《》第26話 解かれた

カタリナの確信を持った疑問をけて、オレはかつてないほどの焦燥じていた。

――どうする。

カタリナは賢いだ。

おそらくオレがキアラのことを本気で隠そうとすれば、カタリナはそれを察して、もう二度とこの件については追求してこないだろう。

それだけじゃない。

キアラのことを話すとなると、オレが転生者であるというにまで踏み込んで話さなければならなくなる。

キアラのことと、オレのは切っても切れないものだからだ。

その存在を隠し通してほしいというキアラとの約束は、まだ守り通している。話そうと思ったこともなかった。

それにオレ自のことを考えれば、ここは隠し通すのが最善の策だ。

「……それは」

でも、本當にそれでいいのか。

キアラとの約束を守って、彼の存在を隠し通すということはつまり、カタリナに噓をつくということだ。

ここは、大きな分岐點のような気がする。

ここでカタリナに噓をつくことがどんな意味を持つのか、しっかりと考えるべきだ。

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カタリナはオレのことを信頼している。

ある程度の親を持たれているという自覚がある。

どんなことがあっても、カタリナがオレを裏切ることはないだろう。

……なくとも、今の段階では。

でも、オレのほうはどうだろうか。

カタリナのことを、心の底から信頼しているのだろうか。

もちろん、信頼していないわけではない。

でもオレは、カタリナのことを小さな子供のように思っているのではないか。

オレとは遠く離れた年齢の、小さな子供だと。

自分のを話すには値しない、小さな子供だと。

かぶりを振って、目の前に立っているカタリナを見る。

「……ラルさま。何とか言ってください」

毅然とした表を浮かべているように見えるが、そのは小さく震えていた。

やはり、カタリナも不安なのだ。

――話すべきなんじゃないか。

そんな考えが脳裏を過ぎった。

カタリナの信頼に、今こそ応えるべきなんじゃないか。

この先、オレたちの関係がどうなるのかはわからない。

わからないが、ここでカタリナにキアラのことや、オレが転生者であることを話さないのは悪手に思えてならなかった。

「……わかった。カタリナには話すよ」

結局、そう答えた。

これが正解かどうかなんてわからない。

でも今のオレは、これが正解だと思った。

「――!」

カタリナの尾がピン、と立った。

心なしか、カタリナの表が和らいだような気がする。

「けど、ここはちょっとまずい。誰かに聞かれるかもしれないからな。館の裏の方に行こう」

「わ、わかりました」

い表になっているオレに、トコトコとついて來るカタリナ。

オレは頭の中で話すことを整理しながら、館の裏へと向かった。

やがて館の裏にたどり著くと、オレは大きく息を吐いた。

「えっと。まず何から話そうかな……」

「そうだね。まずは、ラルくんが転生者ってところから話さないとダメだろうね」

「……キアラ」

いつから、そこにいたのだろうか。

キアラがオレの斜め前に浮いていた。

「ん? どうしたの、ラルくん」

キアラは僅かに口元を歪めながら、オレとカタリナを眺めている。

今からオレが、カタリナにキアラのことを話そうとしているというのに、あまり機嫌が悪いようには見えない。

「その……悪い。約束破ることになっちゃって」

「ううん、いいよ。ラルくんが決めたことだもん。それに、時間の問題だと思ってたしね」

「時間の問題?」

「うん。どっちにしろ、ラルくんが私のことを永遠に隠し通すのは無理があるって、わかってたから」

なんでもないことのようにキアラは言う。

それが本心からの言葉なのか、オレに負擔をかけさせまいという気遣いからの言葉なのか判斷はつかなかった。

だが、キアラがそう言ってくれるなら、オレが躊躇する理由はない。

「……これも、運命なのかもね」

キアラが何やら意味深な言葉を発している。

いや、カタリナに本當のことを話すかどうかはけっこう悩んだからな?

そこのところは後で突っ込んでおくか。

「じゃあ、カタリナ。まず何を聞きたい?」

オレがそう尋ねると、カタリナはオレの顔を真っ直ぐ見據えて、

「ラルさまがいつも言ってる、『キアラ』というのが誰なのか知りたいです」

まあ、そうなるよな。

そもそも、カタリナはそれを聞きにここまで來たのだから。

「そんなにキアラのこと名前で呼んでたかなぁ、オレ」

「めちゃくちゃ呼んでましたよ。あれだけ何度も名前を呼んでいたら、誰だって不思議に思いますよ……」

あれ。そんなにか。

一応注意はしているつもりだったんだが……まあ仕方ない。

「キアラっていうのは、いつもオレの後ろをついて回ってる幽霊の名前なんだ」

「……ほんとに幽霊だったんですね」

カタリナはそれなりに驚いたようだったが、逆に言えばそれだけだった。

幽霊ではないか、と予想はしていたということか。

「そのキアラさんは、ラルさまのそばには、いつからいらっしゃるんですか?」

「えっと。生まれたときからだな」

「生まれたときから!?」

この答えは予想外だったようで、カタリナもかなりびっくりしていた。

「ちょっと待ってください。ラルさまは、生まれたときからの記憶があるんですか?」

「ああ。実は、オレは転生者でな。前世の知識をある程度引き継いでいるんだ」

カタリナが小首を傾げる。

あまり理解できていないようだ。

「あー、つまりオレはこことは違う世界で、一度ほかの人間として人生を歩んだ後、二度目の人生をラルフ・ガベルブックとして生きている、ってことなんだけど……」

カタリナが理解できていない様子だったので、補足説明をした。

やはり、こちらの世界では転生者という言葉はメジャーではないのだろう。

「なるほどです。だいたいわかりました!」

カタリナは笑顔を浮かべながら頷いた。

どうやら、本當にオレが言った容を理解できているらしい。

「ラルさまはやっぱりすごい方だったんですね! 他の世界から來た方だったなんて……。それに、キアラさんともいつかお話してみたいです」

そんなことを言って、あさっての方向を眺めているカタリナ。

殘念ながら、そっちにキアラはいないぞ。

というか、

「……カタリナは、気にならないのか?」

気づいたら、そんな言葉を口にしていた。

「え? 何がですか?」

カタリナは、俺の言っていることの意味がわからないようで、可らしく首を傾げている。

その無邪気な表を浮かべているに向かって、オレは尋ねた。

「前世の記憶があるってのは、その……気持ち悪くないか?」

オレが転生者であることを、本當に何とも思っていなさそうなカタリナに向かって、そう問いかけずにはいられなかった。

――ああ、そうか。

今になって、オレはようやく気づいた。

オレは、カタリナに嫌われるのが怖かったんだ。

この世界では異質な人間であるというを明かして、それが原因でカタリナに嫌われたり、避けられたりするようになるのが怖かった。

だから、を話すことをここまで拒んできたんだ。

何と言うことはない。

キアラとの約束がどうだのと言っておいて、本當のところはオレが臆病だっただけなのだ。

カタリナに嫌われるのは、嫌だった。

誰かに嫌われるのは悲しいものだ。

それが特に、親しい人からのものであるなら、なおさら。

だが、そんなオレの不安は、

「気持ち悪い……? 前世の記憶があるのは才能の一つだと思いますよ?」

カタリナの溫かい言葉によって、否定された。

「前世の記憶があるからなんだっていうんですか。ラルさまはラルさまなんですから、そんなこと気にする必要なんてどこにもありません!」

カタリナは、オレが何を言っているのかわからない、とでも言うような様子で、オレの言葉を否定し続ける。

「でも、オレは……」

「……もしかしてラルさま、カタリナに嫌われるのが怖かったんですか?」

「――っ!」

図星だった。

図星過ぎて言葉に詰まった。

カタリナが、ゆっくりとオレのほうへと歩いてくる。

そして、正面からオレのことを包むように抱きしめた。

「カタリナが、ラルさまを嫌いになるわけないです。ぜったいにぜったいに、嫌いになんてなりません」

カタリナの抱擁は、溫かかった。

それは、ヘレナの抱擁にとてもよく似ている。

抱きしめた相手を、とても大切に思っている人間だけができる抱きしめ方だった。

同い年、下手をすれば的にもオレよりに抱きしめられ、められている。

改めて見るとものすごく恥ずかしいが、カタリナの腕の中はとても心地いい。

「大丈夫ですよ。カタリナは、ずっとずっと、ラルさまのお側にいますから」

顔を近づけて、そう囁くカタリナ。

心の奧底から溢れ出すがこらえきれなくなり、オレもカタリナを抱きしめた。

れ合う部分が熱い。

カタリナから香るどこか甘酸っぱいような匂いに、頭がぼーっとしてくる。

「……ありがとう、カタリナ」

「えへへ。どういたしまして!」

カタリナが笑う。

オレも釣られて笑ってしまった。

そうだ。

何も不安に思うことはなかったのだ。

オレはカタリナにされていた。

自信を持っていいんだ。

……しかし、カタリナよ。

君は本當に七歳か?

あまりにもしっかりしすぎじゃないか?

ミーシャはお前にどれほど高度な教育をしたんだ。

「ラルさま……」

カタリナがオレを抱きしめたまま、熱っぽい視線をオレに向ける。

その瞳は潤み、頬は赤く染まっていた。

どう見ても興している。

「カタリナ……」

オレはり心地のいいカタリナの栗の髪をでながら、その顔をカタリナの顔に近づけて――、

「ねぇ二人とも! 私のこと完全に忘れてない!?」

「おわっ!?」

「ひゃっ!?」

その聲のせいでおいてけぼりな幽霊の存在を思い出し、オレとカタリナはお互いに顔を真っ赤にしながら離れたのだった。

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