《》第61話 連行
エーデルワイスに連れられ、オレは王城の中を歩かされていた。
移中も、エーデルワイスは周りの霊を完全に掌握しており、オレが抵抗する余地を與えない。
油斷も隙もあったものではなかった。
窓から見える空は薄暗いが、おそらく曇っているだけで晝間だろう。
時間覚がなくなっていたオレにとっては、そんな報でも有用だ。
そして、しばらく歩かされた結果連れて來られた場所には、見覚えがあった。
「ここは……」
七年前、クレアを牙獣の魔の手から救った場所だ。
懐かしさに浸る余裕など、あるはずもないが。
あの頃と比べて、特に何が変わっているというわけでもない、しい庭園。
……だが、そこにいる人間たちは、異どころの話ではなかった。
「――っ! ラルさまっ!」
「ラル……!」
「カタリナ……それにクレアも」
オレの気配に最初に反応したのは、カタリナとクレアだ。
カタリナは泣いていたせいか目が赤く腫れており、いつもは立っている耳も今はぺたりと倒れてしまっている。
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クレアは泣いてはいないものの、その顔は憔悴しょうすいのが濃い。
生粋のお嬢様であるクレアにとって、今のこの狀況はかなり堪こたえるのだろう。
二人とも、オレと同じようなのに拘束されてはいるものの、生きてはいた。
その事実に、オレはゆっくりと息を吐く。
そして、その隣に立っているのは、
「やあ、ラル君。見るに堪えない姿だね」
「……ロード」
不敵な笑みを浮かべたロードが、オレのほうを見ていた。
今のところ戦意はじないが、『嫉妬』の魔師であるロードはオレを打倒できるほどの力の持ち主だ。
人質が取られている以上、むやみに刺激するのは得策ではない。
ふと、ロードの後ろにいた人を視認した瞬間、オレは凍りついた。
「ロードくん。カタリナちゃんがラル君の姿を見て喜んだことに腹を立てるのは構いませんが、まだラル君を殺してはいけませんよ?」
「……わかっていますよ、カミーユ様」
ロードが何か言いたそうに口をかそうとしたが、押し黙る。
だが、今のオレはそんなことに意識を割く余裕がなかった。
――『憤怒ふんぬ』の魔師、カミーユ。
そこにいるのは、そう呼ばれる存在に他ならない。
背骨は老婆のように折れ曲がっており、のような赤いドレスをにつけ、ボサボサの黒髪は地面にれるほど長い。
だが、今オレの目の前にいるそれ・・は、かつて対峙した『憤怒』とは、比べにならないほど禍々しい狂気を纏っていた。
「ああ、ラル君もお久しぶりですね。そういえば、ワタシの本・・と顔をあわせるのはこれが初めてでしたか。そんなに怖がらなくても、今はまだ何もしませんよ」
「……それはどうも」
オレの素っ気ない返事に満足したのか、カミーユがそれ以上口を開くことはなかった。
そして、カミーユの言葉から、オレは一つの理解を得ていた。
今オレの前にいるのは、あの時アミラ様と共に対峙した紛まがいではなく、正真正銘本の『憤怒』だ。
「……ラルフ。済まぬ。ワシが不甲斐ないばかりに……」
「アミラ様……無事でよかったです」
カミーユの隣で俯いているのは、アミラ様だ。
アミラ様にも、オレと同じようなのが取り付けられている。
この拘束をつけられて、霊級魔師でもあるカミーユの近くにいては、アミラ様でも魔を扱えないのだろう。
「本當に不甲斐ないですよ。ロードくんがワタシたちの側についた瞬間のあの表……とてもけなかったです。今思い出しただけでも笑いがこみ上げてきますよ」
そう言って、微笑みを浮かべるカミーユ。
そんなカミーユの姿に目もくれず、アミラ様はロードを睨みつけて、
「……後悔するぞ、ロードよ。斷言できるが、そやつらと共にいても、決してお前の願いは果たされぬ。――必ず、裏切りを後悔する日が來る」
「お心遣い痛みります、アミラ様。ですが、これは僕が決めた道。あなたにとやかく言われる筋合いはありませんよ。それに――」
ロードは僅かに目を細めて、
「――裏切り者は貴方でしょう。アミラ様」
「――っ」
「いやはや、恐れりましたよ。まさか、貴方が『大罪』――『強ごうよく』の魔師だったなんてね。よく今までバレずに王國に寄生できたものだ」
「…………」
「本來であれば、『大罪』をに宿している時點で、あなたもこちら側の人間のはず。それが此の期に及んでか弱い抵抗を続けているのですから、これを無様と言わずして何と言いましょうか」
ロードの言葉をけるアミラ様は、押し黙ったままだ。
だが、その會話を聞いていたオレはそれどころではなかった。
「……アミラ様が、『大罪』の『強』……だと?」
「そうだよ。その様子だと、やっぱりラル君も知らなかったみたいだね」
驚愕の事実をけてようやく聲を絞り出したオレに対し、ロードは肩をすくめる。
……予想外、どころの話ではない。
それはオレにとって、欠片も想定していなかった可能だ。
「でも、アミラ様はオレ達に敵意はないはずだ」
「そう、ないんだよ。それが問題なのさ。本來であれば、この世界の浄化の助けになって然るべき『大罪』が、勝手な理由で自分の役割を果たすことを放棄してるんだからね」
なるほど。そういうことか。
その事実を踏まえると、カミーユやロードがアミラ様に敵意を持っているのも頷ける。
「……うむ。ワシはそなたの味方じゃよ。ラルフ」
アミラ様は沈痛な表を見せつつも、そう斷言した。
狀況は依然として最悪だが、アミラ様が変わらずにオレたちの味方でいてくれているのは素直に喜べるところだ。
「ありがとうございます、アミラ様。……あなたが『大罪』だろうが何だろうが、オレは気にしません。だから、お願いします。ずっとオレたちの味方でいてください」
オレがそう言って頭を下げると、アミラ様は目を丸くした。
それから、その目が僅かに憂いを帯びたものに変わり、
「……うん」
最後に、アミラ様はしっかりと頷いた。
それがオレには、悲壯な決意をめたものに見えた。
そんなアミラ様に、聲をかけようとした瞬間、
「お取り込み中のところ悪いのだけれど、こちらに來てちょうだい」
ダリアさんの姿をしたエーデルワイスに腕を強く摑まれて、オレの聲は霧散する。
そのまま、エーデルワイスはオレの腕を摑んで歩き始めた。
その隙に、オレは考えを巡らせる。
フレイズは洗脳され、ロードは寢返り、クレアもカタリナも敵に捕らえられている。
アミラ様もあの狀態では、とても戦力として期待できない。
今のところ、戦力として期待できるのはキアラだけだ。
あとは、ヘレナがどれだけ兵を集められるか、と言ったところか。
しかし、連絡手段がない今、オレにはどうすることもできない。
このまま流れにをまかせるしかないのか。
抵抗らしい抵抗もできないまま、オレは中庭の中央まで連れてこられた。
そして、その先に、
「なんだ、これ……」
の半球。
そうとしか形容できないものが、中庭のど真ん中にあった。
ドーム狀のそれは、キラキラとした黃金のを放っている。
大きさもかなり大きい。
おそらく、直徑十メートルぐらいはあるのではないだろうか。
「アリスはこれぐらいしないと大人しく捕まってくれないのよ。幽の狀態でここまで手こずらされるとは思ってなかったけど、完全に復活したときのことを考えると期待できるわね」
「この中に、アリスが……?」
エーデルワイスの話によると、この中に囚われているのは、『終焉の魔』アリスのようだ。
だがそれよりも、オレは目の前の現実に目を奪われていた。
「エーデルワイスが、二人……?」
目の前には、二人のエーデルワイスがいた。
一人は、オレと戦ったときの扇的な格好をした金眼の魔の姿。
もう一人は、オレを連れてきたダリアさんの中に宿るエーデルワイスだ。
オレは今まで、ディムールへの帰途のどこかで、エーデルワイスに出し抜かれたのだと思っていた。
だが、これは何だ。
目の前の現実に理解が追いつかないまま、自だけが進行していく。
「それにしてもあの子、相當ラルくんにご執心みたいね。もしかして、アリスが言ってたのは、ラルくんのことなのかしら」
エーデルワイスが何事か話しているが、何のことなのかよくわからない。
「ほら、アリス。ラルくんを連れてきてあげたわよ。今からしだけ解除してあげるけど――しでも抵抗したら、ラルくんの首を落とすわ」
「――わかった」
その中から聞こえてきた聲を聞いた瞬間、オレは凍りついた。
「さあ、ラルくん。中にるわよ」
――待て。
エーデルワイスが手をかざすと、の半球の一部が消失し、その中にることができるようになる。
そして、その中がどうなっているのか見ることも、できる。
――待ってくれ。
「何をもたもたしているの。早くりなさいな」
エーデルワイスに背中を押され、オレは半球の中に足を踏み出していた。
淡いに包まれながら、オレが目にしたのは――、
「……ラルくん」
「……キア、ラ?」
キアラが、の十字架に拘束されている姿だった。
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