一歩ずつ、確実に迷宮の中を進んでいく。

迷宮は、この前見たときと全く同じ姿でオレたちを迎えていた。

「よし、分かれ道のところまで來れたな」

見覚えのある分かれ道まで來ると、オレは一度足を止めた。

さて、試してみるか。

「霊たち、下の方に繋がってるのはどっちの道かわかるか？」

オレがそう問いかけると、右のほうの道に霊たちが集まった。

そして自分たちの存在を主張するかのように、とりどりのの明滅を繰り返す。

なるほど。そっちか。

「霊ってほんとに便利だねぇ……」

キアラが七のを眺めながら、嘆の息をらしている。

うん。オレもそう思う。

というか、さすがに分かれ道の先が行き止まりになってるかどうかなんて、霊にはわからないと思っていた。

本當のところなどわかるはずもないが、霊たちにはオレたちに見えていないものがたくさん見えているのだろうな。

霊たちの意見に従い、右の道を進んでいく。

時折迷宮の奧から湧いてくる黒豬ダークボアーや黒熊ダークベアーを蹴散らしながら、どんどん奧へ。

使う魔は主に風屬と土屬の魔だ。

火屬魔を窟のような閉された空間で使うのは自殺行為だし、水屬魔は獣系の魔相手にはあまり効果がない。

屬魔と闇屬魔はあまり燃費が良くないし、無屬魔は今のところオレ自に強化する必要がないため使わない。

特に新しい種類の魔が出てくることもなかったので、苦戦することもなく。

「お、これか」

しばらく進むと、道が行き止まりになっていた。

しかし、ただ行き止まりになっているわけではない。

行き止まりになっている先の壁はきらきらと輝き、まるで鏡のようにオレの姿を反していた。

間違いない。

ここが第一階層の境界線だ。

「は緑だから……多分『山』か『森』か『草原』かな？」

境界線は、緑のを発している。

この境界線のので、この先にある地形がどのようなものなのか、ある程度予測することができるのだ。

「なくとも、った先が普通の土地じゃないっていうことはなさそうだね」

キアラの言葉通り、たしかにその心配は薄い。

緑なら、この先にある地形は『森』か『山』か『草原』である可能が高いからだ。

「でも、とりあえず何もないか確かめる」

オレは亜空間から一本の木の枝を取り出した。

それを真っ直ぐ、境界線へと突っ込む。

これで引き抜いた木の枝がどんな狀態だったかによって、オレたちの取るべき対応が変わるというわけだ。

ごく稀ではあるが、境界線を出た先が活火山のど真ん中だった、などという恐ろしいケースもあったらしいからな。

用心するに越したことはない。

というわけで、突き刺した木の枝を取り出してみたが、特に変わった様子はない。

「……とりあえず、普通の陸地みたいだな」

「そだね」

ひとまずの安全を確認したオレたちは、第一階層へと足を踏みれることにした。

「これは……すごいな」

オレは、思わず息を呑んだ。

そこにあるのは、ひとつの世界だった。

鳥たちが羽ばたき、空高く舞い上がっていくのが遠く見える。

木々が生い茂り、その間を兎らしきが駆けていった。

見たところ、地形は『森』だ。

「なんなんだここは。地下のはずなのに普通に太があるぞ」

空を見上げると、そこにはたしかにオレの見知った太があった。

前世の常識はともかく、この世界の常識でも説明が難しい景だ。

「迷宮の中は一種の異世界だからね。どんなことが起こってもおかしくないよ」

「にしても非常識すぎだろ……」

この世界には、まだまだオレの知らないことが沢山ある。

そう思わせられた。

広大な森の中を、キアラと一緒に進んでいく。

異常なほどの大きさの木が大量に生えている。新鮮な景だった。

さて、ここからが正念場だ。

ここが最下層ではないのは、辺りの様子からして明白だ。

ということはつまり、さらに下の階層へ繋がるり口を見つけなければならない。

……と思っていたのだが、試しに霊たちに最下層へと繋がるり口の場所を聞いてみたら、あっさりとそこまで案してくれた。

霊師、便利すぎる。

道中で何度か黒熊ダークベアーや黒豬ダークボアーに襲われたものの、今更脅威になるはずもない。

軽くあしらって先を目指した。

り口と同じような、緑のを発している壁をすり抜け、オレは先へと進む。

「……なんか、雰囲気が変わったな」

それは、鏡のような壁を通り抜けた瞬間からじた違和だった。

第一階層に到達するまで青緑のを発していた巖壁は、今は毒々しい黒紫のを発しており、地面には草一つ生えていない。

「そうだね。次は多分『森』じゃないよ」

キアラが何てことのないように言うが、それはつまり、この先では未知の魔が出てくる可能が高いということだ。

気を引き締めていかないとな。

そう思って足を進めていたのだが、一向に魔が現れる気配がない。

そうこうしているうちに、また階層との境界線に到達した。

今度のは暗い紫だ。

「暗い紫ということは、多分『沼地』か『砂漠』だね」

木の枝を境界線に突っ込みながら、キアラの言葉を咀嚼する。

『沼地』か『砂漠』か。

『沼地』は、闇屬の魔がよく出沒する地形だ。

アンデッド化した魔や人間……まあここは未発見の迷宮だろうから人間のアンデッドはいないか。

それと、沼地に潛むような危険な魔がいる可能が高い。

『砂漠』は、獨特の魔が多い地形だ。

巨大なアルマジロのような魔に、おおきなトカゲのような魔など、前世でも砂漠に生息していた生が巨大化したような姿のものが多いらしい。

「枝は……なんともないな」

境界線に突っ込んでいた木の枝を引き抜いたが、別段変わった様子はない。

さて、行くか。

った瞬間、わずかな息苦しさがあった。

じめじめとした空気に、隠しきれない悪臭。

汚泥が堆積した地から、何か泡のようなものが沸き上がっているのが視認できる。

空は分厚い灰の雲に覆われており、太のが差す気配は全くない。

間違いない。

ここは『沼地』だ。

「……なるほど。そういうことかよ」

そしてオレは、窟の中に魔がいなかった理由を理解した。

オレの目の前に、巨大なゴーレムがその行く手を阻むように佇んでいた。

おそらく、全長十メートルは下らないだろう。

全を何か灰っぽい金屬で包んでいる。その外皮は、簡単には破壊できそうにない。

黒熊ダークベアーや黒豬ダークボアーでも相當デカかったが、今オレの目の前にいる奴はそれよりもさらに巨大だった。

なるほど、どうりで窟に魔がいないわけだ。

あんなデカイの、窟の狹い通路にれるわけがない。

そんなデカブツが五、こちらを向いた。

赤く輝く両眼が、オレの姿を捉えたのだ。

幸いなことに、きはそこまで速くない。

走って逃げれば逃げられるほどの遅さだが……。

「敵に背中を向けて逃げるなんて、ありえないよ、な！」

真ん中のゴーレムめがけて、特大の『巖弾ロックブリット』を放つ。

しかし、『巖弾ロックブリット』が命中しても、ゴーレムはし後ろにのめった程度で、致命傷には至らない。

「チッ……ダメか」

単純な大きさだけじゃダメだ。

もっとく、鋭く、速く、回転させて、確実に當てる。

ここまで改良するとなると、もはや霊の領域だが、オレはそれをすることをいとわなかった。

「――『巖裂弾ロックキャノン』」

高音が辺りに響き、『巖裂弾ロックキャノン』が出される。

『巖裂弾ロックキャノン』はゴーレムの腹部に吸い込まれるように飛んでいき、

「――――！」

ゴーレムの外裝も中も巻き込んで発した。

近くにいたゴーレムたちも、その風に巻き込まれてきが止まる。

「よし、いけるな」

土霊だけではなく、火霊にもお願いして、著弾時に発するようにしてもらったのだ。

これならあのキチガイじみた裝甲も破壊できる。

「でも、思ったより燃費が悪い……」

消費魔力も、霊の消費量もし多めだ。

すぐに霊が切れるほどではないが、考えなしに連発するのは避けた方がいい程度には多い。

「普通に七つの霊を剣に纏って、切っていったほうが早いんじゃない？」

「……それもそうだな」

キアラの提案に従って、亜空間から剣を取り出し、七屬を付與した。

剣の周りを七のが包み込んでいる。

幻想的な景だが、これの恐ろしさを、オレはよく知っている。

これを使うのは牙獣戦のとき以來だ。

普段の戦闘ではまず前衛に立つことがないからな。

緩慢なきをしているゴーレムたちに接近し、風霊の力を借りて跳躍。

目の前にあるの部分をなぎ払う。

懐かしいと共に、ゴーレムのが一刀両斷された。

これだけくても、なんの抵抗もなく切り裂けた。

やはり恐ろしい切れ味だ……。

二のゴーレムを処理したオレは、殘る三も同じ要領で切り裂いた。

ちょっといだけで、大した脅威でもなかったな。

その後も、ゴーレムたちを蹴散らしながら、第二階層の出口を探す。

霊たちの案に従ってしばらく進んでいくと、第二階層の境界線を見つけることができた。

「さて、行くか」

「うん」

後ろにキアラがいることを確認し、オレは境界線を通り抜けた。

迷宮の攻略は続く。