《》第34話 帰郷
そして翌日。
迷宮のり口のところで目を覚ましたオレは、キアラが夜通し俺を運んでくれていたことを知った。
「私は寢ないし、疲れないからね。これぐらい朝飯前だよ」
ふんぞり返って、ドヤ顔をかますキアラ。
まあ本人がこの調子なら、そこまで気にすることでもないのかもしれない。
「でも、大変だっただろ。ありがとな、キアラ」
「べっ、別に、ラルくんのためにやったんじゃないんだからね! 勘違いしないでよねっ!」
「ここに來てまさかのツンデレ!? 取って付けたようなお前のツンデレなんて需要ねぇよ!」
「ひどい!? そこまで言わなくても……」
その表に影を落とし、目の端に僅かに涙を溜めるキアラ。
その急激な変化に戸ったオレは、慌ててフォローをれる。
「あ、いや、ごめん。売り言葉に買い言葉というか、本気で言ったわけじゃないから……」
「えへへ。わかってるよっ! もう、ラルくんは優しいんだから」
「立ち直るのはえーなオイ」
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キアラはをクネらせながら、頬をほのかに赤く染めている。
なんか相手をするのも疲れてきたので、さっさと帰ることにした。
「ほら、さっさと行くぞ」
「あっ、ちょっと! まってよラルくん!」
そんな風にじゃれ合いながら、オレたちは『霧の森』を抜けたのだった。
「まさか、たった一日で迷宮を攻略なされるとは……いやはや、流石としか言いようがありませんね」
村に帰ると、早々に村長に出迎えられた。
ちなみに、キアラがオレを擔いで帰ってきてくれたので、迷宮をほとんど一日で攻略したことになっていた。
異常すぎるクリアタイムだ。
迷宮を攻略したことを伝え、ほとんど使わなかった道たちを返卻する。
というかぶっちゃけ木の枝しか使っていない。
返卻されたを見て、また村長が驚いていた。
「それでは、私は殘りの休暇を楽しませてもらうことにしますね。しばらくはこの村に滯在する予定ですので、何かあったら言ってください」
「承知致しました。……本當にありがとうございました、ガベルブック様」
そう言って、深々と頭を下げる村長。
なんか、村長のオレに対しての対応が仰々しくなってるような気がする。
気のせいだろうか……。
村長への連絡を終えたオレとキアラは、館へと戻ることにした。
一日ぶりだというのに、なんだか隨分と久しぶりにこの建を見るような気がする。
濃い一日だったからかな。
「あれ? あの子、カタリナちゃんじゃない?」
「うん? あ、ホントだ」
キアラの聲に反応して目を凝らすと、カタリナが館の前で立っているのが見えた。
きょろきょろと辺りを見回している。
何かを探しているのだろうか。
「あ! ラルさまー!」
だが、すぐにオレの姿を捉えて、こちらまでトコトコと走ってきた。
傍から見たらかなり危なっかしい。
「おかえりなさいませ! ラルさま!」
「カタリナ……お前、なんでこんなところに」
「なんでって……ラルさまのお帰りをお待ちしていたに決まってるじゃないですか!」
「いや、だってお前、オレが迷宮に潛ったのは昨日だぞ? そんなにすぐに帰ってくるわけ……」
「ラルさまなら帰ってくると思ったんです! それに、やっぱり帰ってきてくれました!」
「まあ、それを言われると弱いな……」
カタリナの直おそるべし、と言ったところか。
いや、違うな。
オレはこの子に、全幅の信頼を置かれているんだ。
その信頼に、これからも応えていかないとな。
「ただいま、カタリナ」
「はい! おかえりなさい、ラルさま!」
そして、オレの橫を見て、
「キアラさんもおかえりなさい! ラルさまを助けてくれてありがとうございます!」
『うん。ただいま! ありがとうカタリナちゃん』
オレの隣にいたキアラが地面に書いた文字を見て、カタリナの顔がパッと明るくなる。
こうして、オレたちの迷宮攻略は幕を下ろした。
それから、いろんなことがあった。
ヘレナやカタリナとピクニックに行ったり、カタリナとキアラと川で水遊びをしたり、村人たちの手伝いをしたり、村で知り合った子たちと仲良くなったり、カタリナと一緒にお風呂にったり、ヘレナに會えなくて我慢しきれなくなったフレイズがこちらまで押しかけてきて、ヘレナを連れ帰ったり。
平和な時間だった。
そして、あっという間にお別れの時間がやってきた。
予定していた滯在期間が終了したのだ。
村のり口に馬車を停めて、オレたちは最後の別れを惜しんでいた。
「本當に、帰ってしまわれるのですか? もうしだけでも……」
「すいません、そうしたいのは山々なのですが、私も學院の授業が始まってしまうので」
言っているあいだに、夏休みも終わる。
新學期が始まるのだ。
さすがにそろそろ帰らなければ、々と準備することもあるからな。
もっとも、殘りの僅かな休みは実家で過ごそうと思っているが。
領地の視察を兼ねて、避暑地として知られていたダーマントル地方へ來たわけだが、本當に來てよかったと思う。
ここに來たおかげで、たくさんの思い出やつながりを作ることができた。
「みなさん。よそ者の私にも、とてもよくしていただいて、本當にありがとうございました」
「何水臭いこと言ってるんですか、領主様」
「そうですよ。もう領主様はこの村の一員です。いつでもいらしてくださいね」
「ラルフさま……カタリナさま……」
村人たちからのあたたかい言葉に、目頭が熱くなる。
何回か一緒に遊んだ子どもたちも、オレやカタリナとの別れを惜しんでくれているようだ。
中には、目に涙を溜めている子もいた。
「村長さんも、々とありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
「何を仰られますやら。お世話になったのは我々の方ですよ。村の全員を代表してお禮申し上げます」
朗らかな笑みを浮かべた村長が、深々と頭を下げた。
それからは、たしかにオレへの深い謝がじられる。
「ありがとうございます。來年もまた來ますので、そのときはまたよろしくお願いします」
オレがペコリと頭を下げると、村人たちが近づいてきた。
その一人一人と握手をわす。
「ラルフ様、そろそろ時間です」
「わかった」
ミーシャの言葉を聞き、時間が來てしまったことを知る。
全員と言葉をわすと、オレたちは馬車へと乗り込んだ。
村から出た後も、後ろにはずっと村人たちの人影が見えた。
「……また、來年も來ような。カタリナ」
「はい、ラルさま」
見慣れた景が、どんどん小さくなっていく。
それだけで、本當に家へ帰るんだという実が湧いた。
「あー、楽しかったぁ」
実家のベッドに寢転がり、盛大に息を吐く。
その懐かしいをたっぷりと味わいながら、オレはカタリナのほうを見やった。
「ん? どうかしましたか、ラルさま?」
「あ、いや。なんでもない」
「……? 変なラルさま」
不思議そうな表をしながらも、へらっと笑うカタリナ。
その顔を見て、心の中で何かが沸き立つような覚があった。
というか、なんか、カタリナが可く見える。
いや、前から可いとは思っていたが、そういうものとはまたちょっと違う気がするのだ。
カタリナのことを考えるだけで、ちょっとが苦しくなる。
「ひょっとして、これが……っ?」
「ちょっとラルくんー。カタリナちゃんもいいと思うけど、私のことも忘れないでよー」
不満げにを尖らせながら、背後からキアラが迫ってきた。
大人しく抱きつかれつつ、オレはやれやれとため息をつく。
「別に忘れてないぞ。そういえばいたなとか、そんなこと全然思ってないから」
「思ってないなら言う必要ないよね!? ひどい、やっぱり忘れてたんだ!」
ギャーギャーと騒ぎ始めたキアラを放置し……ようとしたが、キアラはオレの正面に回ってきた。
そして、憂げな表で自の髪先を弄りながら、
「私には、してくれないの……?」
「いや、だってキアラ、お前幽霊じゃねーか」
幽霊とするのは、し躊躇われるものがある。
それに、もちろんキアラのことは好きだが、それは家族としてのの側面が強い。
……まあ、異として見ていないわけでもないので、その辺は曖昧なのだが。
「……じゃあ、私が普通の人間だったらいいの?」
「ん? ああ、そうだな。……勘違いしないでしいんだけど、オレもキアラのことは好きだよ」
まあ、キアラが皆に認識されるただのの子としてオレの目の前にいたら、普通に対象として見ることはできるだろう。
なんだかんだで可いし優しいし、オレのために々やってくれるし、オレのことを好きって言ってくれてるし。
「でもお前、死んでるからな。その仮定は意味ないだろ」
ただそれも、キアラが生きていたらの話だ。
その前提が覆らない限り、この話は平行線だろう。
しかし、キアラはキョトンとした顔で、
「え? いや、私死んでないよ?」
「……えっ?」
キアラが何を言っているのかわからなかった。
「いやいやいや……だってお前、どこからどう見ても幽霊じゃねーか。今さら人間でしたとかさすがにないだろ」
「今は魂だけの狀態になってるけど、他の場所にちゃんとも殘ってるよ。ちょっと事があったから、はっきりとは言わなかったけどね」
バツの悪そうな表で、チロっと舌を出しながらそう語るキアラ。
噓を言っているようには見えない。
「えっ、マジかお前」
今明かされる衝撃の真実。
キアラは純粋な幽霊じゃなかった!
いや、薄々『なんかおかしくね?』とは思ってましたよ、ええ。
鼻出してたり、ディープキスできたり、溫をしっかりとじたり。
どれもこれも、普通の幽霊相手にできることとは思えない。
「で、キアラの本? はどこにあるんだ?」
「それはまだ緒。いつかまた、言える時が來たら言うよ」
「……そうか。わかった」
聞きたいことは山ほどある。
だが、こういう時のキアラに何を言っても無駄なのは、今までの経験からわかっていた。
「じゃあ、いつか話せる時が來たら、キアラのを探しに行こう」
「っ! うん! ……ありがとね、ラルくん」
オレの言葉を聞いて満面の笑みを浮かべたキアラが、背中に抱きついてきた。
まったく、調子いいなホントに。
しかし、そうか。
キアラと共に、人生を歩いていくという選択肢。
それはいつの間にか、オレの中で欠け落ちていたものだった。
そんな選択肢を選ぶことも、できるかもしれないんだな。
それを知れただけでも、今日のところはよしとしよう。
薄れゆく意識の中、オレはぼんやりとそんなことを考えていた。
「キアラさんばかりずるいです! カタリナもぎゅーってしますっ!」
……なんか、もう一つらかくていい匂いがするものが抱きついてきた気がしたが、オレはそのまま意識を手放した。
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