《》第75話 撤退

カミーユのに向かって、さらに數本の『常闇の蔓』がびる。

何本もの『常闇の蔓』に貫かれたカミーユが、その貫かれた部分から黒い煙を噴き出して消失していく。

「あとは、任せましたよ……」

不思議と、カミーユに苦しむような様子は見けられなかった。

は穏やかな笑みを浮かべながら、まるでそのを見えない何かに任せるように、瞳を閉じる。

次の瞬間、膨大な數の『常闇の蔓』が、カミーユのを呑み込んでいた。

それらが通った後には、何も殘っていない。

それで、終わりだった。

「カミーユ……そんな……」

エーデルワイスは呆然とした表で、カミーユがいた場所を見ている。

かの『』の魔師と言えども、仲間が消失すればショックの一つぐらいはけるらしい。

『憤怒』が倒れたことで、オレたちはかなり優勢に立ったと言っていいだろう。

キアラを正気に戻すことさえできれば、この場でエーデルワイスを倒すこともできるかもしれない。

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「……仕方ないわね」

エーデルワイスは、覚悟を決めた目をしていた。

はオレのほうを一瞥すると、不本意そうに口を開く。

「今日のところはここで引いてあげるわ。今この場にいる意味も、あまりなくなってしまったから」

「……なに?」

それはオレにとって、まさに思いがけない言葉だった。

エーデルワイスはそれだけ言うと、後ろを振り向く。

「ロードくん。撤退するわよ」

――気付かなかった。

いまだ宙に浮かぶエーデルワイスの後方に、悪鬼の如き形相のロードが立っている。

オレに攻撃を仕掛ける機會をうかがっていたのだろう。

「は――ぁ!? ここまで……! ここまでコケにされて、僕がこのまま引き下がれると思ってるんですか!?」

エーデルワイスの言葉をけて、ロードは怒り狂っていた。

オレにやられっ放しでは気が済まない。

ロードの憎悪に塗れたその瞳が、如実にそう語っている。

「今のあなたでは、アリスの『常闇の蔓』に対抗できないでしょう。そんなに死にたいのかしら?」

「……それは! ……そう。たしかにエーデルワイス様のおっしゃる通りですね」

ロードはエーデルワイスに引き下がるが、やがて憎々しげな顔で黙り込んだ。

納得はしていないが、ある程度理解はしたようだ。

「でも、僕は殘ります」

「……合理的じゃないわ」

「そうですね。自分でもそう思いますよ」

そこで、ロードはフッと笑った。

かつての彼を彷彿ほうふつとさせる、綺麗な笑みだと思った。

「……好きになさい」

言うだけ無駄と悟ったのか、それだけ言い殘してエーデルワイスは消え去った。

おそらく、『強制移』を使ったのだろう。

――カミーユは討たれ、エーデルワイスはこの場から逃走した。

この場に、オレが討つべき『大罪』の魔師は、もう一人しかいない。

「さあ。決著をつけよう、ラル君」

「……ああ」

『嫉妬』の魔師、ロード・オールノートが、オレの前に立ちふざがっている。

ならば、オレに殘された選択肢は一つしかない。

「ダリアさん。下がっていてください」

「しかし、ラルフ様……」

「あいつの相手は、オレがひとりでしなきゃいけないんです。お願いします」

「……わかり、ました」

オレの言葉に頷くと、ダリアさんは渋々ながらも下がってくれた。

その姿に謝しながらも、オレは亜空間から一本の剣を取り出す。

フレイズが誕生日プレゼントにくれた、あの剣を。

「――七霊よ」

その剣に七霊を纏わせ、ロードに向けて正眼に構える。

ロードもまた同じように、黒い剣に七霊を纏わせてオレのほうを見ていた。

「ああああああああ!!!」

先にいたのはロードだった。

発させながら、真っ直ぐにオレのほうへと向かってくる。

尋常ではないスピードと気迫。

だがそれを、オレは真正面からけた。

こいつを、止めなければならない。

その想いだけが、の中にあった。

「――ラルさまっ!!」

その聲が聞こえたと同時に、ロードが剣を退けた。 

「……カタリナ、ちゃん」

聲のした方に目を向けると、カタリナが立っていた。

いや、カタリナだけではない。

クレアに支えられながらも立っているのは、ヴァルター陛下だ。

ヘレナの隣には、しやつれた様子ではあるが、フレイズの姿もある。

エーデルワイスが撤退したことによって、洗脳魔が解けたのだろう。

先ほどまでオレと一緒にいた人間たち全員が、無事に合流できたようだった。

「……ロードさま」

カタリナが、意を決したような表で、口を開く。

「ごめんなさい。ロードさま」

「――――」

カタリナは、何も言葉を発せないロードを見據えながら、

「カタリナは、ロードさまとは行けません」

「……っ!!!!」

それは、オレが見た中で間違いなく一番悲痛なロードの表だった。

その瞬間にロードが何を思っていたのか、オレにはわからない。

だが、その一言が、彼の何か大事な部分に傷をつけたのは確かだった。

「……ふふふふふふっ、あはははははははっ!!!!」

狂ったように笑い、その顔を歪めるロード。

それが止むと、今度はオレのほうを睨みつけて、

「僕を笑えよ、ラル君」

そんな言葉と同時に、オレの目の前がぜた。

「ぐっ――!?」

一時的に視界が遮られ、何も見えなくなった。

遅れて、それが攻撃ではなく目くらましのために使われた魔だと気付いたが、もう遅い。

「……ロード?」

土煙を風霊の力で晴らすと、ロードの姿はもうなかった。

どこにも、なかった。

「……あ?」

そして、遅れて気付く。

先ほどまで確かにあったはずの『吸収ドレイン』による倦怠が、ほとんどなくなっていることに。

「……キアラ?」

遙か上空に浮かんでいた漆黒の球は、いつの間にか消えていた。

まるで、そんなものは最初から存在しなかったのだと言わんばかりに。

……こうして、戦爭とも言えない一方的な躙は、ひとまずの終わりを見せることになった。

王都と人々の心に、大きな傷跡を殘して。

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