《》第93話 Chiara's memory 6

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

それからようやくまともにけるようになり、私は彼――ラルくんに干渉し始めた。

不思議なことに、ラルくんにだけは私の聲が聞こえるし、れることもできた。

それは、やはりこの子が前世の彼なのだと確信する要因でもあった。

他にも、彼の様子を見ていて気づいたことがあった。

おそらく彼は、私のことを覚えていない。

それどころか前世の記憶はほとんどなく、自分がなぜ死んだのかも覚えていないようだった。

もちろん彼は、私と同じように自分の名前も覚えてはいなかった。

でも、それでもいい。

彼はこの世界で、ラルフ・ガベルブックとして生きていけばいいのだから。

一方私はというと、アリスという名前を名乗ることに忌避があった。

アリス・シェフィールドが暴の限りを盡くしていたのはもう百年ほど前のことだったが、アリスという名前をラルくんが調べたら、すぐに私の正に思い至るだろうと思ったからだ。

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だから、自分のことをキアラと名乗った。

語の中で、皆に幸せを與えるの子の名前を。

いつか彼に真実を話さなければいけないと知りながら、私は彼に嫌われたくなかったがために、本當のことを話すのを躊躇ったのだ。

ラルくんは天才だった。

生まれつきの能力や、魔的な才能にも恵まれていた。

それは、そう。今世での私に匹敵するほどに。

強い力には大きな責任が伴うことを、私は痛いほど理解していた。

私のように、ラルくんを悪の道に進ませないためにも、彼を守り続けなければならないと思った。

間違った道に進まないというのはもちろん、私自にも言えることだった。

獨占や嫉妬が、全てを滅ぼす危険を持つこともわかっていた。

だから私は、彼がクレアちゃんやカタリナちゃんといった、他のの子たちに目移りしても我慢した。

この世界は前世と違い、一夫多妻でも何も問題はないのだ。

前世のラルくんはそれなりに一途な格だった気がするのだが、転生した影響なのか、けっこうなたらしになっていた。

それでも、ラルくんはラルくんだったが。

そんな細やかな不満はあるものの、ラルくんは私のことを見てくれている。

大きな問題ではなかった。

……再び転機が訪れたのは、ラルくんが七歳になり、王都で學試験をけに行く道中でのことだった。

ラルくんと楽しいお話を繰り広げている途中で、道の先に何かよくない気配があることに気付いたのだ。

それの正は『憤怒』の魔師、カミーユが使役する合獣だった。

魂を司る『憤怒』の力をもってすれば、私が魂だけの存在になって生き永らえていることを彼たちに知られる危険があった。

その時はラルくんにカミーユの相手をしてもらい、私の存在が知られることもなかったのだが……やはりいつまでも隠し通せるものでもなかった。

「――ああ。あぁ! あぁぁあ! ああ! やっと! やっと見つけた!」

ラルくんとアミラという霊級魔師が、王城に出現した『憤怒』の撃退に向かっていた頃、他の合獣を使って學院に攻めてきたカミーユが、私の存在に気づいてしまったのだ。

その時の狀態は、まるで私がラルくんの友人であるロードくんを庇うような形になってしまっていたが、私は気にもしていなかった。

その後はラルくんが來て『憤怒』の合獣は一匹殘らず片付けられたが、結局私の存在はカミーユたちに知られてしまった。

そして、ラルくんが十一歳になった頃。

運命の歯車は再び回り始めた。

エノレコート城で、クレアちゃんのお兄さんのクルトさんが慘殺された、あの時から。

ラルくんはその瞳に憎悪を宿し、エノレコートに復讐するために軍に志願した。

……あの時、私は何が何でもラルくんを止めるべきだったのだ。

私がもっとしっかりラルくんから話を聞き出して、ラルくんの敵がエーデルワイス――『』の魔師だとわかっていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

ラルくんから家にいるみんなを任された私は、自分の役目を果たそうと意気込んでいた。

もっとも、今の私でも霊級程度の力は殘っている。

どんな敵が來てもなんとかなると思っていた。

……あの朝のことは忘れない。

カタリナちゃんと一緒に家にいると、今まで見たことのない表をしたロードくんが訪ねてきたのだ。

その後ろに、おぞましい気配を連れて。

「おはようございます、アリス。とても気持ちのいい朝ですね」

――さすがの私でも、霊のまま『嫉妬』として覚醒したロードくんと『憤怒』の魔師カミーユを同時に相手にできるほどの力は殘っていなかった。

抵抗もむなしく、私たちはカミーユに捕らえられ、王城の地下牢に連れて行かれた。

そのあとでカミーユと合流したエーデルワイスが、ロードくんの姿を見てし驚いていたが、理由はよくわからない。

王城の地下牢で、私はカミーユに読心の魔を使われた。

私の心の中がおぞましい魔に筒抜けになる恐怖はあったが、それよりも恐ろしかったのは、私のがラルくんに知られてしまうことだった。

……それからしばらくして、私は拘束されたままのラルくんと再會した。

エーデルワイスが楽しそうに私のを暴しても、ラルくんは私のことを信じてくれていた。

信じようとしてくれていた。

それがたまらなくしくて、自分がけなかった。

そしていよいよ、ラルくんが処刑されそうになったところで、私は思わず聲を上げていた。

なぜラルくんがこんな目に遭わなければいけないのか。

ラルくんを殺すぐらいなら、私を殺せばいい。

それは渉でもなんでもない、馬鹿なが癇癪かんしゃくを発させただけの無様なびだった。

だから、エーデルワイスから「アリスがこの世界を浄化してくれたら、ラルくんを無事に返してあげる」と言われた時、私の心は揺れた。

でも、ラルくんは言ったのだ。

そんなの、ダメに決まってるだろ、と。

私のことを好きだと言ってくれた。

好きなところをいっぱい挙げてくれた。

私のことを、キアラはキアラだろと、言ってくれた。

ラルくんがこの世界で一番頼りにしていて、最高に魅力的な子だと、そう言ってくれた。

だから、私もんだ。

ラルくんと一緒に生きたいと。

生きて、みんなで幸せになりたいと。

このとき、私はこれ以上ないほど救われたのだ。

だが、そんなことをエーデルワイスが許すはずがなかった。

けないロードくんの代わりに、あのがラルくんの首を撥ねた。

あまりにもあっけなかった。

くるくると回りながらラルくんの頭が地面に落ち、トマトのようにぐちゃりと潰れる。

そんな景が網に焼き付き、私はただ狂してぶことしかできなかった。

そんな私を、赤い棺の中から生えた手が捕まえる。

あまりにも深い闇をたたえたそれに、しかし私は懐かしさもじていた。

遅れて理解する。

私のが、『傲慢』が、再び私と一つになろうとしているのだと。

私はそれをれた。

『傲慢』……そして『憤怒』の魂を司る力があれば、ラルくんを蘇らせることもできるはずだ。

暗く深い闇に沈みながら、私はただ、ラルくんのことだけを考えていた。

――もう一度、必ずラルくんを取り戻す。

世界をやり直して、必ずラルくんを迎えに行く。

そう、決めた。

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