《》第62話 『キアラ』=『―――』

キアラの狀態は、思わず目を背けたくなるほど凄慘なものだった。

の十字架にを拘束されているのだが、の杭くいが、キアラの両手の手のひらと、両腕の數カ所を貫いている。

見ると、両腳も同じような狀態になっていた。

「大丈夫か、キアラ?」

「大丈夫とは言えないかな……。でも、うん。まだ頑張れるよ、ラルくん」

オレの呼びかけに対し、弱々しい笑みを見せながらも頷くキアラ。

そこまでの深手を負っていながら、キアラにはまだ抵抗する気力が殘っているようだった。

「――キアラ・・・。……そう。ラルくんにはそう名乗っていたのね。そうよね、自分の本當の名前を知られたら、ラルくんに嫌われちゃうものね。うふふ、可らしいところもあるじゃない」

そんな妄言を吐くエーデルワイスに反論しようとして、できなかった。

オレの中で、恐ろしい一つの答えが導き出されそうになっているからだ。

「どういう……ことだ。そこにいるのは、キアラ、だろ……?」

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オレが必死に絞り出したその聲は、けないほどに震えていた。

そんなオレに対して、エーデルワイスは喜を隠せない様子だ。

「もう、わかっているんでしょう? それ・・の本當の名前はアリス・シェフィールド。『大罪』、『傲慢ごうまん』の名を冠する、『終焉の魔』よ」

「やめてぇ!!」

キアラが悲痛なび聲を上げる。

オレはその容よりも、キアラがそんな聲を上げたことに対して驚いてしまった。

がそんな悲痛な面持ちで、そんな聲を上げるなど、想像もつかなかったからだ。

「あなたも、名前ぐらいは知っているでしょう? そこにいる幽霊――いえ、今は魂だけの存在になっているアリスは、かつてこの世界を滅ぼそうとした災厄。數えきれないほどの命を摘み取り、踏みにじってきた、史上最悪の魔師なのよ」

「ちがう……私は……そんな……」

「どうして否定するの? あなた、笑いながらとても楽しそうに殺していたじゃない。必死に自分の子どもだけは助けてほしいと命乞いをする若い母親を。その母親がピクリともかなくなったあと、隣で泣き喚いていたを。そのなじみで、將來はお父さんの店を継ぐことを夢見ていた年を。息子を無殘にも殺されて、怒りに狂っていた父親を。その父親の友人も。お隣に住んでいたおばあさんも。目に映るいていたものは、片っ端から殺していたじゃない。なんの慈悲も何の躊躇ちゅうちょもなく、まるで蟲けらのように。わたくしは憶えているわよ? あのときの、あの頃のあなたの顔を。――とても、満たされた表をしていたわ」

エーデルワイスの言葉に、オレは絶句する。

「ちがう……ちがうのラルくん……」

キアラは顔面を蒼白にして、エーデルワイスの言葉を否定している。

オレには、その理由がわからなかった。

どうしてキアラは、顔面を蒼白にしているのだろう。

……それではまるで、エーデルワイスの言葉が事実のようではないか。

「……キアラ。違うんだよな?」

「……ラル、くん」

憔悴しょうすいしきった表のキアラに、オレは問いかける。

いや、それはもはや、問いかけではなかったかもしれない。

「全部、エーデルワイスの妄言なんだろ? そうだよな?」

「わた……私、は……」

キアラは目を伏せて、オレへの返事を言い淀むだけだ。

「――――」

どうして、言い切ってくれないのだろう。

どうして、信じさせてくれないのだろう。

キアラがちゃんと否定してくれさえすれば。

そんな事実はないと、聲を張り上げてさえくれれば。

オレは、キアラのことを信じられるのに。

エーデルワイスの言葉が取るに足らない妄言だと、割り切ることができるのに。

そんなオレとキアラの様子を靜観していたエーデルワイスが、口を開いた。

「……わたくしにはわかるわ。あなた、自分の『罪』から目を背けて、好きな男の前でいい格好をしたいだけなんでしょう?」

「――――ッ!!」

「ねえ、そんなにラルくんのことが好きなの? ラルくんのどこが好きなの? このさを殘しつつも凜々しい顔? き通るようなこの翠眼? を浴びて鈍く輝くこの銀髪? 細いようで実はそれなりにしっかりした板? それともアレの大きさとか形が好みとか?」

「そ、そんなんじゃ……ない……!」

「それじゃあ面が好みなの? ラルくんは優しいものね。ラルくんなら、こんな罪に塗れた自分でもけ容れてくれると思ったの? うふふ、なんて淺ましいのかしら。いいわぁ、とてもいい」

エーデルワイスが恍惚とした表を浮かべる。

それは、オレが今まで見た中で一番幸せそうな彼の顔だった。

……今のところ、エーデルワイスはキアラへの言葉攻めに夢中で、オレのことは眼中にもない。

この隙に、何か行を起こせないものか――。

「ん……?」

ふと、キアラの隣に何かが置いてあるのに気がついた。

――それは、棺ひつぎだった。

赤を基調としたその棺全に、見事な意匠が凝らされている。

だが、オレの目を引いたのは、そんなものではなかった。

すぎる闇霊の気配が、その棺から発せられている。

常人であればれただけで気がれてしまうであろう圧倒的な闇の気配に、さすがのオレも冷や汗が止まらない。

なんなのだ、これは。

「ああ、それはアリスのの本が封じられている棺よ。その封印を解除して、アリスを復活させるの」

オレの目線に気付いたエーデルワイスが、何でもないことのようにそう言う。

……だが、オレはその中がキアラのだとはとても思えない。

もし本當にキアラのが封じられているのだとしても、あの中にっているのはそれだけではないように思えた。

それに、

「……お前たちは、キアラを蘇らせてどうするつもりだ」

「決まってるじゃない。アリスに復活してもらって、力を合わせて一緒にこの世界を浄化するの」

「……そううまくいくとは思えないけどな」

昔のことはわからないが、今のアリス――いや、キアラが、世界の終焉をむとはとても思えない。

だが、エーデルワイスはかぶりを振って、

「うまくいくわ。わたくしにはわかるの。アリスの中には、まだ闇が殘ってる。暗くて深い闇がね。それを引き出して白日の下に曬してあげるのが、アリスと友人でもあった、わたくしの使命なのよ」

何がそこまで彼の自信を裏付けているのか、オレにはわからない。

とにかく、エーデルワイス達は、キアラの――『終焉の魔』の復活を目論んでいるのだとわかっただけでも収穫か。

「さて。それじゃあ、そろそろ行きましょうか。――ヴァルター!」

「――お呼びでしょうか、エーデルワイス様」

エーデルワイスがその名前を呼ぶと、見覚えのある顔をした男がオレたちの背後に現れた。

「広場に移するわ。衛兵と騎士たちの移はあなたに一任する。……しっかりお願いね?」

「――はっ。すべてはエーデルワイス様のために」

その男――ヴァルター陛下が、エーデルワイスにこうべを垂れる。

その景を目の當たりにして、オレはようやく一つの結論に思い至った。

オレが先日會った時にはすでに、ヴァルター陛下はエーデルワイスの中にはまっていたのだと。

ヴァルター陛下がこの場を去ったのを確認したエーデルワイスは、「さて」と手を叩く。

「役者は揃った。『』、『憤怒』、『嫉妬』、『強』、そして『傲慢』。……まあを言えばもうしかったけれど、なんとかなるでしょう」

そして、それを言い終わると、オレとキアラのほうを見て、

「一緒に來てもらうわ。終わりを始めるために、ね」

狂笑を顔面に張り付けた魔が、そう言って笑った。

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