《》第72話 カミーユの戦い

カミーユの戦は、実に単純明解だ。

相手の攻撃は絶対防のミューズで凌ぎ、『憤怒』の固有魔や暗黒魔手を使って無慈悲に相手を屠ほふる。

そのスタンスは『憤怒』として覚醒してから全く変わっていない、彼にとっての戦闘における最適解に他ならない。

霊級魔師であるカミーユだが、扱うことができるのは専ら闇屬の暗黒魔だけだ。

他の屬の魔は、よくて中級止まり。

エーデルワイスやアリスのようにの頃から魔の鍛錬に勤しんできた本の天才たちと比べると、かなり見劣りはする。

だがカミーユは、そんな自のあり方に納得していた。

當然のことだ。

カミーユはそれで困ったことなど、これまで一度もなかったのだから。

そして、それゆえに、

「こんな、ことがぁ――ッ!!」

『憤怒』の魔師カミーユは、『常闇の蔓』に対抗するを持っていなかった。

絶対防を誇るはずのミューズは、『常闇の蔓』にれるだけでそのを開け、存在を消失させる。

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それは、百年余の年月の中で數々の魔師たちを殺害し、『最果ての窟』をたった一人で踏破したカミーユにとっても、初めての験であった。

「くっ――!!」

あまりにも濃な闇霊の気配に警戒して、念のために有象無象のミューズを使って防に回ったのが幸いした。

しかし、カミーユの不利は依然として変わらない。

數えるのも馬鹿らしくなってくるほどの量の『常闇の蔓』が、カミーユに襲いかかる。

霊を駆使して飛行し、呼び出したミューズたちを壁にしてに當たりそうになる攻撃を凌いでいるが、ミューズたちはどんどん削られ、その數を減らしていく。

このままでは、縛り付けておいた魂のストックが盡きるのも時間の問題だった。

ゆえに、カミーユは新しい壁を用意する。

「――ミューズよ!!」

カミーユは魔力を練り、空中でミューズを四呼び出した。

今のカミーユは、ミューズを四同時に使役するのが限界だ。

それ以上になると、カミーユ自の魂に負荷がかかりすぎる。

「黒を纏いしミューズの四重奏カルテットォ!!」

カミーユがそうんだ瞬間、苦しみに悶もだえる悲鳴のような耳障りな音が広場に響き渡る。

その音は、ミューズ達のから発せられていた。

魂に直接訴えかけるような暴力的な音は、聴く者すべてのあり方を歪める狂気の魔に他ならない。

その音を耳にした兵士たちや市民たちが、ただ一人の例外もなくその場に崩れ落ちる。

彼らの皮は赤紫に変し、そのがヒトではないなにかに変貌していく。

人間を人間たらしめているのは、その魂だ。

ゆえに、魂を歪められた人間のが変質してしまうのも、また必然。

平等を謳うたうカミーユにとって、一部の人間だけに責め苦を與えるのは心苦しいことだ。

を纏いしミューズ達は、そんなカミーユの不安を払拭してくれた。

「ありがとう。そのをもって、しっかりとワタシを守ってくださいな」

魂を歪められた塊たちを、カミーユは『常闇の蔓』に対する防に使用する。

もの言わぬ塊と化したものたちを空中に呼び出し、カミーユを亡き者にしようとする手から逃れるための盾とした。

大量の壁を削り取りながら進行する『常闇の蔓』の勢いが、しだけ弱くなる。

その隙を、カミーユは見逃さない。

「深淵の深みより顕現せよ、外なる神よ!」

カミーユがそうんだ瞬間、彼の前に禍々しい紋様をたたえた魔法陣が展開され、闇霊たちの気配が濃くなっていく。

常人であればとても正気など保っていられないほどの邪悪な気配を、カミーユは慣れ親しんだ隣人の如くれている。

やがてその先から、神々しいほど白く輝く巨大な巻き貝のようなものが出していった。

だが、それが完全に出するより、『常闇の蔓』がそれと魔法陣へと到達する。

常闇は闇を引き裂き、顕現せんとしていた不完全な神ごとその存在を呑み込んでいく。

「くっ――」

――力不足。

カミーユはその事実を実し、を噛みしめた。

人間の許容量を超える魔を行使しようとしたことで、は限界に來ている。

『リロード』を使って魔力を回復しつつ、カミーユは思考を巡らせた。

外界の神ならば『常闇の蔓』に対抗できるかもしれないと考えたが、それが顕現する前に魔法陣が破壊されてしまうのでは意味がない。

なにか手はないか、カミーユがそんなことを考えていた、その時だ。

突如として、カミーユの視界がまばゆいばかりのに包まれた。

「っ!?」

慌てて四のミューズを呼び出し、自の守りを固める。

そして、殘りのミューズが彼・だけになっていることに、遅れて気付いた。

直後、の波がカミーユに襲いかかる。

単純な破壊だけではない何かが、カミーユの周りを囲んでいるミューズ達の魂を削り取っていく。

はしばらくすると収まった。

視界が回復したカミーユが辺りを見回すと、その景は一変している。

「なんですか、これは……」

広場には巨大なクレーターができており、そこにいた、人の姿を失った者たちは跡形もなく消え去っている。

辺りの建にもその余波は広がっており、崩落した建の殘骸がそこらじゅうに転がっていた。

エーデルワイスの魔とアリスの魔がぶつかり合った結果、広場に巨大なクレーターができるほどの破壊を巻き起こした。

そういうことだろう。

しかしアリスの『混沌球』の下部から、早くも新しい『常闇の蔓』が生え出て、カミーユとエーデルワイスのほうに向かってびてきている。

早く手を打たなければ、カミーユは常闇に呑まれてしまうだろう。

そこで、カミーユは気付いた。

を守るものが、もう彼・しかいないことに。

広場にいた塊たちは、先ほどのによって跡形もなく消え去ってしまった。

カミーユを守るように囲んでいた四のミューズ達も、消失の魔ぜた余波のせいかその存在を削り取られている。

カミーユは迷った。

そして、一瞬のうちに覚悟を決めた。

「カミーユ! ロードくんを拾って撤退するわよ!」

「エーデル、ワイス……」

カミーユの聲が、最後までしっかりと発せられることはなかった。

なぜなら、彼に、一本の『常闇の蔓』が突き刺さったからだ。

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