《》第63話 処刑準備
エーデルワイス達に連れられてオレたちがやってきたのは、王都で一番大きな広場だった。
小さめの學校であれば、すっぽりと収まってしまうほどの広さだ。
平時であれば屋臺が出ていたり大道蕓が行われていたりするのだが、今はそんな活気など微塵もない。
代わりに、今の広場は異様な熱気に包まれていた。
広場を囲うように待機する大勢の衛兵と騎士たちの後ろには、王都の人たちが広場の騒ぎを聞きつけて集まってきている。
普通なら、これだけの人數の人間がいれば騒がしくなるものだが、不思議なことに話し聲のようなものはほとんど聞こえない。
大方、広場の中央部分の異質さに気を取られているからだろう。
「くっ……」
その広場の中央で、オレたちはの十字架に拘束され、橫並びにされている。
の半円から解放されたキアラと赤い棺のすぐそばには、エーデルワイスのオリジナルが。
アミラ様のすぐそばには、カミーユが。
そしてオレとクレアの近くには、ダリアさんの姿をしたエーデルワイスが、それぞれ目をらせている。
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カタリナだけは、し離れたところにいるロードの隣に拘束された狀態で座らされていた。
エーデルワイスとカミーユも、カタリナだけは生かしても構わないと思っているようだ。
ロードがカタリナに執心しており、カタリナ自、彼らにとって何の脅威にもなり得ないからだろう。
キアラのように手足を貫かれているわけではないが、神的な圧迫はかなりのものだ。
アミラ様も、顔を俯かせたままく様子がない。
ディムールのお姫様であるクレアも、長時間耐え切れるとはとても思えなかった。
そんなオレたちの姿を見て、ヴァルター陛下はあざ笑うかのように口元を歪める。
「これからお前たちは、ディムールへの反逆の罪で処刑される。エーデルワイス様に逆らう不屆き者共め。その罪、貴様らの命を以もって贖あがなうがいい」
「そんな……っ! お父様……正気に戻ってください……! お父様……っ!!」
ヴァルター陛下の瞳は、あまりにも空虛だった。
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クレアの悲痛なび聲も、もう屆かない。
そんな親子のやりとりを、エーデルワイスはこれ以上ないほど面白いものを見るような目で見ていた。
「面白い見せね。ありがとうクレアちゃん。わたくしを楽しませてくれて」
「――ッ!! だれの、誰のせいだと思ってるの……!? 全部あなたがやったことでしょ!?」
「そうよ? だから面白いんじゃない」
クレアの怒りなど、エーデルワイスはどこ吹く風だ。
そんなエーデルワイスの態度に、クレアはがっくりと肩を落とす。
當然だ。
狂人に、人の道理が通用するはずがないのだから。
それがわかっていても、吐き気を催すほどの悪辣さに、オレも嫌悪を抑えることができなかった。
「それにしても、いい趣味だな。磔はりつけとは……」
自分の姿を見下ろしながら、オレは悪態をつく。
クレアやアミラ様と同じように、オレもの十字架にを拘束されている。
周りの霊たちも、オレに味方してくれる者はいなかった。
「『始祖』デスロ・エノレコートは、十二人の超人と七人の魔師たちによって磔刑たっけいに処されたと伝えられているわ。以來、エノレコートの重罪人たちは、ずっとこの方法で処刑されてきたの。栄に思いなさいな。あなたたちも、彼らと同じように死を迎えることになるのよ」
「へー。そうなんだ。そりゃ栄だな」
「反抗的な態度ね、ラルくん。そんなだと長生きできないわよ?」
オレの態度にエーデルワイスは不満げな顔をしていたが、すぐにそれを崩す。
こちらに近づいてくる人間の気配に気づいたからだ。
「そちらは問題ないかしら? カミーユ」
こちらに近づいてきた赤い服の――カミーユは頷き、
「ええ、問題ありません。『霊の鍵』の起確認は既に終わっていますし、アレがアリスのが封じられている棺であることは疑いようがありませんから」
「そう。それならいいの」
カミーユの手の中には、淡いを放つ白い球があった。
あれが、『霊の鍵』なのだろうか。
聞いたところ、何かの魔道のようだが……。
それに、こいつらは一、どこからキアラのが封じられた棺を見つけてきたのだろう。
むやみやたらと探して、見つかるものとも思えない。
「――『最果ての窟』の最深部。この世界の一番深い場所。その棺はそこにあったのよ。もっとも、わたくしもカミーユも、その場所の存在に思い至ったのはたった三年ほど前の話なのだけれど」
オレの心を見かしたかのように、エーデルワイスが口を開いた。
しかも、その名前には聞き覚えがある。
「『最果ての窟』……?」
それはたしか、ずっと前にキアラと一緒に攻略することを約束していた迷宮の名前だ。
もしかしなくても、キアラは知っていたのだろう。
その最深部に、自の封印されたが眠っていることを。
「それに、わたくしたちにとっても、あれがあんな狀態になっていたのは予想外だったわ。いい意味で、だけど」
「『最果ての窟』に挑み、そしてそれが果たされぬまま無殘にも死んでいった人間たちの後悔、生者への羨……そんなものが溜まりに溜まった場所に、百年間も浸されていたのですから、中のが闇霊と同化していてもなんら不思議ではありませんよ」
カミーユがなんでもないことのように言うが、あれほど濃な闇霊に包まれていたとなると、中が変質してしまっている可能もある。
それがなぜエーデルワイス達にとって都合がいいのか、オレにはよくわからない。
「クソっ……」
カミーユの言葉を聞きながら、オレは必死に頭を回転させる。
――エーデルワイス達は、キアラの復活をんでいる。
それが、彼たちの唯一にして最大のウィークポイントだ。
奴らがそれに固執している以上、付ける隙はある。
今のキアラは、昔のキアラとは違う。
どうして昔のキアラが世界の破滅をんでいたのかはわからないが、今のキアラが、そんなことをむはずがない。
彼はオレたちの味方だ。
を取り戻したキアラなら、オレたちの拘束を外すことぐらい、容易にできるはず。
そうなれば、いかに相手に三人の『大罪』がいるとしても、簡単ではないだろうが……勝てる未來は見える。
キアラはもう、エーデルワイスやカミーユが知っている『終焉の魔』などではない。
キアラはキアラだ。
「……そうね。あまり長引かせても仕方がないし、そろそろ始めちゃいましょう」
エーデルワイスが手を叩き、全員の前に立った。
そして、食獣のような目で微笑みかけて、
「じゃあ、誰から殺しましょうか」
「――――ッ!!」
あっけらかんとそう言い放ったエーデルワイスの目を見て、オレは戦慄する。
恐怖がを支配して、きがとれない。
全から嫌な汗が噴き出した。
なぜなら、エーデルワイスが他でもない、オレだけを見ていたからだ。
「……オレを、最初に殺すつもりなんだろ?」
「あら、どうしてそう思ったのかしら?」
「目を見りゃわかる」
オレの返答に、エーデルワイスは肩をすくめる。
どうやら當たっていたらしい。
「まあ、そうね。でも、あなたを殺すのはわたくしではないの」
「……なに?」
「――君を殺すのは、僕だ。ラル君」
それまで靜観していたロードが、そう口にする。
その冷たすぎる気配に、オレの背筋に薄ら寒いものが走った。
「ロードくんは、まだ『嫉妬』として未なの。でも、妬ましいあなたを殺せば、大きく長することができるはずなのよ」
「恥ずかしいことに、僕はまだまだ『大罪』の魔師としては未でね。霊級の魔は扱えるけど、『大罪』固有の魔はまだ扱えないんだ。――だから君を殺して、僕は本當の『僕』になる」
「……なるほど。趣味が悪いな」
ロードの長もそうだが、オレを殺せば、最も簡単にここにいる全員を絶に追いやることができる。
まして、オレを殺したのがロードなら、アミラ様やクレア、それにカタリナがける心的ダメージは計り知れない。
キアラはロードと顔を合わせたことがあまりないはずなので、彼に対して特に思うところはないだろうが、エーデルワイスがオレに手を下すより、よほど悪辣でタチが悪いと言える。
「それじゃあ、やってしまいなさい」
「わかりました。エーデルワイス様」
ロードの手元の空間に、黒い靄もやのようなものが出現する。
それは他でもない、ロードの武庫へとつながる亜空間の扉だ。
ロードはそこから、一本の剣を取り出した。
オレを追い詰めた時にも使ったものだ。
七霊を纏った漆黒の刀が、元へと突き付けられる。
抵抗するなど、あるはずもなかった。
「ああ、言うのを忘れていたけれど、ラルくんはもう『リロード』を持ってないわよ。わたくしが『強奪』で奪い取ったもの」
オレを打倒した時、紫電を纏っていた右手をペロリと舐めながら、エーデルワイスはキアラに一つの事実を告げる。
それを聞いた途端、キアラの目が見開かれた。
「エーデルワイス……!! あなた一何回、ラルくんを――ッ!!」
「キアラ……」
あんな顔をしたキアラを、オレは初めて見た。
激に表を歪め、抑えきれない怒りをエーデルワイスに向けている。
しかしそれは、どこか泣き出してしまいそうな悲痛なものでもあった。
「さて、ラル君。何か言い殘すことはあるかい?」
愉悅を隠しきれない表のロードが、オレに問いかける。
その刃をしでもズラされれば、オレの命はない。
オレが言葉を発しようとした、その時だった。
「――やめてっ!!!」
その聲は、一瞬にして広場を靜寂で包み込んだ。
皆が、その聲の発生源へと目を向ける。
そこで目にしたのは、
「やめて……お願いだから……」
キアラが泣きそうな顔で、ロードに懇願する姿だった。
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