《》第47話 初陣
戦いはすぐに始まった。
オレが人間同士の大規模な戦闘を見るのは、これが初めてだ。
その初めての景は、ただただ鮮烈にオレの網に焼き付いた。
歩兵たちはそれぞれの武を手に、命懸けで敵兵に襲いかかる。
魔師は詠唱を行い、味方の兵たちを守る、あるいは敵兵を殺し盡くさんという熱気に溢れている。
騎兵はその機力を巧みに駆使し、次々と敵兵を屠ほふっていく。
大規模な戦闘だ。
もう既に、お互いに死者が出始めている。
「兵団長殿、行きましょう」
「そうですね」
さて。
そろそろ行くか。
魔車から降りて、ゆっくりと歩き始める。
戦場とは思えない、緩慢な作。
だが、オレはあまり急ぐ必要をじなかった。
「――霊たちよ、我が手の中に」
この一帯のすべての霊たちが、自分の手の中にあるというイメージを強く込める。
剎那、オレの周囲の空間がり輝き始めた。
「なんだ……?」
周りにいるエノレコート側の兵士たちも、奇妙なものを見る目でオレのほうを見ている。
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彼らがそんなことをしている間に、オレはこの一帯に存在する霊たちを、全てディムール側へ集めることに功した。
これで、エノレコート側の魔師たちは、一切魔を使えなくなった。
「な、なぜだ!? なぜ魔が……!?」
今になってようやく、エノレコート側の魔師たちが、魔を使えなくなったことに気付いたようだ。
だが、気付いたところでどうにかなるものでもない。
この場所にはもう、お前たちに味方してくれる霊はいないのだから。
「今だっ!!」
その隙を突いて、ディムールの兵士たちが一斉にエノレコート軍へと突っ込んでいく。
ディムールの魔師たちが、エノレコート側の兵士を切り裂き、焼き、叩き潰していく。
阿鼻喚の中、オレはんだ。
「オレはディムール王國軍、第六兵団『ケルベロス』の兵団長、ラルフ・ガベルブックだ!! オレの首がしい奴はかかってこい!!」
「ディムールの兵団長だ! あいつの首を取れば――!」
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すぐに、その言葉に釣られた兵士たちが、オレの前までやってくる。
各々の武を取り、オレに襲いかかってきた。
「――?」
近づいてみると、エノレコート側の兵士たちはぶつぶつと何かを呟き続けている。
それをよく聞き取ろうとして、己の失敗を悟った。
「――全てはエーデルワイス様のために」「全てはエーデルワイス様のために」「すべてはエーデルワイス様の為に」「すべてはエーデルワイス様のために」「エーデルワイス様」「エーデルワイス様」「エーデルワイスさま」「エーデルワイスさまのために!」「エーデルワイスさま」「すべてはエーデルワイス様のために」「エーデルワイスさま」「エーデルワイス様」「エーデルワイスさま」「エーデルワイス様のために」「エーデルワイス様」「エーデルワイスさま」「エーデルワイス様」「エーデルワイスさまぁあああああ!!」
「――っ!」
――気持ち悪い。
戦場で、まだそんなものを盲信していられるこいつらが、あまりにも気持ち悪かった。
ここでは、エーデルワイスそんなものはなんの役にも立たないというのに。
「がっ……」
躊躇いはなかった。
オレは七霊を纏った剣で、目の前にいた兵士のを切り裂いた。
バターを切ったような手応えのなさとは裏腹に、兵士は白目を剝き、上半と下半まで綺麗に切斷されて、の海に沈んだ。
間違いなく致命傷だ。
「っ……!」
が疼く。
とは言っても、良心で心が傷んでいるわけではない。
オレのその様子を見た敵兵たちが、好機とばかりにオレに攻撃を仕掛けてくる。
そんな兵士たちを全て剣で屠ほふりながら、オレは魂の痛みを堪えていた。
最初は一。
次に、二、三、四。
オレが剣で兵士のを切り裂く度に、その數は際限なく膨れ上がっていく。
「っ……」
魂に、數字が刻み付けられていく。
それは、オレが奪い取った命の數にほかならない。
――奪い取った命の數だけ、自分のの時間を戻せる能力。
それが呪われた能力、『リロード』の正だ。
オレはついに、『リロード』を習得した。
「うぉおおおおおおおおお!!」
もう、オレと敵の兵士のどちらが上げている聲なのかもわからない。
次から次へと湧き出てくるらかなを裂き、切り捨てていく。
懐かしさに似た覚。
不思議と、人を殺すことに嫌悪や忌避は湧かなかった。
ただ淡々と、敵の命を奪っていく。
あっという間に、魂に刻み付けられた『リロード』のカウント數は百を超えた。
でも、まだ足りない。
オレは、オレたちは勝たなければならないのだ。
気がつくと、周りからエノレコート兵たちが消えている。
その代わりに、遠くから何かが飛んできた。
「ん?」
オレのに軽く當たり、地面に落ちたそれを拾い上げる。
「弓?」
それを確認している間にも、小さな衝撃が継続的にオレのに響いている。
オレのに軽く當たっているのは、數え切れないほど多くの弓矢だった。
威力が低すぎて気付かなかったが、普通の兵士ならこれが上から降ってきたらひとたまりもないだろう。
オレはすぐに、味方の兵士たちのために風の防壁を作った。
これで、敵の遠距離攻撃のほとんどを無力化することができるはずだ。
よし。
あとは適當に『巖弾ロックブリット』を撃ち続けていればそのうち終わるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……やっぱり、俺の目に狂いはなかったんだ」
それは伝説の再臨だった。
兵団長殿は最初に、エノレコートの兵士を自分のところに引き付けて、恐ろしい切れ味の刃で次々に殺していった。
敵の兵士の攻撃が當たっていないわけではない。
だが、兵団長殿の防力が異常とも呼べるほどに高いせいで、刃がを通らないのだ。
人を初めて殺すとは思えない剣さばきで、何のためらいもなく人間を薙ぎ払っていた。
接近戦ではどうにもならないことを悟ったエノレコートの兵士たちは、今度は遠距離攻撃を試みたらしい。
弓兵たちが集中して兵団長殿を狙い撃ちしていたが、兵団長殿はまるでそれが當たっていることにすら気が付いていないのではないかと思うほどに無反応だった。
ようやく反応したかと思うと、無詠唱で巨大な風の防壁を張って、他のディムール側の兵士が弓矢の被害に遭わないようにしていた。
あまりのデタラメぶりに、言葉すら出てこない。
相手の魔攻撃は、兵団長殿が霊を獨占しているために発すら許さない。
弓矢などの遠距離理攻撃は、兵団長殿が張った風の防壁のおかげで俺たちのところまで屆くことはない。
そして、武裝した敵兵たちは――、
「――『巖弾ロックブリット』」
兵団長殿の前に數え切れないほどの『巖弾ロックブリット』が展開され、敵兵に向かって出される。
辺りに悲鳴が響き、に大が空いた兵士たちがその場に崩れ落ちる。
阿鼻喚の嵐だ。
しかしそれを見てもなお、兵団長殿の顔には何の変化もない。
あれだけの兵士たちを死へと追いやっておきながら、まるでそれが取るに足らないことであるかのようだ。
それが俺には、とても恐ろしく、しかしこれ以上なく頼もしく思えた。
そう、それはまさに、かの有名な『終焉の魔』が目の前で戦っているかのような――。
「見ろッ! やっぱり俺たちの兵団長殿は最強だッ!!」
霊級魔師の名は伊達ではない。
烏合の衆相手に、何を恐れることがあろうか。
既に大勢は決した。
エノレコート側に、我らが兵団長殿を止められる者など存在しない。
そんな俺の予想を裏切らず、數を大幅に減らされたエノレコート軍は敗走を始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
疲れた。
それが初陣の素直な想だった。
あのあと、エノレコート軍は敗走を始めた。
あまりにもあっけない。
もっと泥沼化すると思っていたのだが、こちらの世界での戦爭はこんなものなのだろうか。
最終的にオレが殺した數は、四百十二人にも上った。
あまり実はないが、間違いなくオレが殺した命の數だ。
オレ個人でこれなのだから、エノレコート軍全で見た損害は計り知れない。
ちなみに、ディムール軍の犠牲者の數は五百人ほどだそうだ。
決してなくはない犠牲だが、ディムール軍はまだ一萬人以上の兵士を殘している。
 これから進む先で食料を調達しつつ進めば、十分にエノレコート城を陥落させることができるほどの兵力だ。
兵団長クラス以上の上たちが集まる會合でも、オレの活躍は取り上げられた。
中には、それをあまり快く思っていない輩もいるようだが、オレのことが怖くて口には出せないようだった。
まあ、不意打ちですらオレを殺せるような奴はディムール軍の中にはいないだろうし、仕方のないことなのかもしれない。
フレイズは複雑そうな表を浮かべていたが、何も言わなかった。
そういえば、ジャンたちから何か不思議な視線をじる時がある。
恐怖なのか、尊敬なのか、よくわからない視線をだ。
ジャンだけに留まらず、オレとすれ違う人々ほぼ全員にその視線を向けられる気がする。
なんなのだろうか一……。
そして、進軍することおよそ二週間。
特に何の妨害もなく、ディムール軍はエノレコート城付近――王都まで到著した。
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