《》第25話 村長の依頼
大量の豬を手にれたオレは、夜に焼パーティーを開くことにした。
前の領主が住んでいた館に中庭があったので、そこでこんがり焼いて食べるじだ。
ちなみに焼くのはオレとメイドたちが代ごうたいで行っている。
もちろん、できるだけ村人たちに來てもらえるように盛大に告知はしてきた。
一応豬を解したときに、一部の村人たちとは親睦を深められたと思っているが、もうし話がしたい。
さすがに皆忙しいだろうから來ないかな、と思っていたが、けっこうな數の村人たちが來てくれている。
予想以上の盛況っぷりだ。
「いやー、それにしてもさすがですね。あの黒豬ダークボアーを一瞬で仕留めてみせるとは」
焼き上がった豬を頬張りながら、村長がオレをおだてる。
かなり上機嫌な様子だ。
「魔師にとってはそこまで強力な魔というわけでもありませんからね。あ、その取っていただけます?」
「ああ、どうぞどうぞ」
村長から皿に豬をけ取り、塩とコショウをかけて口に運ぶ。
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ジューシーな歯ごたえと共に、濃厚なが口に広がった。
「なかなか味しいですね」
思っていたより臭みもない。なかなかのだ。
「味しいですね、ラルさま!」
「うん。うまいうまい」
カタリナが満面の笑みを浮かべながら焼を頬張っている。
幸せそうなその表に、思わず顔がほころんだ。
本當は焼のタレがあったらよかったんだが、さすがにこの世界にそんなものはない。
暇ができたら、食品の開発にも力をれるべきかもしれないな。
前世の食べがししい。
「……ガベルブック様」
そんなことを考えていると、深刻そうな表をした村長に話しかけられた。
そこに真剣なものをじ取ったオレは、を食べる手を止め、村長のほうを向く。
「折りって、お願いがございます」
「お聞きしましょう」
村長は居住まいを正し、その口を開いた。
「最近、このダーマントル地方の魔が活発化しておりまして。黒豬ダークボアーはもちろんですが、他の魔たちもその數を増やしております。なので、もし可能であれば、討伐隊の派遣をお願いしたく思うのですが……」
なるほど。
たしかに、あの馬鹿でかい豬をただの人間が狩るのは至難の業だ。
それに他の魔も増えているとなると、この村の人間だけでは手がつけられないだろう。
「どこかで魔が増しているのでしょうかね?」
「おそらくは。この近くに『霧の森』と呼ばれる森林地帯がありまして、そこで魔が増している疑いが強いのです」
「原因はわからないのですか?」
「今のところはまだなんとも……ただ、長年の経験から言わせていただきますと、森がざわついているじはしますな」
「ふむ……」
『霧の森』、という名前はオレも聞いたことがある。
何かの本で読んだんだったか。
たしか、森全が深い霧で覆われており、その最深部にはしい泉が存在しているという場所だ。
ただ、特に生息している魔の危険度が高いとかそういう記述は記憶にないので、大したものは出てこないだろう。
「わかりました。私が明日、その『霧の森』に行ってみます。魔の討伐も近日中に私が行いましょう」
オレがそう言うと、村長は驚いた顔で、
「領主様が直々に行かれるのですか?」
「討伐隊を派遣するとなるとどうしてもお金がかかりますからね。村長さんのご期待に添えず悪いですが、私が一人で見てきますよ」
「期待に添えないだなんて、そんなことはありません!」
村長が急に大きな聲を出すので、びっくりしてしまった。
「あなた様は素晴らしい人格者だ。とても七歳そこらの年とは思えません」
「そ、それはどうも」
村長さんの熱弁に、オレはし引いた。
まあ悪印象を持たれているよりよっぽどいいんだけどね。
「あ、領主さま! ささ、こちらへどうぞ」
「あっ、はい」
オレは村のおばちゃん連中に捕まった。
長い長い夜の始まりだった。
こうして、夜は更けていった。
翌日。
一人で『霧の森』に魔を狩りに行く、とみんなの前で言ったら、ものすごく反対された。
しかし今更やめるわけにもいかない。
何とか説得には功したものの、今度はヘレナが涙目になっていた。
「本當に気をつけてねラル。萬が一のことがあったら、私、立ち直れないわ……」
「大丈夫ですよ母様。必ず無事に戻ってきますから」
まあ、萬が一のことなんてそうそうないと思うが、母親としては息子が明らかな危険地域に足を運ぶのは心配なのだろう。
罪悪に押しつぶされそうになるが、ここでやめてしまったらすべてが水の泡だ。
涙を呑んで我慢してもらうことにする。
「奧様の心配はわかりますが、ラルフ様もこう仰っていることですし、信じて待ちましょう?」
「……そうね、そうよね。絶対無事に戻ってきてね、ラル」
「はい!」
渋々ながらも、ヘレナは納得してくれたようだ。
そのことにホッとをなで下ろしていると、背後から何かに服を摑まれた。
「……ラルさま」
「うっ……」
案の定、といったところか。
ヘレナの説得に功したと思ったら、今度はケモミミロリが瞳を潤ませていた。
狐耳は元気なく垂れ下がり、尾も心なしか元気がないように見える。
「ほ、ホントに行っちゃうんですか……?」
「う、うん。できるだけ早く帰ってくるようにするから」
オレが頭をでても、カタリナの表は優れない。
「何日ぐらい出かけるんですか?」
「あー。長かったら三日ぐらいにはなるかなぁ」
「ううっ、長いですよぉ……」
もう半泣きだ。
そこまでオレのことを想ってくれているのかカタリナ。
の子を泣かせといてこんなを抱くのはひどい奴だとは思うが、すごく嬉しい。
「ぜったい、ぜーったい、無事に帰ってきてくださいねっ!」
「うん。ごめんなカタリナ。心配かけて」
「べっ、別に心配してるわけじゃ……」
そう言って、カタリナは僅かに俯く。
ここに來てまさかのツンデレか。
「……し、心配なので早く帰ってくるようにしてください。晩ご飯も作って待ってますから」
「うん。ありがとうカタリナ」
「そ、それでは、いってらっしゃいませ。ラルさま」
「うん。いってきます、カタリナ」
耳まで真っ赤にしてオレに頭を下げるカタリナが、とてもおしく思える。
あまり寂しがらせちゃいけないな。
今日のところは早めに帰るか。
「いってらっしゃいラル。気をつけてね」
「いってらっしゃいませ。ラルフ様」
「いってきます!」
いってらっしゃいの挨拶をするヘレナとミーシャに返事してから、オレは館を後にした。
館の玄関を出たところで立ち止まる。
一人で館を出てきたと言ったが、もちろん噓だ。
オレの後ろを、まるで金魚のフンのようについて回るキアラがいるからな。
「さて。キアラよ。聞きたいことがあるのだが」
「なんだい、ラルくん。私に答えられることなら何でも答えてあげよう」
芝居がかった言い方で話しかけたら、芝居がかった言い方で返された。
ちょっと気持ち悪い。
「キアラの言ってた異様な気配ってのは、『霧の森』のほうからじたものだったのか?」
「いや、この辺り全だね。『霧の森』からは清純な気配と邪悪な気配、両方をじるけど、そこまで強力な魔はいないと思うよ?」
「うーん、そうか」
じゃあホントに、キアラがじている変な気配の正は何なのだろうか。
いま考えても答えは出ない気がするな。
「んじゃまあ、とりあえず『霧の森』の調査に行くとしますかね。キアラも一緒に來るだろ?」
「もちろん行くよ。ラルくん一人じゃ心配だしね」
「……『憤怒』のときは一人で行かせたクセに」
「あの時のことはごめんって。まだ怒ってるの?」
「いや、怒ってはないけど……あー、まあいいや。この話は終わりっ! さっさと行こうぜ」
キアラからの返事はない。
そのことに微妙な違和を覚えた。
「……キアラ?」
だから、キアラの姿を確認するために振り返ってしまった。
それが間違いだった。
「……ラルさま」
カタリナが、玄関先に立っていた。
ちょうど、ついさっきまでキアラがいた位置だ。
「……カタリナ? どうした? 何かあったのか?」
様子がしおかしい。
いつもはし垂れている狐の耳が、今はまるで何かを警戒しているかのようにピン、と立っている。
「やっぱり」
カタリナはそう呟くと、何かを確信しているような様子で、オレのところまで歩いてきた。
そして、オレの周りを見回して、一言。
「ラルさま。そこに誰かいますよね?」
「――――」
一瞬、思考が停止した。
すぐに、キアラのことだと察する。
「な、何のことだ? オレが、ひとりごとの多い人間だってのはカタリナもよく知ってるだろ?」
「誤魔化さないでください」
「……」
カタリナの聲には、有無を言わさぬ迫力があった。
とても、何の力も持たない、無力なとは思えない迫力が。
「最初は、気のせいかと思いました」
ポツリと、カタリナが呟くように言葉を紡ぐ。
「でも、カタリナがラルさまのところに來た時からずっと、ラルさまが誰もいないはずの部屋で人と話しているような聲が何回も聞こえてきて……カタリナは、ラルさまが何か悪い病気なのかと疑っていましたが……やっぱり違う。たしかに、その人はいるんですね」
カタリナは一人納得したような表を浮かべながら、オレに尋ねた。
「――ラルさまが誰もいないところで話してる『キアラ』っていう人、いったい誰なんですか?」
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