翌日。

カタリナとのお出かけを終え、オレはキアラと一緒に『霧の森』の調査を行っていた。

今日は昨日の調査とは違い、かなり奧の方にまで行ってみるつもりだ。

最悪、數日の間、館には戻らないかもしれないとヘレナたちには伝えておいた。

ヘレナとミーシャは昨日の時點で納得していたので、気を付けてほしいと言われたくらいで特に問題にはならなかった。

カタリナも寂しそうな顔はしていたが、最後には笑顔で見送ってくれた。

昨日のお出かけが効いたのだろう。

そんなわけで、『霧の森』の調査に當たっているわけだが――、

「どうやら、昨日の地點が魔が現れるか現れないかの境界だったみたいだな」

「そうだね。この數はちょっと異常だよ」

昨日、川があった地點を通り過ぎると、出るわでるわ、魔が大量に現れた。

一昨日見た黒豬ダークボアーや昨日見た黒熊ダークベアー。

さらに群れでくのが特徴の黒狼ダークウルフや、鳴き聲が耳障りな黒鳥ダークバードなど、よりどりみどりだ。

これは普通の人間がったらひとたまりもないだろう。

さらに、魔だけではなく霧まで出始める始末。

樹木が大量に生い茂っているせいか、のもまともに當たらず、暗くじめじめとした土地が続く。

道中に現れる大量の魔を全てなぎ倒しながら、『霧の森』の奧へと進んでいった。

ちなみに、黒豬ダークボアー以外の殺した魔は亜空間に回収していない。

草食の黒豬ダークボアーとは異なり、他の魔は人間を平気で食べ、そのもあまり味はよくない。

なので、殺した魔は基本的に使える素材だけを大雑把に剝ぎ取ってから焼いて埋めている。

「やっぱり、この『霧の森』のどこかで魔が湧いてやがるな……」

魔が湧く要因は、大きく分けて三つあるとされている。

一つ目は、大きな魔力溜まりができることだ。

どんな土地でも、ある程度の年月が経つと魔力が溜まってくる場所が発生する。これが魔力溜まりだ。

オレは、今回この地方で魔が増えている原因はこれではないかと考えている。

二つ目は、大きな災害が起きた直後だ。

というのも、災害のせいで多くの人たちが亡くなってしまった場合、それを大量の魔が食べに來る場合があるのだ。

多くの魔は人間のを喰らう。

そして繁して、その數を増やす。

しかしこれは、この辺りで大規模な災害が発生していないと條件を満たさない。

出かける前に村長に聞いてみたが、「そんなものはなかった」とのこと。

つまり、今回の原因がこれである可能は極めて低い。

そして三つ目が――、

「ラルくん！　見て！　あれ、泉じゃないかな？」

「ん？　どこだ？」

キアラが指さした先に目を凝らす。

霧でよく見えないが、たしかにらしきものが見える。

もうし足を進めてみると、

「お、ホントだ。ということは、気付かない間にけっこう奧まで來てたんだな」

目を凝らした先には、たしかに泉があった。

泉に近づくにつれて、どんどん霧は薄くなっていき、地面は土ではない何かい材質のものへと変化していく。

あまりにも神聖なその水は僅かに発しており、それが霧の向こうからでも視認できた原因だろう。

「ここが噂に聞く『聖なる泉』、か」

『聖なる泉』の特徴は、何と言ってもその特殊な形狀だ。

何で出來ているのかはわからないが、明らかに人口である四本の列柱が天に向かうようにび、中央の泉の周りには何かの印のようなものが彫り込んである。

誰が、何の目的で造ったのかは一切不明で、『聖なる泉』は舊世界の産である、というのが有力な説だ。

舊世界とは、今のこの世界が生まれる前に存在していたとされる世界である。

ごく希に、今の世界の常識では考えられないようなものが発掘されると、まことしやかに囁かれる噂話の一つだ。

とはいえ空想の域を出るものではなく、前世で言う宇宙人やUFOと同じような扱いをけている。

「なんかここ、落ち著くね」

「そうだな。霊と水霊たちも喜んでるみたいだ」

この場所の居心地がいいのか、霊たちと水霊たちが、ぴかぴかと発を繰り返している。

人間であるオレも、この泉からは清純な気配をじずにはいられない。

たしかにここは、神聖なる土地なのだ。

「まあでも、ここには魔とか出なさそうだよね。しばらくしたら、ほかの所を探してみよっか」

「ああ。そうしよう」

ここは魔が増している原因とは関係ないだろう。

そう考えたキアラの提案に同意する。

……しかし、不意にオレはきを止めた。

泉の中から、黒熊ダークベアーが姿を現したからだ。

「……ラルくん」

「わかってる」

水の中から現れた黒熊ダークベアーは、我が顔で泉の周りを歩いている。

神聖であるはずの泉から、なぜ魔が湧いて出てきたのか。

その景を見て、オレの中で一つの仮説が生まれた。

だが、今はそれよりも――、

「――！」

オレの存在に気付いた黒熊ダークベアーが、伏せるような姿勢でこちら目がけて突進してきた。

ちょうどいい。

それをけたらどの程度のダメージがるのか、実験してみるとするか。

そう思ったオレは、黒熊ダークベアーの突進をまともにける。

「……全然だな」

衝撃はほとんどなかった。

黒熊ダークベアーは、何が起こったのかわからない様子で、戸ったような顔をしている。

とにかく、これでわかった。

ここの魔は、オレの敵ではない。

もう十分なので、無詠唱の『巖弾ロックブリット』で黒熊ダークベアーの頭を吹き飛ばした。

頭を失った黒熊ダークベアーは、そのまま地面に崩れ落ちる。

黒熊ダークベアーの死を火屬魔で焼きながら、オレは一息ついた。

「ラルくん、お疲れ様ー」

「さっきまでのに比べたら、これぐらい大したことないよ。……それより」

「うん。わかってる」

やはり、キアラもオレと同じ考えらしい。

オレとキアラの目は、『聖なる泉』へと向いていた。

「オレが泉に潛って中を見てくる。キアラも一緒に來てくれ」

「うん。わかった」

幽霊がこんなに神聖な泉に潛っても大丈夫なのかと思ったが、キアラの反応を見る限り問題はなさそうだ。

泉の中に潛ろうとして、ふと気付いた。

このままだと服が濡れてしまう。

仕方ない、一回服をぐか。

「……ん？」

ふと、不穏な視線をじたような気がした。

後ろを振り向く。

「…………お前」

こちらをガン見しているキアラが、鼻を噴き出していた。

手で鼻を押さえてはいるが、口元から赤いがぽたぽたと垂れているところを見ると、あまり意味をしていないようだ。

「いや……なんでもないよ？　なんでも」

「お前はどこでも発するのか？　このエロ幽霊が」

「あっ、だめ！　今のだめ！　キュンときちゃうから！」

「ええー……」

ドン引きである。

アホ幽霊は放っておいて、一人で泉に潛る準備を進める。

服は亜空間に仕舞えばいい。気楽なものだ。

「……そういえば、オレ、こっちの世界に來てから一回も泳いだことないような」

前世でかなづちということもなかったので問題ないとは思うが、萬が一泳げなかったときのためにキアラにフォローをお願いしておこう。

そう思ってキアラのほうを見ると、

「あー、パンツ一丁のラルくんかわいいかわいいかわいいかわいいよぉぉおお……」

そこには、不気味な言葉を発して不気味に笑う変態が一人。

「……さて、行くか」

変態は見なかったことにして、オレ一人で先に進むことにした。

呼吸を整え、十分に息を吸ってから、オレは泉に潛った。

にれる冷たい水が心地よい。

幸い、泳げないということはなかった。

だが、泉の中は予想以上に広く、霊たちの案がなければ迷子になってしまいそうだ。

水霊たちにお願いして、オレの頭の周りだけは水中でも普通に空気を吸えるようにしてもらった。

オレの頭の周りだけ、シャボン玉のような大きな空気の玉に包まれているようなじだ。

これはできないかもしれないと考えていたが、なんとか上手くいってよかった。

泉の側全を照らすには量が足りていなかったので、霊たちにお願いして、より強いで泉の中を照らしてもらう。

さて、オレとキアラの予想が正しければ――、

「……やっぱりか」

泉の一部分に、のようなものがあった。

直徑五メートルほどで、十分に人間が通ることができる大きさだ。

オレは、の中にってみることにした。

十分に注意を払いながら、の中を進んでいく。

この辺りから、壁の材質が泉のものとは明らかに変わってきた。

茶っぽかった壁が、どんどん黒に近いになっていく。

やがての傾斜が緩やかになったかと思うと、終わりが見えてきた。

砂は黒っぽいが、まるで砂浜のようだ。

やがて、水の満ちたを抜けた。

ぺたぺたと足音を立てながら陸に上がり、火屬魔でを乾かす。

「…………」

そしてオレの視線の先には、まるで大きな口を開けているかのような薄暗い窟があった。

この土地の高さなら、ここまで水が浸水していなければおかしい。

明らかに理法則を無視した場所だ。

そして、それを可能にする場所の名前を、オレは知っていた。

間違いない。

ここは迷宮だ。