「――霊よ」

肋骨と肩の治療を霊たちに任せて、オレは立ち上がる。

前には、敵がいる。

オレを殺すために立ち上がった人間がいる。

ならば、オレもまた、殺す気でこいつの相手をしなければならない。

七のを纏った剣つるぎを構えるロードを睨みつけながら、オレは亜空間から一本の剣を取り出した。

清純な気配をじさせるその剣を、ロードに向けて構える。

これは、八歳の誕生日の日に、フレイズから貰ったものだ。

七霊を纏った刀は七のに包まれ、敵を切り裂くその時を待っていた。

「ふぅん……」

ロードは、オレの剣を興味深げに眺めている。

その視線に、薄ら寒いものをじずにはいられなかった。

『大罪』の魔師となったロードの力は未知數だ。

霊級の魔をどの程度扱えるのかもわからなければ、『嫉妬』の魔師がどんな能力を使ってくるのかもわからない。

次の瞬間、何が起きても不思議ではない。

目の前にいるのは、オレのよく知るロードではない。

『嫉妬』の魔師、ロード・オールノートなのだから。

「しはマシになったみたいだね」

今度は見えた。

ロードが振るった剣は、オレを両斷せんと真っ直ぐに向かってくる。

け止めるのは容易だった。

「ぐ……っ」

しかし、重い。

しでも気を抜けば、そのまま押し切られてしまいそうなほどの重圧。

このまま打ち合うのは危険だ。

「――風霊よ」

「……っ！　チッ！」

そう判斷したオレは風霊をり、突風を引き起こした。

閉された空間に突如吹き荒れた暴風が、オレからロードを引き剝がし、そのまま壁に叩きつける。

「かは……っ」

その姿を確認する前に、オレは駆け出していた。

七霊を纏った刀は、どんなに質なものでも容易に切り裂くことができる。

いかに『大罪』の魔師とはいえ、この一撃をまともに食らえば即死は免れない。

「舐め……るなッ！　風霊よ！」

「ッ！？」

咄嗟とっさに出せる、ありったけの力を使って叩きつけたつもりだったが、ロードはすぐに勢を立て直していた。

ロードは、オレが使ったのと全く同じ霊を使って、向かってくるオレを吹き飛ばし、次の魔を発させるための準備にる。

「『巖弾ロックブリット』！！」

だが、こちらのほうが早い。

オレは、周りに大小さまざまな大きさの『巖弾ロックブリット』を形し、それをロードに向けて放った。

ものすごいスピードで高速回転しながら迫るそれを、ロードは涼しげな顔で対処する。

あるものは剣で撃ち落とし、またあるものはをズラすことで回避していた。

それはまるで、『巖弾ロックブリット』など魔を使うまでもない、とでも言うかのように。

しかし、中には微妙に掠っている巖弾もある。

頬に一本の赤い筋がり、が滲んでいた。

致命傷ではないにせよ、ダメージは與えられているはずだ。

「甘いよ」

ロードのの周りに、霊たちが集まってくる。

周囲で明滅を続けるそのは、まさにオレが傷を癒すために纏っているのと同質のものだ。

彼らは、ロードが僅かにけた傷を癒していた。

……知らなかった。

ロードがここまで努力して、オレに近い力をつけていたなんて。

いや、今のロードは、オレを凌駕する力を持っている可能すらある。

意識を失ったクレアを庇いながら戦っていたのでは、敗北もあり得ない話ではない。

「……ダリアさん」

オレは、ダリアさんの名前を呼んだ。

どうやら、クレアを庇いながらオレの後方で待機してくれていたらしい。

「クレアを連れて、ロミードまで逃げてください。連絡は『テレパス』でお願いします。『テレパス』のやり方は、クレアに聞けばわかると思いますので」

「……わかりました」

ダリアさんは、クレアを抱きかかえて廊下の奧へと消えていった。

全然知らなかったが、どうやらそちらに抜け道があるようだ。

ロードは、その一連の様子をのない目で見つめていた。

その様をし不気味に思いながらも、オレはロードに尋ねる。

「クレアを逃がしていいのか？」

「構わないよ。どうせ君たちは、僕たちからは逃げられないんだから」

まるでそれが揺るがない事実であるかのように、ロードは淡々とそう言った。

たしかに、エーデルワイスとカミーユは強大な魔師だ。

だが、何がロードにそれほどの自信を與えているのか、オレにはよくわからなかった。

「そろそろ、君の傷も癒えただろう？　本気で來なよ」

たしかに、さっきまであった肋骨の痛みは引いている。

霊はしっかりと仕事をこなしてくれたようだ。

なら、お言葉に甘えさせてもらうことにしよう。

もっとく。

もっと鋭く。

もっと疾はやく。

回転と発を織りぜることで、『巖弾ロックブリット』の殺傷力を底上げする。

そうして、オレの周りに大量のそれが現れ、

「――『巖裂弾ロックキャノン』」

眼前の敵に向かって、吸い込まれるように向かっていった。

「ッ！！　『巖壁ロックウォール』！！」

オレが発した魔に何かをじ取ったのか、初めてロードが警戒した様子を見せる。

『巖裂弾ロックキャノン』が放たれる直前、ロードが『巖壁ロックウォール』を発させた。

次の瞬間、強烈な発音が廊下に響き渡る。

風に巻き込まれないように、オレは『空間斷絶』を発させた。

『空間斷絶』を周りの空間を覆うようにして発させている間、オレは魔を使えない。

空間が途切れているため、斷絶させた空間外にいる霊たちに指示を出すことができないからだ。

したがって、追撃をすることもできない。

風と土煙が上がり、視界は非常に悪い。

ロードはどうなったのだろうか。

『空間斷絶』を解除し、周りの様子をうかがう。

し視界がよくなると、現狀を把握することができた。

「なっ……」

『巖壁ロックウォール』は、壊れていなかった。

表面のあちこちに大きなクレーターができてはいるが、それだけだ。

それは、オレが學試験で使ったものとは比べにならないほどの厚さと強度を誇っていた。

「今のはちょっと危なかったよ！」

その壁が崩れ落ち、好戦的な表を浮かべるロードが現れた。

だが、もちろん怪我をしている様子はない。

先ほどの攻撃を完全に防ぎきっていた。

「……クソ」

どの攻撃も、決定打に欠ける。

ロードを倒せるビジョンが浮かんでこない。

「それで終わりかい？　それなら、今度は僕がいかせてもらおうかな」

そう言ってロードが右手を上げると、空中に無數の『巖弾ロックブリット』が姿を現した。

ほとんど隙間なく展開されたそれが、オレのほう目がけて一斉に放たれる。

「――『空間斷絶』」

咄嗟に発させた『空間斷絶』のおかげで、オレを貫くはずだった『巖弾ロックブリット』は、オレを通り抜けて後ろの壁に次々に著弾した。

かなりの強度を誇るはずの地下牢の壁が、『巖弾ロックブリット』によって破壊されている。

その威力は言うまでもなく高い。

「でも、決定打に欠けるのはお前も同じだろう、ロード。お前の攻撃じゃ、オレを殺せない」

「……さて、それはどうかな」

オレのそんな言葉に対しても、ロードは不敵な笑みを浮かべるだけだ。

何か策があるのだろうか。

だが、構うものか。

こちらの次の策は、既に完している。

「――ッ！？」

ロードが驚愕の表を浮かべた。

しかし、遅い。

地面から生え出た大量の手が、ロードののきを封じていた。

「どうだ、ロード？　手に絡め取られた気分は？」

ロードは答えない。

風霊の気配が強くなり、ロードが霊を発させようとしているのがわかった。

しかし、

「無駄だ」

ロードが霊を発させるそぶりを見せる度に、オレはロードの周囲の霊を散らす・・・。

結果、ロードの霊は不発に終わる。

「……っ！」

そんなことを何回か繰り返すうちに、ようやくロードの表に焦りのが浮かんだ。

どうやら、ロードは『強制移』が使えないようだ。

『大罪』として覚醒したと言っても、まだエーデルワイスほどの力は無いのだろう。

こいつをこのまま放っておくのはあまりにも危険だ。

殺せるうちに殺しておかなければ。

「……終わりだ。ロード」

七霊を刀に纏わせ、オレはロードに切りかかろうとした。

「…………」

手が、震えていた。

が言うことを聞かない。

ロードと過ごした日々の記憶が蘇る。

朝、オレが寢坊したら、呆れた表を浮かべながらも家の外で待っていてくれたロードの姿を思い出す。

アミラ様やクレアと一緒に訓練していたロードの姿を思い出す。

そんな景が、今はどこか別の世界での出來事だったように思えてくる。

転生して、初めてできた男友達だった。

死ぬまでずっと親友だと思っていた。

なのに、どうしてこんなことになっているんだろう。

……なんでこんなことをしているのだろう、オレは。

「だから甘いんだよ。君は」

オレの気が逸れたのを察知したロードが、『風の刃ウィンド・カッター』を発させた。

ロードを拘束していた手が切斷され、ロードのが自由になる。

「しまっ――」

だが、もう何もかもが遅かった。

ロードが発させた手が地面から生え、オレのを拘束する。

「クソ……ッ！」

霊を発しようとしても、ロードに霊を散らされてうまく発しない。

先ほどまでと、まるっきり立場が逆転している。

完全に詰みだった。

「君の敗因は、覚悟が足りなかったことだ」

ロードが、囁くように言う。

「僕を殺せばよかったのに、できなかった。その時點で、こうなることはわかっていただろうに……」

何も言い返せなかった。

その通りだと思った。

結局オレは、どこまでいっても甘いのだ。

「それじゃあ、さようなら。ラル君」

隠しきれない歓喜をその顔にり付けたロードが、オレのを両斷せんと、七霊を纏った剣を振るった。

決して避けることのできない一閃。

オレは覚悟を決めた。

「…………？」

……だが、いつまで経っても、ロードの刃がオレのを両斷することはなかった。

「なんだ、これ……」

の。

そうとしか形容できないものが、オレの目の前でロードの剣を止めていた。

そして、

「――そこまでよ」

憮然とした表を浮かべたダリアさんが、オレたちの後ろに立っていた。