《》第71話 ラルフの戦い

ガベルブック邸から出たオレは、ダリアさんがどこにいるのかを考える。

「とりあえず、広場のほうに行こう。ダリアさんも、ヴァルター陛下もさっきまではあそこにいらっしゃったし」

「そうね。それがいいと思う」

オレの言葉に、クレアが大きく頷いた。

ヘレナ達とは一旦別れたが、ダリアさんとヴァルター陛下が同じ場所にいた以上、ターゲットを見つけるまでは一緒に行したほうがいいという判斷の下、オレとクレア、それにアミラ様は行を共にしている。

「じゃが、あそこは最も熾烈しれつな戦いが行われている戦場でもある。二人とも、警戒は怠らぬようにな」

アミラ様の聲に頷きつつ、オレたちは慎重に足を進めていく。

広場のほうからは、大勢の人間の怒號が飛びっている。

王都が大混の中にあるのは疑いようがなかった。

「……ひどい」

そして広場のあたりまで戻ってくると、その慘狀に思わず目を背けてしまいたくなった。

広場には、人の姿をした者がほとんどいない。

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カミーユの魔によってを歪められた者たちが、『常闇の蔓』を避けるために使われたのだろう。

赤黒い手や、いたるところに風が開いた不気味なの塊が、そこらじゅうに転がっている。

そして、この広場でいまだに人の形を保っている二人の人間は、いまだに上空から降り注ぐ『常闇の蔓』との戦いを繰り広げていた。

先ほどまではエーデルワイスとカミーユに縛られていた霊たちも、今は自由のになっている。

今のエーデルワイスとカミーユには、霊を縛り付けておく余裕はないのだろう。

そして、

「あら、また來たのね。てっきり尾を巻いて逃げ出したのかと思ったのだけれど。あの時みたいに」

から、聲がした。

その聲がそんな喋り方をしていることに、やるせなさと嫌悪を覚えながらも、オレは言葉を返す。

「ダリアさん……じゃねえな」

「ごめんなさいね、と言うべきかしら。さっきぶりね、ラルくん」

ゆらりとを起こしながら、ダリアさんの姿をした『』が、オレに向かって微笑みかける。

よく見ると、両腕にかけてあったはずのの腕の片方が無くなっていた。

『常闇の蔓』に削られたのだろうか。

エーデルワイス達は自分のことに一杯なのか、オレたちのほうに意識を向けることはない。

ちょうどいい。

「クレア、アミラ様。行ってください」

「……うん。もう死なないでね、ラル」

「絶対死なねえから安心しろ。さぁ、行け!」

クレアとアミラ様は、心配そうな顔をしながらも、市街地のほうに向かっていった。

はっきり言って、この塊の中にヴァルター陛下か含まれていないという保証はどこにもないが……いや、考えるのはよそう。

今は、目の前の敵に意識を集中するべきだ。

「お姫様たちに格好つけるのはいいけれど、ちゃんとそれに見合った結果を出さないと格好悪いわよ?」

エーデルワイスがニヤニヤと笑いながらオレに何か語りかけているが、しっかりと無視した。

霊たちを集め、それを魔として解き放つ。

「――『空の刃エアー・カッター』ッ!!」

「あらあら、もうお話は終わりなの? つれないわね」

エーデルワイスがまだ何か喋っているが、オレはもう既に魔を発させていた。

より細かな制が可能な『空の刃エアー・カッター』が、ダリアさんの腕を切り裂かんと迫る。

「――『巖壁ロックウォール』」

エーデルワイスは即座に『巖壁ロックウォール』を発させ、風の刃を巖壁と相殺させようとしたが――無駄だ。

「なに!?」

不可視の刃の軌道が変わったのをじ取ったエーデルワイスが、驚きの聲を上げる。

簡単な話だ。

目の前に障害が現れたのなら、それを避けて行けばいいだけ。

普通の『風の刃ウィンド・カッター』であればそんなことはできないが、オレの『空の刃エアー・カッター』なら、造作もないことだ。

「無駄だ! これはそんなもんじゃ止まらねぇよ!!」

「くっ――」

に回るのは不利だと判斷したのか、エーデルワイスは両手に短剣を持ち直した。

そして、目の前に迫った『空の刃エアー・カッター』を、短剣で切り裂く。

いもの同士がぶつかったような高音が響いた。

その衝撃で、エーデルワイスのし押されてしまう。

「……?」

相手の魔は防ぎ切ったはず。

だが、エーデルワイスは自にどこか違和じていた。

「油斷したな。エーデルワイス」

「……な」

エーデルワイスの片腕にあったが、『空の刃エアー・カッター』によって引き裂かれ、の粒子となって消えていく。

これもまた簡単な話。

オレが放った『空の刃エアー・カッター』は、最初から一つだけではなかった。

最初に放った『空の刃エアー・カッター』の背後に付き従うように、小型の『空の刃エアー・カッター』を仕込んでいたのだ。

それはエーデルワイスの短剣と『空の刃エアー・カッター』が接した瞬間に微妙に軌道を変え、エーデルワイスの腕を切り裂いた。

「……そうね。まあいいわ、どうせそろそろ戻ろうと思っていたところだったし」

エーデルワイスは特に抵抗する様子もなく、消失をれているように見える。

他人のり込んで支配する魔心などわかるはずもないが、何か行を起こす気配はなかった。

「おっと」

そのままダリアさんのが崩れ落ちそうになったところを、慌てて支える。

今のダリアさんからは、邪悪な気配をじない。

エーデルワイスの呪縛から解放されたのだろう。

「……ふー。なんとかなったか」

心で冷や汗をかきながら、オレはひと息ついた。

結果だけ見れば、かなり素早くダリアさんを救出することができたが、どこかで何かが違っていたら、どうなっていたかわからない。

「ダリアさん、聞こえますか?」

とにかく、ダリアさんに目を覚ましてもらわなければ。

そう思って彼の肩に手をかけた瞬間、視界がまばゆいに包まれた。

「っ!?」

眩しすぎるが視界を奪い、何が起きているのかわからない。

だが、直があった。

このままここにいたら、オレは死ぬ。

「く――っ!!」

思いのほか軽いダリアさんを抱えて、オレはの中をひた走る。

直後、音と共に風が吹き荒れた。

「『空間斷絶』ッ!!」

咄嗟とっさに適當な範囲を指定し、『空間斷絶』を発させる。

一瞬にして風から解放され、オレはその場にへたり込んだ。

「あ、危ねえ……!」

しばらくすると、が薄れ、目が風景を認識し始める。

いまだに土煙で視界が悪いが、おおよその慘狀を把握することができた。

「なんだよ、これ……」

広場だった場所は、巨大なクレーターと化していた。

本當に、何もない。

先ほどまではたしかにあった気持ちの悪い塊も、『常闇の蔓』が地面にめり込んで開いたも、何もかもが無くなっている。

広場の周りの建風の余波で吹き飛んでおり、その大半が瓦礫がれきと化していた。

その景に、薄ら寒いものをじずにはいられない。

これはおそらく、エーデルワイスかカミーユの魔と、キアラの魔がぶつかり合った結果だろう。

そしてなにより恐ろしいのが、このクレーターが地上の破壊によってではなく、空中の激突の余波でしかないということだ。

いったい上空では、どれほど熾烈しれつな戦いが繰り広げられているというのか。

「ん?」

そして、何気なく見ていた景の中に、亀裂のようなものがっていることに気付いた。

そして、それがオレの『空間斷絶』そのものだということにも、遅れて気付く。

「おいおいおいおい……」

『空間斷絶』は、空間ごと指定した範囲を切り離すだ。

本來であれば、亀裂はおろか、傷をつけることすらできないはずなのだが……。

いや、今はそれはいい。

とにかく、無事にダリアさんは取り戻した。

あとはなんとかして、ヘレナ達と合流しなければ。

オレは『空間斷絶』を解除する。

そして、いまだに目を覚まさないダリアさんに呼びかけた。

「ダリアさん、聞こえますか?」

オレが軽く肩を揺らしながら再度呼びかけると、ダリアさんは薄く目を開いた。

「……ん。ここ、は……?」

「! ダリアさん! よかった。オレのこと、わかりますか?」

「ええ……ラルフ様、ですよね……?」

しボンヤリしているが、意思の疎通はできている。

オレがさらにダリアさんに聲をかけようとした、その時。

「――エーデル、ワイス……」

その聲は、やけに鮮明に聞こえた。

『憤怒』の魔師、カミーユの聲が。

その聲の主の方を見ようとして、オレは目を見開いた。

「――な」

地上から、そう遠くない高さの空中。

そこで、キアラの『常闇の蔓』が、カミーユのに突き刺さっていた。

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