《》第46話 手合わせ

「……ここでいいか」

そう言ってジャンが立ち止まったのは、王城の中にある訓練場の前だった。

たしかにここなら、二人で戦うには十分すぎるほどの広さがある。

問題ないだろう。

「ルールはどうしますか?」

「相手に負けを認めさせたほうが勝ち。魔でも剣でも基本的には何でもアリだが、殺しはナシで頼む」

「わかりました。じゃあそれでいきましょう」

まあ、殺すつもりなど頭ない。

手加減はしてやるつもりだ。

「――――っ!?」

次の瞬間、ジャンがオレの目の前にいた。

亜空間から取り出した剣で、慌ててジャンを迎撃する。

剎那、大きな金屬音が辺りに響いた。

「っと!」

重い。

そして速い。

ジャンの手に握られているのは、短剣だった。

ただの短剣とは思えない重さだ。

普通の剣を相手にしているのとそう大差ないパワーと、圧倒的なスピード。

第六兵団の団員たちのリーダー格であるのも頷けるというものだ。

「さすがですね。俺の初撃をけ流せるとは」

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だが、ジャンの攻撃は終わらない。

二度目、三度目の斬撃を剣でけ流す。

四度目の攻撃のあと、オレはジャンから距離を取った。

これ以上続けていたら、おそらく俺が切りつけられてしまう。

……なるほど。

近接戦闘においては、ジャンのほうがオレよりも上手のようだ。

「なかなかやりますね、ジャンさん」

「いや、兵団長殿こそ、魔師なのに何で涼しい顔で俺の斬撃を四回もけ流せるんですかね……ちょっと凹みますよ」

ため息を吐きながら、ジャンがそうらす。

どうやら、ジャンはオレが突然の斬撃に対応できないと思っていたらしい。

さすがに、魔師とはいえいきなり敵兵が切りつけてきた時の対処ぐらいできる。

まあ普通に考えたら、ジャンほどの腕の戦士なら、敵の魔師に何もさせないままその命を奪うくらい造作もないことだろう。

今回はたまたま、相手が悪かっただけで。

「それじゃあ、オレも行かせてもらいましょうかね」

「っ!!」

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オレがそう呟くと、ジャンは明らかに警戒した様子を見せた。

手始めに、闇屬の初級魔である『手』を使う。

ただし、一本ではない。

「これは……っ!」

闘技場の地面からは、無數の手たちが生え出ていた。

地中からびる手たちを、ジャンは踴るようなステップで次々と回避していく。

見事なきだった。

だが、いつまでも避け続けられる量ではない。

一瞬の隙を突かれ、ジャンは手に拘束された。

何本もの手たちが、ジャンの両手両足を締め上げる。

「くっ!」

「どうです? まだやりますか?」

そう言って、一歩、また一歩とジャンに近づいていく。

拘束されてきの取れないはずのジャンはしかし、不敵な笑みを浮かべていた。

「兵団長殿……まさか、この程度で俺を拘束できたと、本気で思ってるんですか?」

「なに?」

「――『風の刃ウィンド・カッター』」

その聲と同時に、ジャンを拘束していた手たちがバラバラになって地面へと落ちていく。

ジャンが使ったのは、紛れもなく『風の刃ウィンド・カッター』だ。

それも、

「詠唱省略か。かなりのやり手のようですね」

「いや、平然と無詠唱で魔を使い始める人に言われても、イヤミにしか聞こえないですよ、っと!」

喋っている隙にオレが放った『巖弾ロックブリット』が、ジャンの短剣によってけ流される。

不意打ちにも強い。

総合的に見て、ジャンの戦闘力はかなり高いことがわかった。

これならば、第一線でも十分に活躍できるだろう。

それじゃあ、名殘惜しいがこの辺にしておくか。

無詠唱魔を使って再び地面から大量の手を生やし、ジャンに襲いかからせる。

「そう何度も同じ手は食らいませんよ! 『風の刃ウィンド・カッ』……っ!」

詠唱が最後までなされることはなかった。

開いた口の中に、一本の赤黒い手が突っ込まれたからだ。

ジャンのきが鈍った隙を突き、手たちが次々にジャンのに絡みついていく。

やがてジャンは、完全にきが取れなくなった。

「……!」

ジャンは口にねじ込まれている手を噛みちぎろうとするものの、オレの手の強度を舐めてもらっては困る。

人間の顎の力程度では、その手が千切れることはない。

口を封じられれば、いくら詠唱を省略できるとはいえ魔を使うことはできない。

つまり今のジャンは、俎板まないたの鯉に等しい存在というわけだ。

「…………」

ジャンが瞳を閉じて降參の意を示したため、ジャンに絡みついている手たちを消してやった。

「……まさかこの俺が、魔師相手に闇屬の初級魔だけで完封される日が來るなんて思いもしませんでした。さすがです」

そう語るジャンの目は、どこか虛ろだった。

力を示しておくべきという考えのもとで、完封勝利をやってのけたのはいいものの、これでジャンに自信を失われるのはマズい。

「いえ、手を使い続けたのは、下手に範囲の広い魔などを使えばジャンさんに突破される可能が高かったからですよ」

これは本當のことだ。

ジャンに範囲の広い魔を放っても、その間をって攻撃されるのがオチだろうし、ジャンもそれを狙っていたはずだからな。

「魔師相手なら負ける気はしませんでしたが……今ここで戦ってみて考えを改めました。エノレコートに、あなたほどの魔師がいないことを祈るばかりですよ」

「それは僕もそう祈っていますよ」

一瞬、頭の中に腹から手を生やした狂人の姿が思い浮かんだが、意識して消した。

エノレコートとカミーユが繋がっている可能については、アミラ様に否定されているからだ。

理由は教えてくれなかったが、エノレコートと大罪の魔師が結託することはありえないらしい。

エノレコートが大罪の魔師を嫌悪しているのか、あるいは逆か。

まあ、奴らが手を組むことがありえないとわかっていれば、オレにとってはそれで十分だ。

「それじゃあ、戻りましょうか。ジャンさん」

「そうですね」

こうして、オレとジャンの模擬戦闘は終わった。

そしてついに、ディムール王國が進軍を開始した。

目指すのは、エノレコート城。

エノレコートの王族たちが暮らしている場所だ。

エノレコートへと進撃するディムールの陸軍は、総勢約一萬一千人もの大所帯だ。

その數は、ディムール王國の陸軍全の、およそ八割にも匹敵する。

陸軍だけでなく、対空戦力も存在する。

飛竜に乗って戦う、竜騎隊である。

フレイズの舊友であるらしいサラスダ將軍が指揮を執るこの部隊の人數は、およそ四百人。

こう言うとなくじるかもしれないが、空軍全の隊員の數がおよそ五百人だということを考えると、十分に多いと言えるだろう。

サラスダ將軍も、今回の戦爭では飛竜に乗って最前線で戦うそうだ。

一度だけ顔を合わせたが、溫和そうな中年の男だった。

あまり歴戦の戦士というじはしなかったが、ああいう手合いに限ってやたらと強いのがこの世界の常だ。

そして、ディムール軍が進軍を開始して三日目の朝。

ついにそのときがやってきた。

陸軍第六兵団の兵団長に任命されたオレは、比較的いい魔車で寢泊りさせてもらっている。

魔車というのは、魔力でく車の総稱だ。

この技は國が匿しているため、一般には出回っていない代である。

オレがその魔車の中で休んでいると、真剣な表をしたジャンが駆け込んできた。

「兵団長殿、竜騎兵がエノレコート軍を発見したとの報告がってきました」

「やっとですか。敵の戦力は?」

「見たところ、多く見積もっても五千ほどだと思われます。対空戦力も見當たりません」

「ふむ……」

微妙な戦力差だ。

地形や兵隊の錬度などの狀況によっては、敗北もありえる。

ふむ。

ここで人を殺すのに耐をつけておくのも悪くない、か。

そこでふと、キアラの言葉を思い出した。

決して、悪の道には染まらないでくれと言われていたことを。

大丈夫だ。

オレは殺したいから殺すんじゃない。

そうしなきゃいけないから殺すんだ。

あいつらを放っておけば、やがてその魔手はオレの家族や大切な人たちのところまでも屆くだろう。

そんなことはさせない。

そんなことをさせないためにも、オレがここで殺さなければならないのだ。

「た、兵団長殿……?」

「ん? どうかしましたか、ジャンさん?」

ジャンのは震えていた。

まるで、目の前の戦いに怯えるかのように。

「大丈夫ですよジャンさん。僕がついてますから」

ポンポンと、軽くジャンの肩を叩く。

そのでジャンは我に返ったようだ。

「兵団長殿……ええ。よろしく、お願いします」

ジャンは何か言いたげな様子だったが、その言葉を飲み込むことにしたようだ。

それがし気にはなったが、まあいいかと思い深くは聞かなかった。

「ああ、ジャンさん。僕は今日初めて人を殺すので、萬が一躊躇ったりしてしまったときのために、フォローをお願いできますか?」

「あ、ああ。了解しました」

「それじゃあ、行きましょうか」

一旦魔車から降りて、『レンズ』のを使って、遠くに見えるエノレコート軍を眺める。

「あれ、ですかね?」

「ええ、そうです」

何の変哲もない人間たちだ。

特に恨みがあるわけでもない。

しかし、それでもこれから躙し盡くされるであろう彼らを見て、オレはし哀れに思った。

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