かそこらのがしていい表ではない。
まだ學してから一か月程度しか経っていないが、新生か何かだろうか。
「ああ。この方こそ、『霊級魔師』、アミラ様だ」
「アミラじゃ」
自分の名前を一言だけ発し、ものすごく不遜な態度でオレたちを見下ろす。
いや、長が同じぐらいなので見下ろせてはいないが、見下されているじがすごい。
しかし、霊級魔師だと?
こんなが……?
いや、ここはファンタジー世界だ。
見た目の年齢と中の年齢が一致しているとは限らない。
霊級魔師ということは、神級の次に強力な魔を行使できるということに他ならない。
それがどれほどのものなのか、想像もつかないというのが正直なところだ。
「安心するといい。ワシが用がある生徒はほとんどいない。そなたとそなたと……まあ、そなたも許容範囲か」
そう言ってアミラ様が目で示したのは、オレとロード、最後にクレアだ。
オレたちには用があるのか。
この人あんまり格よくなさそうだから、できれば何事もなく帰ってくれたほうがありがたいのだが。
「それにしても……」
オレのほうを見據えるアミラ様が、嘆の息をらした。
「そなたはとても霊にされているな。將來は、ワシを超える魔師になるやもしれぬ」
「まさか……それほどなのですか?」
ウルゾフ先生が驚きの聲を上げる。
「ああ。ワシも將來が楽しみじゃ。とにかく、ラルフ・ガベルブック、ロード・オールノート、クレア・ディムールの三人は、ワシが直々に魔の稽古をつけてやろう」
えっ、マジかよ。あんまり嬉しくないな。
お前らは何か言うことはないのか、と隣にいるロードとクレアを見るが、二人は目をキラキラさせてアミラ様のことを見ている。ダメだこりゃ。
「さて、ではさっそく……」
「――――アミラ様!」
「……なんじゃ、騒々しい」
校舎のほうから、職員らしきの人が走ってきた。
聲が切迫している。
ただ事ではない雰囲気だ。
「落ち著いて話してくれ。何があった?」
ウルゾフ先生も、を落ち著かせようと話しかけている。
生徒たちも、その異様な雰囲気に飲み込まれて不安げな表を浮かべていた。
嫌な予がする。
そして厄介なことに、オレの予はよく當たるのだ。
數秒後。
れた息を整えたが、その場にいる全員に聴こえるほど大きな聲でんだ。
「王城が、『憤怒』を名乗るに襲撃されました!」
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