《》第41話 3年後

五年生になった。

オレは十一歳になっていた。

特に大きな事件もなく、穏やかな日々が続いている。

そんなある日。

「……そろそろ、長追い抜かされそうだね」

「えっ?」

オレがいつものように學院に行く準備をしていると、背後からキアラに聲をかけられた。

「ほら、もうちょっとでラルくんのほうが高くなるよ」

キアラがオレの目の前に立ち、自分の長とオレの長を比較する。

「おっ」

本當だ。

いつの間にか、キアラと同じぐらいの長になっていた。

というか、

「これ、微妙にオレが勝ってないか?」

姿見の前に移し、キアラと橫に並ぶ。

「い、いや? まだ私のほうが上だもん」

「地面から浮いて長を水増ししてんじゃねぇ! ほら、やっぱりもうオレのほうが高いじゃねーか」

不正を見破り、駄々をこねる幽霊の頭を押さえつけると、やはり既にオレのほうが高かった。

「うう……ひどいよラルくん。頭痛いよぉ……」

キアラが、オレに押さえつけられた頭をさすりながら、半泣きで抗議する。

「知らねえよ。勝手にやってろ」

「うぅ……ラルくんが冷たい……」

そうぼやきつつ、ベッドに腰掛けるキアラ。

目に涙を溜め、割と本気で落ち込んでいるように見える。

その痛ましい姿に、さすがのオレも良心が傷んだ。

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「……あー、わかった。オレが悪かったから機嫌直してくれ」

そう言って、キアラの頭を優しくでる。

一本一本が細いサラサラの緑髪は、とてもり心地がいい。

「んっ――」

キアラは気持ちよさそうに、されるがままになっている。

その様子がどこか貓に似ていて、思わずし笑ってしまった。

「もう、なんで笑うの?」

「いや、なんかみたいだなって思って。こうやって気持ちよさそうにでられてるのが」

くしゃくしゃと頭をでても、キアラは嫌がるどころか自分から頭を手にすり寄せてくる。

「だって、気持ちいいんだもん。ラルくんの手つき優しいし」

「そりゃ、優しくしてるからな」

オレが押さえつけてしまった部分を中心に、いたわるようにキアラの頭をで続けている。

というか、このでるがけっこう心地いいのだ。

思わず、ずっとなでなでしていたくなってしまう程度には。

「いや、でもそろそろ學院行かないとな」

名殘惜しいが、キアラの頭から手を離した。

キアラはしばらく「むー」と唸っていたが、やがて表を明るくして、

「わかった。できるだけ早く帰ってきてね」

「今日はどうしたんだキアラ。いつになく甘えん坊だな」

「今日はそういう気分なのです」

芝居がかったようにそう言い殘して、キアラはオレのベッドへと突っ伏し、

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「あー、ラルくんの臭いがしゅる……ふへへへへ……」

「…………」

いや、あれは突っ伏しているわけではない。

あの勢で微妙に浮いている。

なんというか、苦しくないのだろうか。

「はぁ……」

なんとなく気疲れしながらも、オレは朝食が用意されている一階へと足を向けた。

「あ、ラルさま! おはようございます!」

「おはよう、カタリナ」

掃除をしているカタリナに、朝の挨拶をする。

「ふむ……」

朝食のサンドウィッチに舌鼓を打ちながら、オレは一生懸命掃除をしているカタリナのほうを見た。

キアラの長の話で思い出したが、いつの間にかカタリナとも若干の長差がついている。

昔はほとんど変わらないぐらいだったのだが、月日の流れというものは早い。

外見も、カタリナを引き取った當初はだったが、順調にへと長している。

仮に學院に通ったら、として有名になるんじゃないか、と考えてしまう程度には可いと思う。

「あ、ラルさまー。ロードさまたちがいらっしゃいましたよー」

「わかった。すぐ行くって伝えといて」

「わかりましたー!」

朝食を腹の中へと収め、だしなみを整える。

さすがに十一年も鏡に向かい合っていると、この銀髪翠眼のイケメンフェイスにも慣れてきた。

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今日もバッチリ決まっていることを確認したオレは、玄関先へと向かう。

「悪いロード。遅くなった」

「まあ、いつものことだからね……。おはよう、ラル君」

し呆れたような表を浮かべながらも、そう挨拶を返してくれる我が親友ロードは、今日も相変わらず年していた。

「ガベルブックさん、おはようございます!」

「おはようございます!」

「ああ、おはよう」

オレに挨拶をしてきたのは、ロードの取り巻き達だ。

ロードは、いつの間にか子分を引き連れるようになっていた。

とはいえ、別にジャイ○ンのように橫暴に振舞っているわけではない。

現在のロードはかなりのイケメンに育ち、相変わらず績もトップクラスなので、學での評判も上々だ。

たしかロードは、無屬以外の中級までの魔なら、無詠唱で使用できるようになっていたはずだ。

詠唱ありならほぼ全て上級魔も使え、さらに土屬は後もうしで皇級に屆くというところまで來ている。

その長は目覚ましい。

ただ、最近はの子の取り巻きも増えており、何人かに手を出した、という噂もある。

本人に聞いてもはぐらかされたので、もしかしたら本當に手を出したのかもしれない。

……なんか、昔と比べて何を考えているのかわからない時が多くなったような気がする。

何が変わったとは言いにくいが、何かが変わった。

「それじゃ、行こうか」

「ああ」

そんなことを考えてはいるものの、多変わったところでロードはロードだ。

オレたちは他もない雑談を繰り広げながら、學院へと向かった。

「あ、おはよう! ラル、ロードくん!」

「おはよう、クレア。ダリアさんも」

「おはようございます、クレア様、ダリアさん」

「おはようございます。ラルフ様、ロード様」

教室に著くと、クレアとダリアさんに挨拶をされた。

クレアは、オレたちより先に教室に著いていることが多い。

そういえば、クレアも風屬と火屬は上級に達することができていた。

オレやロードの影に埋もれてしまっているじは否めないが、素晴らしい才能だ。

いや、クレアの場合、努力によるものが大きいか。

アミラ様の指導の元で、クレアはの滲むような努力を重ねているからな。

今はまだわからないが、もしかしたら、風屬ならロードと同じく皇級までいけるかもしれない。

もちろん、長は魔だけにとどまらない。

績は相変わらず學年トップクラスの座をキープしているし、外見もかなり変わってきた。

髪は肩にかかるくらいの長さになり、顔立ちも王族としての気品に溢れた凜々しいものになりつつある。

あとアレだ。ちょっとが膨らんできたね。

カタリナを見る限り、今のところに変化は見られないのだが、クレアのそれは明らかにしずつ長していた。

とはいえ、制服の上からなのでけっこうわかりづらい。

「ラルフ様、クレア様のを見て発するのは研究室に行ってからでも遅くはないかと」

「ふぇっ!?」

「と、突然何を言い出しているんですかダリアさん。やだなぁ、もう。僕がクレアのなんて見るはずがないじゃないですか」

突然のダリアさんの指摘に、オレは冷靜に対応する。

なんかクレアが変な聲を上げていたが、聞かなかったことにしてやろう。

「いや、今明らかに見てたよね」

「気のせいです」

ロードからの追撃を華麗に躱し、オレは自分の席に腰掛ける。

さて、一限の授業はなんだったかな……。

「ラ、ラル……」

「ん? どうしたクレア」

クレアは、両手で恥ずかしそうにを押さえていたが、やがて真っ赤にした顔を上げて、

「み、見たかったら、見ても……いいよ?」

「あの、クレアさん。あなた、ここがどこなのかわかってるんですかね?」

學校で、そんな破廉恥な。

せめて放課後とかにだな……。

「イチャイチャするのはその辺にしておいたらどうだい? もう授業が始まるよ」

「お、おう」

「はぅ……」

ロードのそんな指摘に納得し、オレたちは自分の席に戻るのだった。

そして放課後。

「ほら、僕が昔言った通りだろう? クレアのは順調に長中だ。安心していい」

「ええ、クルトさんの言った通りでした。さすがです」

目の前でサムズアップするクルトさんが、とてもいい笑顔を浮かべている。

師匠と呼ばせてもらおう。

今日は、クルトさんもアミラ様の研究室に來ている。

無論、頑張るクレアの姿をその網に焼き付けるためにほかならない。

初めてクルトさんがアミラ様の研究室に來た時以來、こうしてやってくることが多い。

もちろん二回目以降はお忍びなどではなく、しっかりとヴァルター陛下の許可を得て、護衛付きで來ている。

無斷で王城を抜け出してきたのを、アミラ様に咎められたのが効いたのだろう。

「そういえば、ラル君は魔の鍛錬をしなくてもいいのかい?」

オレと談笑しておたクルトさんが、ふと思い出したようにそう尋ねてくる。

「ええ、僕は今日はいいです」

「なんでだい? あんまり余裕ぶってたら、ロード君やクレアに抜かされるかもしれないよ?」

「今日はいい、というより、今日はもうできないんですよ。僕も練習できるなら練習するんですけどね」

クルトさんはそう言うが、仕方ないものは仕方ないのだ。

「ん? 何か練習できない理由でもあるのかい?」

「皇級の魔は、そう何度も何度も発できるものでもないですからね。あまり使いすぎると周りの霊たちが全て休眠狀態にってしまいますし」

そう。

オレはついに、皇級の魔を使えるようになったのだ。

「お、皇級か。その歳でそれはすごいな……」

クルトさんは目を丸くしている。

まあ、無理もないことだろう。

十一歳で皇級に到達した者など、いまだかつて現れたことがなかったのだから。

というか、実はオレはもう霊級の魔も扱える。

あまりおおっぴらにするとマズイことになるかもしれないので言っていないが、今のオレはアミラ様とほとんど同じぐらいの実力を有している。

その事実を知っているのは、今のところアミラ様とキアラだけだ。

いざというときには申し出ようとは思っているが、ただでさえ目立っているのに、さらに自分から目立ちに行くこともないだろうという判斷だ。

ちなみに、風屬、火屬、水屬、土屬の四つが霊級に達しており、と闇屬は上級、無屬は中級のままだ。

これだけ見ると、や闇屬の魔の鍛錬をしたほうがいいのではないかと思うが、こちらはび悩んでいる。

得意なものだけ練習してしまうという、オレの悪い癖が出てしまっているのだ。

そういえば、のほうも々なものを開発に功した。

まず、遠くにいる人間と話すことができる『テレパス』。

これは、オレが魔力を込めた霊結晶を介にして、同じ質のものを持っている他人と、脳で會話できるという優れものだ。

欠點としては、所持している霊結晶がなくなったり破壊されたりしたら使えなくなることと、霊結晶自がものすごく高価であることだろう。

それでも、遠くにいる人間と會話ができるというのは大きいらしく、アミラ様にこののことを話したら「……これのことは、絶対に誰にも喋ってはならんぞ」と念を押された。

まあ、オレが軍の人間なら、これの利用方法などいくらでも考えつく。

國には悪いが、オレはこの力を大切な人たちを守るために使わせてもらおう。

と、いうわけで、オレと親しい人間たちには、オレが魔力を込めた霊結晶を加工して渡してある。

たちにはネックレスとして、男たちには腕として。

パッと見では、ただの裝飾品にしか見えないことだろう。

あと、を駆使して、空を飛べるようになった。

今までなにげに空を飛ぶことはできなかったので重寶している。いや、ほとんどやらないけど。

去年の夏、ダーマントルに遊びに行った時にカタリナとキアラと一緒に飛んだが、ものすごく楽しかった。

カタリナは「下ろして! おろしてくださいいいいい!!」と言って終始泣きんでいたが、いい思い出になったことだろう。

「あ、ラル君。やっぱり公式の行事って髪型とかしっかりしていったほうがいいのかな?」

クルトさんの髪は、男の割にけっこう長い。

本人が短髪を嫌うためらしいが、若干クセがある前髪がうざいくらいびているのを見ると、邪魔ではないのかと気になることがある。

「え? そりゃ、整えたほうがいいとは思いますけど……何かあるんですか?」

クレアの誕生日にはまだ早い。

あ、公式の行事って言ってたな。

じゃあクレアの誕生日ではないか。

「エノレコート王國と不可侵條約を結ぶことが決まってね。エノレコートの王城で行われるその會議に、僕も出席することになったんだよ」

「エノレコート王國との不可侵條約、ですか?」

「うん」とクルトさんは頷く。

「まあわかりやすく言えば、『あなたの國とは戦爭しないと宣言します』ってのを、エノレコートとディムールが公言するということだね」

クルトさんが行く意味は、それだけ向こうのことを信用しているということを示すためだそうだ。

それに數年前から、エノレコートの王族の特使が度々ディムールにやって來ているらしい。

「その特使さんなんだけどさ、めちゃくちゃ人で気遣いができる人で、なにより、おっぱいが……すごく大きいんだ」

「クルトさん、おっぱい好きですね」

「當然だろう。おっぱいが嫌いな男など男ではない」

なぜか知らないに、外問題からおっぱいの話になっていた。

話を戻そう。

「というか、エノレコートとの関係がそこまで悪化していたんですか?」

全然知らなかった。

「はっきり言って、もうしで戦爭までいくところだったよ。一世紀も前のことをまだに持っているらしくてね……」

一世紀ほど前は、この大陸には大きく分けて四つの國があった。

今は存在しない四つ目の國は、大陸北部のエノレコート王國と、中央部のディムール王國に挾まれたところに存在した、シェフィールド皇國。

この國は元々ディムール王國の領土だったのだが、様々な事があって獨立したらしい。

さて、なぜこの國が今は存在しないのか。理由は単純だ。

この國が、『終焉の魔』アリスによって滅ぼされたからである。

當時のシェフィールド皇國の教皇はおろか、國民のほとんどが慘殺された。

それを途中で止めたのが、『始祖』を自に降ろした當時のエノレコート王らしいのだが、確たる証拠がない。

その後、シェフィールド皇國の領土はディムール王國が実質的に支配しているのだ。

それ以降、エノレコートとディムールの関係はあまりよくない。

エノレコートはディムールのことを、『始祖』の力で悪しき魔から取り戻した地を橫から奪い取った恥知らずと揶揄し、ディムールはエノレコートのことを、拠のない言いがかりで自分たちの國の領土を奪い取ろうとする狂信者共と罵倒する。

オレに言わせれば、どっちもどっちだと思うがね。

人族が中心のディムールと、魔族が中心のロミードは、友好的な関係を築いている。

まあ、雑多な種族の連合國であるロミードは、常にの危険濃く孕んでいるため、諸外國との関係を険悪なものにするわけにはいかないのだろう。

だが、天族中心のエノレコートと人族は、仲があまりよくない。

この大陸には、元々多くの國があった。

それが統合され続けて今の國々になっているわけだが、エノレコートはこのドーガ大陸自が自分たちの領土だと主張する狂信者たちの集まりなのだ。

エノレコートの主張がぶっ飛んでいるのは、今も昔もそこまで変わらない。

とはいえ、『始祖』の教えを順守し、日々を平穏に過ごしているだけの彼らは、オレたちに危害を加えてくることはない。

まあ、『始祖』の教え自はそこまで変なものではないし。

でも、不安なものは不安なわけで。

「エノレコート城で、背後からいきなりブスっと刺されるとか、ないですよね?」

「あはは、小説の読みすぎだよラル君。貴族ってのは名譽を重んじる生きだからね。不意打ちなんて卑怯な真似は絶対にしないさ。それに、エノレコートの歴史はあまりに長い。なにせ、自分たちは最初の人類である『始祖』のけ継いでるっていう誇りを持ってる連中だ。安心して僕の帰りを待っているといい」

「クルトさんがそう言うなら、僕は何も言いませんが……」

心配なものは心配なのだ。

「あ、そうだ。よかったら、これを持って行ってください」

オレは亜空間から、『テレパス』の腕を取り出した。

「ん? これは腕かな? 別に僕は誕生日ってわけでもないんだけど」

「それは僕が開発した『テレパス』という道です。それをにつけていれば、起きているうちなら、お互いにいつでもどこでも連絡が取れます」

オレがそれを実演すると、クルトさんが複雑な表をして、

「……驚いたよ。まさかこんな技が存在するなんて。君はたしかにクレアやロード君より一歩抜きん出ているとは思っていたが……まさかこれほどとは」

「絶対にほかの人には言わないでください。これを知っているのは、僕の友人や家族を含めても、ほんのひと握りしかいませんから」

「その中に僕を含めてくれたことが、本當に嬉しいよ。わかった。このことは他言無用だね」

そう言って、クルトさんが腕でる。

ちょうどそのとき、研究室の扉が開いた。

「ラル! 今日は一緒に帰ろっ!」

「クレアか。おう、いいぞ」

そう返すと、クレアは嬉しそうにはにかんだ。

その後ろにはロードもいる。

今日は久しぶりに、全員で帰ることになりそうだな。

あれ以來、クレアのことを狙う奴は現れていないが、オレはいまだに目をらせている。

いつ、どんな奴がクレアを狙いに來るかわかったもんじゃないからな。

「それでは皆、また明日な」

「はい! 今日もありがとうございました、アミラ様」

アミラ様に別れを告げて、オレたちは帰途につく。

四人で談笑しながらの帰り道である。

「條約の締結、うまくいくといいですね」

「うまくいくよ。必ずね」

クルトさんが穏やかに笑う。

その表からは、たしかな自信をじ取ることができた。

このままずっと、平穏な日々が続けばいい。

そう思った。

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