「カタリナちゃん、おやつ食べる？」

「あっ、いただきます！」

ヘレナが差し出したお菓子を小さな両手で大事そうにけ取り、口へと運ぶカタリナ。

「っ！　すごくおいしいです、これ！」

「そう。気にってもらえてよかったわ」

ヘレナは穏やかな表を浮かべながら、味しそうにお菓子を頬張るカタリナのことを見守っている。

まるで本の親子のような景に、心が溫かくなった。

「はい。ラルもどうぞ」

「……いただきます」

ちょっと寂しい思いをしていたのが見抜かれていたようだ。

素直に、ヘレナが差し出してきたお菓子をけ取る。

小麥の小さなお菓子で、見た目はクッキーっぽい。

口にれると、控えめな甘さとカリッとした食が口の中に広がった。

あ、味しいなこれ。

というか、まんまクッキーだなこれ。

「味しいです、母様！」

「うふふ。ありがとう。作ってきた甲斐があったわー」

ヘレナはそう言って笑いながら、オレの頭をでる。

相変わらず安心するだった。

ちなみにヘレナのエンジェルウィングは、馬車のスペースを圧迫するため今は出ていない。

……あれが出しれ自由というのはものすごい意外だった。

「ラルフ様、ご気分のほうは大丈夫ですか？」

「うん、大丈夫。ありがとうミーシャ」

ミーシャがオレの調を気にかけて聲をかけてくれた。

でも、オレはこれぐらいどうってことない。

むしろ、オレはカタリナやヘレナが心配だった。

長時間の馬車の移は、自分の思っている以上に力を奪われていくものだからな。

「はい。ミーシャもどうぞ」

ヘレナは微笑みながら、ミーシャにもクッキーを差し出す。

「えっ？　わ、私はいいですよ。せっかく奧様がお作りになられたのですから、ラルフ様とカタリナが食べてください」

「ミーシャさまも食べてみたらいいと思います！　とってもおいしいですよ！」

カタリナはミーシャと仲がいい。

オレと一緒に王都の家に行くまではミーシャにも々と教えてもらってたみたいだし、師匠と弟子のような関係なのだろう。

「そ、それじゃあ一つだけ……」

ミーシャはおそるおそるといった様子でクッキーをけ取り、口へと運ぶ。

「っ！　これは味しいですね……」

「うふふ。ありがとうミーシャ」

し驚いた表を浮かべたミーシャを見て、ヘレナも嬉しそうだ。

「っと、そろそろ到著しそうですね」

ミーシャが窓の外の風景を見て、息をらす。

いま馬車をっているのは二人のメイドだ。

メイド長であるミーシャと、三人で代ごうたいで馬車の運転を行っていた。

ミーシャにならってオレも馬車の窓から外を覗く。

「おおお……」

辺り一面に、のどかな田園風景が広がっていた。遠くの方には川が流れているのも見える。

予想以上にしい土地だ。期待にが膨らむ。

「わたしもここに來るのは初めてだから、どんなところなのか楽しみだわ」

ヘレナは目を細め、これから見る景を心待ちにしているようだ。

しかし、カタリナはケモミミだし、ヘレナはが灰っぽいから、こういう田舎で偏見の目で見られたりしないだろうか。

し心配だ。

そんなことを考えていると、農作業をしている第一村人を発見した。

馬車の窓からを乗り出して満面の笑みで手を振ると、第一村人さんのほうも、微笑ましいものを見る目でこちらに手を振り返してくれた。

やったぜ。

「ラルさま、何してるんです？」

「……ちょっと一回やってみたかっただけなんだ。気にしないでくれ」

「はあ……？　わかりました」

カタリナは不思議そうな表で小首を傾げている。

い、いいじゃないか別に。

こんな田舎なところ、前世でも行った記憶がなかったから、ちょっとテンション上がっちゃったんだよ。察してくれよ。

――というわけで、やってきました我が領地。

アミラ様からの、いや、正確に言うとフレイズからの提案をけて、夏休みを使って一度ヴァルター陛下から賜った自分の領地がどんなところなのか見に來てみた次第だ。

ちなみに、フレイズはガベルブック領で何やらゴタゴタが起こったらしく、今回は參加を辭退した。

まあ、仕方無いだろう。

領はそれなりに整備されており、生活レベルはそこまで低くないであろうことが伺える。

領にってからしばらくして、オレたちを乗せた馬車は村長の家へ到著した。

「ようこそいらっしゃいました、ガベルブック様。それにお連れの方々も。どうぞおりください」

オレたちが今日ここに來る旨はあらかじめ伝えてあったので、特に何事もなく家の中に通される。

村長の家は二階建てでそこそこ広く、オレたち全員が余裕でることができた。

「どうぞ、こちらです」

そこから応接室のような部屋に通されたオレたちは、村長からこの村に滯在する上での軽い案をけた。

「宿泊は前代の領主が使っていた館があるので、そちらを利用されるのがよろしいかと。長期間の滯在でも問題のないようにこちらで掃除もしておきましたので」

「ありがとうございます。使わせていただきます」

基本的に、村長に応対するのはオレだけだ。

ヘレナもミーシャも、オレと村長が話をしているのをただ見守っていた。

一通り話を聞き終わると、村長の家を後にした。

「それでは、館のほうにご案いたしましょう」

「お願いします」

村長の提案に、オレは同意する。

館までは村長もついてきてくれるようだ。

前の領主が使っていたという館は、村のはずれのほうにあるらしい。

今回の滯在は、およそ１ヶ月ほどを予定している。荷もたくさんあることだし、先に館に向かった方がいいだろう。

「ねぇ、ラルくん」

「……なんだ、いたのかキアラ」

今日はものすごく影が薄かったキアラが、し眉を寄せながら浮いていた。

周りにヘレナたちもいるため、小聲で応対する。

にしても、こんなところで話しかけてくるということは、何か急の用事でもあるのだろうか。

「この村、なんか変なじがしない？」

「変なじ？　どういうことだ？」

「漠然とした覚なんだけど……この村、なんか普通じゃないじがするんだよね。ラルくんは何もじない？」

「いや、特には……」

せいぜい、いい景の村だなあと思った程度で、特に何か異質な気配をじたりすることはなかった。

「そっか。それならきっと、私の気のせいだね」

「どうだろうな。まあ、気には留めておくよ」

キアラが違和をじたというのなら、それは信用に足る。

警戒しておくに越したことはない。

「……ん？」

なにやら、遠くの方から怒號のような聲が聞こえてきた。

「何でしょう。騒がしいですね」

村長は困したような表を浮かべている。

どうやら、村長も聲の原因がよくわかっていないようだ。

遠くの方で、村人たちが走っているのが目にった。

……遠すぎてよく見えない。

あ、そうだ。

「霊アルテミスたち、頼む」

霊たちにお願いして、即席のレンズを作ってもらった。

漠然としたイメージしかなかったが、なんとかうまくいったようだ。

固定するのも面倒だったので、オレの目線ぐらいの高さで空中に浮いているようなじになっている。

「ラルさま、それは……？」

カタリナが不思議そうな表で尋ねてきたので、カタリナにもレンズ越しの風景を見せてやる。

「わぁ！　遠くの方のものがよく見えますね！」

「だろ？」

「……ラルはホントに、そういう妙なものを作るのが得意よね」

「これはまた不思議な……どうやって作られておるのやら……」

「あはは……」

ヘレナと村長の言葉に苦笑いする。

まあ、前世の知識に基づいて作ってるからな。こっちの世界の人間が見れば、よくわからないものに見えても仕方ないだろう。

カタリナは、しばらくはしゃぎながらレンズ越しの風景を眺めていた。

だが、突然その表を曇らせて、

「あれは、なんでしょう。とても大きながいますね」

「なに？」

カタリナに返してもらうのもアレだったので、もう一個レンズを作ってカタリナが眺めているほうを見る。

「ホントだ。なんだ、あれ？」

目を凝らすと、その姿を視認することができた。

全が黒ずんだかなり巨大な豬が、堂々とした様子で農作を食い荒らしている。

家畜かな？

「村長さん、何か大きな豬のようながいますが、あれは家畜か何かですか？」

「なんですって？　ちょっと私にも見せてください」

そう頼まれたので、村長にもレンズを作ってあげた。

最初は戸っていたが、使い方を把握するとその戸いもなくなったようだ。

「そんな……なぜ黒豬ダークボアーがこんなところに！？」

信じられないものを見た、とでも言うような顔で村長がぶ。

村長の表から鑑みるに、どうやら家畜ではないようだ。

そりゃそうか。

家畜に、収穫前の農作を食べさせる奴がどこにいるというのか。

「あれは何です？」

「あれは『黒豬ダークボアー』という魔ですね。ここの連中が猟に出た時には、あいつの突進のせいで何度か犠牲になっておりまして。しかし、壁を乗り越えて居住區域にまで侵してくる魔ではないのです。なぜこんなところにいるのか……」

忌々しげにそうらす村長。その嫌そうな表から鑑みるに、よほどあの魔に困らされてきたのだろう。

「とにかく、村の男衆を呼んできます。ガベルブック様方も、迅速に避難していただきたい」

「ああ、その必要はありませんよ村長さん。あれは私がなんとかしますから」

「は？　いや、しかし……」

「大丈夫です。萬が一にも私が怪我や死亡したときのことを考えているのかもしれませんが、あんな豬に殺されるほどヤワじゃありません」

見たところただの馬鹿でかいだけの豬だし、あれが牙獣よりも強い、ということはないだろう。

ふと気になったことがあったので、村長さんに聞いてみた。

「あいつのって食えます？」

「え？　ああ、食べられますよ。殺すのが難しい代わりに、なかなか味しいですね」

「じゃあ今夜は豬の焼パーティーにしましょう」

とりあえず困っているようなので、さっさと駆除することにした。

「よっ、と」

黒豬ダークボアーのいるところを目指して、オレは走り出した。

風霊の力を借りて、超速度での加速に功する。

走るというよりは、かなり間隔を開けてスキップしているようなじだが、まあ細かいことはいいか。

このペースだと、黒豬ダークボアーと接するのに十秒もかからない。

「ある程度接近しないと『風の刃ウィンド・カッター』も使えないからな……」

『風の刃ウィンド・カッター』は、放つ方向を定めることはできるが、放った後にコントロールすることはできない。

つまり、あまりに離れすぎた敵を叩くのには不向きなのだ。

「――！！」

走り出してすぐに、黒豬ダークボアーがこちらの接近に気が付いた。

さて。

豬さんには、新しい霊の実験臺になってもらうか。

「――『空の刃エアー・カッター』」

そう呟き、不可視の刃を黒豬ダークボアーめがけて放つ。

「――！」

危機を察知したらしい黒豬ダークボアーは、を大きく橫にずらすことで攻撃を回避した。

「へぇ……」

標的まである程度距離があったとはいえ、初撃を回避されるとは思わなかった。

案外やるな。

「――！！」

黒豬ダークボアーはもう危険がないと判斷したのか、こちらにめがけて猛突進してきた。

近くで見るとすごい迫力だ。長四メートルは下らないだろう。

だがもちろん、そのまま突進などさせるわけがない。

「戻れ、『空の刃エアー・カッター』」

オレがそう呟くと、黒豬ダークボアーの後ろで停止していた『風の刃ウィンド・カッター』が、標的めがけて再びき出す。

「――！？」

まさか、一度避けた攻撃が後ろからもう一度來るとは思わなかったのだろう。

黒豬ダークボアーは、『風の刃ウィンド・カッター』の一撃を後ろ足にモロにけた。

後ろ足を切斷された黒豬ダークボアーの悲痛なび聲が木霊する。

そのままにしておくのも可哀想なので、もう一発首に『空の刃エアー・カッター』を放ち、トドメを刺した。

首の切斷面から盛大にを噴き出し、黒豬ダークボアーのきが完全に止まると、オレは息をついた。

「よし。実戦でも十分使えそうだな」

――『空の刃エアー・カッター』。

風霊たちに頼んで作ってもらった『風の刃ウィンド・カッター』を、こちらの意思で作できるように改良した。

風霊とな連攜がとれるからこそせる技だ。

予備作がないため事前に対処できず、目に見えないため軌道がわからず、初撃を避けられたとしても自分で刃をコントロールでき、何かに當たるまで消滅しないという鬼畜仕様だ。

並の魔や魔獣なら、これで十分だろう。

……しかし、魔と霊の便利さを追求しすぎて、最近武のほうがおろそかになっているじがある。

あまりないが、魔や霊を使えない場所というのはこの世界に存在する。

そういう場所に行ったときにも対処できるようにしておかなければ。

そんなことを考えていると、黒豬ダークボアーが死んでいることを確認した村人たちが、ぞろぞろと集まってきた。

村人たちはこそこそと何やら話していたが、やがて一人のおばさんが前に出てきて、

「……これ、あんたがやったのかい？」

「ええ、そうですよ。あ、どなたか手が空いている方がいらっしゃったら、解を手伝っていただきたいのですが。や皮は山分けしましょう」

「あ、ああ」

オレが手伝いを頼むと、村人たちはぞろぞろとき出してくれた。

あ、そういえばナイフ持ってないな。

言ったら貸してくれるかな。

「……何者なんだい、あんた？」

「ああ、申し遅れましたね。私は二年ほど前にこのダーマントル地方の領主になりました、ラルフ・ガベルブックと申します」

「りょ、領主さまだったのですか！？　こ、これはとんだ無禮を！」

かなり驚かれた。

そりゃそうか。言ってなかったしな。

というか、こんなちっこい子供が領主だなんて夢にも思うまい。

「別に大丈夫ですよ。それよりも、解用のナイフを貸していただけませんか？　どうやら忘れてしまったようで」

「あっ、はい！　すぐにお持ちしますね！」

オレの頼みを聞いてくれたおばさんは、急いでどこかへ向かった。

ナイフを取りに行ってくれたのだろう。

「領主さま、本當にありがとうございます。先ほどこいつを見たときは、どうしようかと思っておりましたので……」

「いえいえ、困ったときはお互いさまですよ」

オレもここの人達から稅金をかなり貰ってるわけだし、うん。お互い様だ。

そんなことを言って豬を解しながら、オレは村人たちと親睦を深めたのだった。