《》第32話 迷宮の終わり
目の前に迫る破壊の奔流に対して、オレがとった行はひとつだけだった。
「――『空間斷絶』」
小さくそう呟くと、オレの周りで劇的な変化が起こる。
オレの周りを覆うようにして、灰がかった明な球が姿を現した。
対カミーユ戦でも使用した、『空間斷絶』だ。
さっきキアラは、オレに『空間斷絶』を使え、と言っていたのだ。
オレを飲み込まんとしていた線は、その球がまるでそこに存在していないかのようにすり抜け、オレの後ろにあった壁に直撃した。
「へー。ああいうじになるのか」
『空間斷絶』自に攻撃を當てられたのは初めてなので、その結果は興味深い。
線攻撃は、『空間斷絶』している空間を飛ばすような軌道を通っていた。
つまり『空間斷絶』には、『空間斷絶』している目の前の空間と、『空間斷絶』しているオレの後ろ側の空間を直結させる効果があるようだ。
前回使ったときよりも、さらに小さな球を形作っているので、空間ごと斷ち切られた手が足元に転がっている。
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デカブツが放つ線が止まるのを見屆けると、オレは『空間斷絶』を解除した。
「さて、どうするかな」
見たところ、あのビームは霊を集めて撃っている。
次に同じような挙を見せたら、奴の周りの霊たちをこそぎ奪ってやればいい。
手のほうも、最悪『空間斷絶』を使えば千切れるし、七霊を纏った手刀でもある程度までは対応できる。
まだ何か隠し持っているかもしれないが、気をつけてかかれば倒せない相手ではなさそうだ。
問題となるのは火力だが……まあなんとかなるだろう。
向こうが霊を使ってくるのなら、こちらは闇霊を使って相手してやる。
「――――!」
オレが死んでいないことに気付いたのか、デカブツがこれまてで一番大きな反応を見せた。
を大きく震わせて、再び霊を集めようとするが、
「それはもういい」
この空間の霊は全て、もう既にオレの味方だ。
當然、あの化の元に霊が集まるはずもなく、デカブツは不気味な挙を繰り返すことしかできない。
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やがて霊については諦めたのか、デカブツが中のというから、手を生えさせる。
その怖気が走る景を視界に収めながらも、オレは著々と準備を進めていた。
「――――――!!」
唸り聲をあげながら、デカブツの手がオレの方へと迫ってくる。
さっきまではその手たちに七霊を纏った手刀で応戦していたが、やはり數には數を、だ。
「――『手』」
オレのその一言と同時に、そこらじゅうの地面から大量の赤黒い手たちが飛び出してきた。
これは対牙獣戦以來の使用となる闇屬の初級魔、『手』だ。
「いけ、手たち」
オレのる赤黒い手たちと、デカブツがる純白の手たちが激突する。
お互いにカミーユがっていたような兇悪な形狀の手ではないため、その戦いはひたすらお互いがお互いに絡み付き合うという泥仕合にもつれ込む。
傍から見れば、手と手が絡み合う異様な景だ。
というか下手をすれば、お互いがお互いに絡み合っているだけなので、戦っているようにすら見えないかもしれない。
でも、それで十分だ。
その間に、オレは闇屬の上級魔を使用する準備をすることができた。
さあ、オレの魔を食らえ。デカブツ。
「――『黒い霧ノアー・ミスト』」
正面に突き出したオレの右手の掌から、軽い音を立てながら黒い霧が噴出する。
その霧は一直線にデカブツのところまで向かっていき――、
「ギェ――――――――――!!」
そのに到達した。
霧は、何か固にぶつかると拡散する。
『黒い霧ノアー・ミスト』も例にれず、デカブツのにぶつかると、その周りで拡散を始めた。
そしてようやく、デカブツの悲鳴らしきものが辺りに響き始めた。
よかった。これを使ってもまだ平然としていたらどうしようかと思っていた。
――『黒い霧ノアー・ミスト』は、生きを喰らう。
その霧が覆う土地は生命の気配すらなく、ただ死が支配する。
その霧が覆った後には、何一つ殘らない。
生きたまま喰われるという、生にとって最も忌避すべき冒涜。
それを現したのが、この『黒い霧ノアー・ミスト』なのだ。
デカブツの表皮が抉れ、のような白いが流れ出している。
そしてその流れだしたすらもったいない、とでも言うかのように、『黒い霧ノアー・ミスト』が床を這うように広がっている。
反撃しよう、などという考えはもう既にない。
そこにいるのは、ただの巨大な餌だった。
……しかし、さすがにこのまま苦しみながら『黒い霧ノアー・ミスト』に食われて終わる、というのはあまりにも無殘すぎる最期だ。
せめて、楽に逝かせてやろう。
「――『安らかなる眠り』」
屬の中級魔の一つ、『安らかなる眠り』。
これはその名の通り、対象となるものを眠りへとう魔だ。
安らかに眠ると言っても、別に死ぬわけではない。
ただ、戦場で『安らかなる眠り』をかけられたら、もう二度と目覚めないことを覚悟するべきだろうが。
これの効力は、ただ眠らせるだけだ。
単純ゆえに恐ろしい魔だが、確実に効力を発揮するためには相手が相當に弱っている必要がある。
まあ、それでも十分に強力だ。
実際に、さっきまで喰われる苦しみにいでいた目の前のデカブツも、『安らかなる眠り』の効果で靜かに眠っていた。
そのを『黒い霧ノアー・ミスト』に食われながら、だが。
純白の手たちも、その活を完全に止めている。デカブツが完全に眠っている証拠だ。
とにかくこれで、あいつも安らかに逝くことができるはずだ。
デカブツがかなくなってしばらくした後、オレは『黒い霧ノアー・ミスト』の発を止めた。
デカブツにたかっていた黒い霧が、まるで何事もなかったかのように霧散する。
「死んでる……よな?」
オレが『黒い霧ノアー・ミスト』の発を止めた理由は単純だ。
しばらく放置していたら、デカブツの中から何やら結晶のようなものが見えてきたからである。
さすがに、『主』のを全て『黒い霧ノアー・ミスト』に食わせるわけにはいかない。
素材になるものがあるかもしれないしな。
剝ぎ取り用のナイフで、傷付けないように慎重にその結晶を取り出していく。
しばらく苦戦していたが、ようやく目的のものを剝ぎ取ることに功した。
「なんだこれ?」
歪な形をした、手のひらよりし大きいくらいの純白の結晶だ。
よく見ると明で、中から白のがれ出しているのが視認できる。
ぱっと見たところ寶石のようだが、この石の側かられ出しているを見る限り、明らかにただの石ではない。
「それは『霊の欠片アルテミス・シャーズ』だね」
「『霊の欠片アルテミス・シャーズ』?」
「うん。霊たちが、長い年月をかけて結晶化したものだよ。武や防の素材とか、高級なポーションの材料になったりするね」
「へぇ……」
キアラの説明を聞く限り、そこそこ高く売れそうだ。
貴重なもののようなので、亜空間にしまっておく。
その後も、デカブツの使えそうな部分を剝ぎ取って、亜空間へとれていった。
さて。迷宮攻略もこれで終わりか。
なんだか呆気なかったな。
「はぁ……」
「どうしたのラルくん? そんな足りなさそうな顔して」
「いや、正直もっと何かあると思ったんだよ」
階層も二階だけだったし、『主』は完全に的だったし、そこまで攻略難易度の高い迷宮だったとは思えない。
「十分めんどくさい相手だったと思うんだけどね。ラルくんじゃなかったら相當苦戦したと思うよ?」
キアラはそう言うが、どうなのだろうか。
自分ではあまりよくわからない。
「……わかった」
オレが悶々とした気分を抱えていると、キアラが突然そんなことを言い出した。
「わかったって、何が?」
キアラは、ふっと笑って、
「いつか、私と一緒に『最果ての窟』を攻略しようよ」
「『最果ての窟』ってーと……あの世界最難関の迷宮か」
たしか、最低でも二百もの階層があるとされる迷宮だ。
その歴史は辿りきれないほど古く、出現する魔も強力なものばかりだという。
「……そうだな。オレとキアラなら、どんな迷宮でも突破できそうだし。いつか行ってみようぜ」
「本當? 約束だよ?」
「ああ。約束だ」
そんな約束をわして、指切りをした。
まあ、將來はオレもどうなってるかわからないけど、ちょっと迷宮を攻略するぐらいの時間的余裕はあるだろう。
そんな軽い気持ちだった。
「……あれ?」
「どうしたの、ラルくん?」
「あれ、道じゃないか?」
デカブツが橫たわっている、さらに奧のところ。
純白の空間が、突然を変えている部分。
そこに、が空いていた。
先ほどまでは、デカブツのが塞いでいて気付かなかったが、たしかにそれは道に見える。
「行ってみようぜ。もしかしたら、まだ迷宮は終わりじゃないのかもしれない」
「いや、そんなはずは……でもたしかに道だよね、それ」
初めて出くわす現象なのか、キアラも混気味だ。
「ほら、キアラ!」
「あっ! ちょっと、ラルくん!」
キアラの手を引っ張り、オレは走り出す。
その道の先に、きっと誰も見たことがないものがある。
そう思えてならなかった。
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