《》第52話 告白
「うっ……」
オレが目を覚ましたのは、どこかの家の中だった。
ベッドからを起こし、周りの様子を確かめる。
ベッドの隣にあるこげ茶の機以外は、特に目立つ裝飾品もない、無骨な部屋だった。
時間はわからないが、窓の外は暗いので、多分夜だろう。
まだ季節的には初夏とはいえ、家の中はそれなりに暑い。
「……暑い、か」
『能力解析』を使うと、オレに殘された能力たちが目の前に表示された。
初めてこれを見た時と比べても、その能力の數がかなりなくなっているのがわかる。
どうやら『暑さ無効』もそのうちの一つで、エーデルワイスに奪われてしまったようだった。
水霊と火霊に頼んで、機の上に巨大な氷の塊を作ってもらう。
とりあえず、まだ霊は使えるらしい。
戦う力まで奪われなかったのは、不幸中の幸いだった。
氷の塊が近くにあるだけで、だいぶ違う。
オレがその冷たさに癒されていると、部屋のドアが開いた。
「……クレア?」
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そこにいるのは、間違いなくクレアだった。
どうしてクレアがここにいるのか。
そもそも、ここはどこなのか。
そんなことを尋ねようと思って、オレはクレアが呆然とした顔をしているのに気がついた。
「……ラ、ル?」
クレアはこちらに近づいてきて、「信じられない」とでも言うかのような表で、オレのをでる。
ここに生きているオレの命を、確かめるように。
「生きて、る……?」
「……? いや、生きてるだろ?」
クレアの呟きにそう返事してから、あっ、と思った。
オレはエーデルワイスに一度殺されたのだ。
もしかしたら、こちらの世界では本當に一度死んでいたのかもしれない。
そしてその死を、クレアは見たのかもしれない。
「クレア、もしかしてオレは――」
オレの言葉は、突然抱きついてきたクレアに遮られた。
「……よかった……本當に……っ!!」
いつも気丈に振舞っているクレアが、オレのの中で年相応のの子のように涙を流していた。
オレの無事を喜んで、泣いてくれていた。
「……心配かけてごめんな、クレア。もう大丈夫だから」
「……死んじゃったかと思ったんだよ!? というか、ラルはついさっきまで死んでたんだよ!? 心臓もいてなくて、も冷たくなってて……っ!」
自らの中にある激を吐き出すように、ぽろぽろと涙を流しながら、クレアがぶ。
やはり、オレは死んでいたのか。
予想はしていたこととはいえ、かなり心にくるものがあった。
「もう、一人で戦おうとしないで……。頼りないかもしれないけど、お願いだから私たちにも戦わせて……」
「クレア……」
泣きじゃくるクレアの頭をでながら、オレは思案する。
……どう答えればいいのだろうか。
昨日までのオレなら、どう答えるべきだと思っただろう。
でも、今、死の淵から舞い戻ってきたオレなら、その答えは一つだった。
「……オレは、弱い」
「え? そんなこと、ないよ。ラルは強い。それは私も、よくわかってる」
「いや、オレは弱いよ。オレ一人でできることなんて、たかが知れてる。――だから、みんなの力が必要なんだ」
オレの言葉を耳にしたクレアが、顔を上げた。
クレアは、信じられない言葉を聞いたような、そんな表を浮かべている。
それを見て、今までオレがどれだけ周りが見えていなかったのかを再認識した。
「オレは、みんなと一緒に未來を見たい。もう二度と誰一人欠けずに、みんなが幸せで笑い合えるような、そんな未來にたどり著きたい」
だから、
「――だから、クレア。復讐なんてやめよう」
「……え? な、何言ってるのラル」
クレアは、急に挙不審になった。
目に涙を溜めながらも、その聲はしだけ震えている。
「クルトさんを殺した奴に復讐したかったんだろ? だから、クレアはエノレコートの王都の近くにいた」
「――っ」
どうやら図星だったようで、クレアは再び顔を伏せてしまった。
「復讐の先に、んだ未來なんてやって來ない。オレにはそれがわかったんだよ。だから、オレはお前にクルトさんを殺した奴の名前を教えない」
クルトさんを殺した狂人――エーデルワイスの姿を思い浮かべる。
オレ自も、エーデルワイスに一度殺されかけた。
いや、殺されたと言っても過言ではないだろう。
だが不思議と、もう憎しみは湧いてこなかった。
それは、本當に大切なものが何なのか、わかったから。
「……でも! でも、あいつらはクルト兄さんを殺したんだよ!? クルト兄さんがどれだけ痛かったか……! クルト兄さんがどれだけ苦しかったのか、ラルは想像しなかったの!?」
クレアが顔を上げ、オレに詰め寄る。
その顔は、なお盡きることのない憎しみで埋め盡くされていた。
「あいつがクルトさんを殺した時、クルトさんが苦しんだのは事実だと思う。でもクルトさんは、今のクレアを見ればきっと悲しむよ」
「そんなこと――」
ない、と言い切ろうとして、クレアの言葉は途中で止まってしまった。
だって、クルトさんは、そういう人だったから。
そして、クレアも。
「オレの知ってるクルトさんは、誰よりもクレアのことを考えている人だった。そんなクルトさんが、復讐に取り憑かれてる今のクレアの狀態を見て、悲しまないって言いきれるか?」
「…………ずるい。そんなの、ずるい……」
「ああ。こう見えて、オレはずるい奴なんだ」
クレアは泣いていた。
でも、その涙はさっきまでのものとは確かに違っていて。
「だから、クレアもオレと一緒に來てくれ」
「……え?」
「オレが戦う理由は復讐じゃない。……オレは、オレたちの大切な人たちを護るために戦いたいんだ」
復讐ではなく、大切な人を護るために。
それは間違いなく、オレの戦う理由だから。
「そしてクレアにも、そうであってほしいって、オレは思う」
「――っ!!」
オレの言葉を聞いたクレアの顔が歪む。
「……クレアは、さ。オレが死んだとき、どう思った?」
「……悲しかった。辛くて苦しくて……もう死んじゃおうかなって、思った」
クレアがそこまでオレのことを想ってくれていたのは、純粋に嬉しかった。
だからこそ、オレはクレアに言葉を続ける。
「もう、誰も死なせたくないって、そう思わないか?」
「……うん」
「どんなに努力しても、どんなに願いんでも、過去は変えられない。絶対に、変えることなんてできない。……でも、未來は変えられる。未來を決めるのは、『今』のオレたちだ」
クルトさんが死んだという『過去』は変えられない。
でも、これから誰かが死ぬかもしれない『未來』は変えられる。
「だから、オレと一緒に、オレたちの未來のために戦ってくれないか?」
「……私なんかで、いいの?」
「クレアがいい。それに、クレアにしかできないことが、きっとある」
「……それなら私は、ラルと、一緒がいい」
もう、クレアは泣いていなかった。
瞳に強いをたたえて、彼は微笑む。
「私も、もう一つだけ、言ってもいい?」
「……いいよ」
「私は、ラルのことが好き」
「……うん」
「私は王族で、本當なら自分のしてる相手と結ばれるなんて不可能な分だけど、私はラルのお嫁さんになりたい」
それは、あまりにも真っ直ぐな、クレアからの好意だった。
そして、あまりにも強い決意をたたえた彼の瞳を見て、オレは決めた。
「オレは、カタリナのことが好きだ。それに、あともう一人、幸せにしたいと思ってるの子がいる。……この気持ちは、譲れない」
カタリナと、キアラの顔が脳裏に浮かぶ。
どちらも、オレが幸せにすると決めているの子だ。
「……うん」
「……でも、もしそれでもいいってクレアが言ってくれるなら、オレは君の支えになりたい」
都合のいい言い分だとは思う。
勝手な言い分だとも思う。
でも、それが今のオレの、噓偽りのない本心だったから。
「――それでも、いいよ」
だから、クレアがそう言ってくれて、オレは本當に嬉しかった。
「ひゃっ!?」
オレはクレアを抱きしめた。
そして、改めて彼に問いかける。
「本當に、これでよかったのか?」
「……いいの。ずいぶんと、遠回りしちゃったけど、これでいいの」
「……そっか」
クレアがそれでいいと言うのなら、オレが言うことは何もない。
クレアのことを抱きしめながら、オレはクレアの頭をでる。
「んっ……」
「ん? どうした?」
「……ラルに頭をでられるのって、すごく新鮮だなって思って」
「あー。そういやクレアの頭はあんまりでたことないような気がするなぁ」
「……だから、これからはたくさんでてほしいな」
「……お、おう」
幸せそうな表を浮かべながら、クレアがをすり寄せてくる。
その姿を見て、オレはようやくクレアと心を通わせることができた気がした。
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