《》第86話 ロードの選択

オレは改めて、目の前にいる男の姿を観察する。

顔を見ればロードだということはわかるが、長はかなりびており、どこか落ち著いた雰囲気を醸し出している。

黒いローブをにつけたその姿は、なんとなく昔のロードに似ているような気がした。

「それで、どうするんだ? お前はオレを止めるのか?」

「もちろん。それが僕の役目だからね」

ロードはそう言って、亜空間から漆黒の剣を取り出す。

に輝く七霊を纏った剣は、たとえどんなものであっても切り裂くことができる最上級の付與魔だ。

あれがある限り、空間に干渉する魔は意味をさない。

霊を纏う剣は、『空間斷絶』や『空間制絶』に対するわかりやすい最適解の一つなのだ。

ゆえに、オレも亜空間から剣を取り出した。

霊を纏わせ、ロードの様子をうかがう。

「……ラル君は、本気でエーデルワイス様に勝てると思ってるのかい?」

ポツリと、ロードがそんな疑問の言葉を零す。

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「ラル君は知らないかもしれないけど、エーデルワイス様は『最上位』の『大罪』の魔師だ。この先死ぬことも老いることもない、史上最強の魔師なんだよ」

「なるほど。そりゃ厄介だな」

そういえば、エーデルワイスと最初に戦った時もそんなことを言われたような記憶がある。

あの時は気にもしていなかったが……『最上位』の『大罪』というのが不老不死を示していたのなら、たしかにそんな相手と戦うこと自が無謀だろう。

「でもよ、ロード。不老不死だからって、オレがそんな簡単に諦めると思ってんのか?」

「まあ、思わないけどね」

そう言って、ロードはフッと笑う。

それは、全てを諦めた人間がする笑い方のような気がした。

だから、

「……ロード。お前死ぬ気だろ?」

オレがそう言った瞬間、ロードの瞳がかすかに揺れる。

そんな些細な変化を、オレは見逃さなかった。

「……結局僕は、どこまで行っても中途半端だったんだよ」

ロードが七霊を解き、手に持っていた剣もだらりと下に下げた。

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今のロードからは、オレへの敵意を一切じない。

「僕もね、々と考えたんだ」

そう言って、ロードは遠くの方へと目を向ける。

「僕の中の『嫉妬』は、いまだに『下位』のままだ。それどころか、僕の中の『嫉妬』の力は年々弱まっている実すらある。その理由は、けっこう単純なものでね」

そこまで言うと、ロードの視線は再びオレの方へと向けられた。

「たしかに僕はラル君のことを妬んでいたけど、それはもう過去のことなんだ。……そう、気付いた」

ロードは、どこか晴れやかな顔をしていた。

「僕はラル君との戦いの後、エーデルワイス様の計らいで、一人のを世話係として付けられてね。名前はミアって言うんだけど、世話係と言う割にはあまりにもを知らない子だった。今にして思えば、彼はエーデルワイス様が処理のための道として用意したのかもしれない」

「ミアはとにかくの薄い子だった。エーデルワイス様の管理下で、地獄のようななんの希もない日々を過ごしてきたせいだと思う。でも、僕と過ごす日々の中で、ミアのからしずつが表に出るようになり始めた」

「それを見て、僕は思ったんだ。『人は、変われるんだ、って』」

「その時になって、ようやく気付いたよ。……いや、薄々気づき始めてはいたんだ。アミラ様の言う通り、このままじゃ僕の願いは果たされない。そもそもあの日、カタリナちゃんに拒絶された時點で、僕は気付くべきだった」

「僕は、どうしようもなく弱い人間だってことに」

「結局、僕が弱かったから『大罪』なんていうわけのわからないものに魅られて、ラル君たちを裏切ってしまった。どうしようもなく愚かだったから、ラル君の家で働いていただけのなんの罪もない人たちを殺してしまった。賢いフリをしただけの馬鹿だったから、クレア様の憎む敵……クルト様の仇に、尾を振ってしまった」

「……だから、今日はミアと約束してきた。僕は今日、過去と向き合ってくるって」

ロードはオレのほうを見ると、腰を深く折った。

「すまなかった。本當に、すまなかった」

「…………」

深々と頭を下げるロードに、オレは驚きを隠せない。

まさか、こんなことになるとは想定していなかった。

「……やっぱり、許してはくれないよね」

「いや……むしろ何が何でも生かしたまま改心させる気満々だったからな」

しかも想定していたのは、どんな手を使ってでもねじ伏せて説き伏せて、である。

だが、そんなことをする必要もなさそうだった。

五年という歳月は、オレの思っていた以上に大きなものだったようだ。

オレのそんな言葉を耳にしたロードは、驚いた顔で、

「……どうして?」

「どうしてって、親友だからに決まってんだろ」

オレの言葉に、ロードが絶句する。

オレがロードを許す理由など決まっている。

彼が、オレの唯一無二の親友だからだ。

たとえどんな罪を犯したとしても、本人が心の底から反省しているのなら、それがオレの大切な人なのであれば、オレは許す。

前世の世界では許されなかったかもしれないが、ここは異世界だ。

なら、思う存分、好き勝手に許してやろうじゃないか。

「――まったく。私たちのいないところで勝手に話を進めないでよ」

そんな聲と共に、すぐ近くに現れた気配があった。

長い金髪をなびかせながら、は不服そうな顔でオレとロードを糾弾する。

「クレア様……」

その姿に、ロードが反応する。

五年経った今でも、彼がクレアのことを見間違えるはずもない。

そして、クレアに加えて、もう一人の気配があった。

「……ロードさま。お久しぶりです」

「カタリナちゃんまで……」

クレアのそばには、カタリナの姿もある。

どうやら、間に合ったらしい。

「……クレア様。僕はあの時、あなたを裏切りました。相応の裁きをお願いしたく思います」

ロードが項垂れながらそう言うと、クレアはフンと鼻を鳴らした。

「そんなのいらないわ。私にとっても、ロードくんは大切な親友だから」

「クレア様……」

「――だから、一瞬だけ歯を食いしばりなさい」

次の瞬間、ロードのが後方へと吹き飛んだ。

三回ほど後ろ向きに回転し、ロードは鼻からを流しながら思い切り地面に叩きつけられる。

あまりにも突然のことに呆然としながら、オレはクレアを見た。

の右手には、べったりとが付著している。

それは紛れもなく、ロードの鼻から溢れ出したものの一部だ。

「これで、勘弁しておいてあげるわ」

「……はひ。くぉれぐらいやってぐれたふぉうが、わがりやずぐでいい」

鼻からぼたぼたと溢れるを拭く様子もなく、ロードは微笑む。

何を言っているのかはよくわからないが、とりあえずせっかくのイケメンが臺無しだった。

「ロードさま……これ、使ってください」

「……ありがとう、カタリナちゃん」

吹き飛ばされたロードに駆け寄ったのは、カタリナだった。

ハンカチを取り出し、それを顔面がだらけになったロードに渡している。

ロードは、地べたに這いつくばったまま、カタリナに頭を下げた。

「カタリナちゃん。あの時は、怖い思いをさせてしまって、本當にすまなかった。それに、一緒に働いていた人たちも……」

「……正直、カタリナはロードさまのことが許せません」

カタリナは、怒っていた。

ロードを見る目は、決して穏やかとは言えない。

しかし、オレは知っている。

カタリナは、誰よりも優しく、強いなのだということを。

「だから、自分がしたことを、あの人たちのことを、これから先ずっと忘れないでください。……それで、ひとまずは置いておいてあげます」

「っ。……ああ。必ずそうする。誓うよ」

ロードは頷いた。

今のロードなら、カタリナとの約束は守るだろう。

こうして、オレたちは五年ぶりの再會を果たしたのだった。

「……ラル君は、あの扉にるつもりなんだよね?」

全員がようやく落ち著いた頃、そんな質問をぶつけてきたのはロードだった。

「ああ。そのつもりだ」

エーデルワイスが一足先にっているので、ロードのことを片付けたらすぐに向かおうと思っていた。

そんなオレの様子を見て、ロードは小さく笑う。

「ラル君ならそう言うと思ってたよ。何か助けになるような報があればよかったんだけど……僕はエーデルワイスの能力をほとんど知らないんだ。ただ、ここ數年は、エノレコート城に篭って何かをしていたみたいだ」

「そうなのか。まあ、引きこもって夜な夜な教育上よろしくないことを繰り広げてただけなんじゃないのかと思わないでもないな」

想像するのも気分が悪くなってくるので、考えるのもその辺でやめておく。

「『最上位』の『大罪』を滅ぼすのは至難の技だ。なにせ不死だからね。でも、今のラル君とキアラさんの力を合わせれば、あるいは……」

「――エーデルワイスは、必ずここで仕留める。必ずな」

オレの力強い言葉に、ロードは目を丸くした。

敗北は許されない。

エーデルワイスは強大な力を持つ魔師だ。

殺されるような隙を見せれば、今度こそオレは生きては戻れないだろう。

「あと、向こうへはオレ一人で行く。三人にはここで、ロミードの人たちに話をつけておいてほしい」

ないとは思うが、ロミード軍が余計なことをしてキアラが作った扉に不合を生じさせる可能もある。

オレとキアラが無事に帰ってこられるように、きを見張っておいてもらおうと考えた。

「僕も行くよ。仮にも『嫉妬』の魔師だ。しくらいは役に立てるはずだよ」

ロードがそう提案するが、オレは首を橫に振る。

「……いや、ダメだ。エーデルワイスは強力な洗脳魔の使い手だ。ロードかクレア、どちらか一人でも向こう側に回ったら、その時點で勝てる可能は低くなる」

そんなオレの言葉に、クレアとカタリナ頷いた。

二人がオレの案に意見を言わなかったのは、そういった危険があることを考慮してのことだろう。

「カタリナも、クレア達と一緒にロミード軍を押さえておいてくれ。頼む」

「……わかりました。でも、ちゃんと無事に戻ってきてくださいね」

「ああ。約束する」

カタリナも苦しそうな顔をしていたが、非戦闘員である彼を戦わせるわけにもいかない。

渋々といった様子だったが、彼も頷いてくれた。

「さて。それじゃあ行ってくる」

これが、今生の別れになるかもしれない。

だが、不思議とそんなじはしなかった。

「うん。いってらっしゃい」

「いってらっしゃいませ、ラルさま!」

「ありがとう、クレア。カタリナ」

あたたかい聲が、オレの耳を優しく打つ。

たちのためにも、絶対に無事に帰って來なければならない。

「……全てが終わったら、君にミアを紹介したいな。きっとラル君も気にってくれると思うから」

「ああ。必ずな」

そんなロードの聲を聞きつつも、オレは振り向かなかった。

「――!!」

霊を集め、一気に飛翔する。

バランスを取りながら、禍々しいを放つ扉のほうへと向かっていく。

この先に、皆との未來があるのだと、そう信じて。

を暗い闇の中から救い出すのだと、固い決意を抱いて。

「待ってろよ、キアラ……!」

との始まりを始めるために、オレは赤いの中へとそのを投げた。

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