「…………」

オレは、二つのの玉が浮かぶ空間に戻ってきていた。

どこまでも広がっていくような暗闇の中で、その二つのの球だけがオレの存在を確かなものにしてくれている。

も、いつの間にかもとに戻っていた。

「……あれは」

オレが見たのは、キアラの記憶だった。

キアラが何を考え何をしてきたのか、オレはたった今、全てこの目で見たのだ。

……おそらく、エーデルワイスの魔のせいだ。

たしか、『融和』とか言ったか。

本來どういう効果をもたらすのかはわからないが、エーデルワイスの意図することとは違う結果になったことだけは間違いないだろう。

近くにある金のは激しく點滅し、自己主張を繰り返しているが、そんなものに反応してやるほどオレは優しくない。

オレは、暗い緑のを発する球に向けて聲をかけた。

「いるんだろ、キアラ」

オレの聲に反応するように、緑のがさらに暗くなる。

そして、そのが人間の姿を形作り始め、

「……ラルくん」

俯いたキアラが、オレの方を見ていた。

キアラの姿は、オレの中の記憶と全く変わっていない。

その事実に妙な安心を覚えながらも、オレは言葉を続ける。

「オレは、キアラの記憶を見た。キアラが何を考えて、何をしてきたのか、この目でしっかり見てきた」

その言葉に、キアラが僅かに震える。

キアラが、自分の過去をオレに知られるのをずっと恐れていたことはわかっていた。

だから、オレはちゃんと伝えなければならない。

「……前世でのオレは、キアラの弟のなじみ、ってところだったんだろうな。キアラは姉ちゃんみたいなポジションだったわけだ」

実際、前世でもキアラにはかなりお世話になったのだろう。

だから、前世のオレはキアラのことを好きになったのだ。

「ただ、オレもキアラの弟のことは全然覚えてないんだ。まさかキアラがあんな理由で殺されたなんて、夢にも思わなかった」

あれはちょっと々な意味で衝撃的過ぎた。

今にして思えば、あれがキアラが狂う最初の原因になったのだ。

「そして、キアラが転生して、シャルルさんに殺されそうになってからは……正直見てられなかった」

誰にもされていなかったと告げられて、このまま終わりそうになったところで、キアラは『傲慢』として覚醒した。

その後、キアラは再びオレに會うために、罪を重ねることになる。

「キアラのやったことは殺だ。到底許されることじゃない」

「……っ」

そんなオレの言葉に、キアラが目に見えて震えた。

當たり前だ。

キアラがどれだけ悲慘な過去を背負っていたのだとしても、彼のやったことが許されるわけがない。

彼がしでかしたのは、とても恐ろしいことだ。

「……でも、それはもう終わったことなんだよ。キアラ」

「……え？」

「過去は変えられないんだ。絶対に」

……過去は、変えられない。

そんな都合のいいことは許されない。

もしかしたら、キアラの『傲慢』の力があれば、本當に世界を再現して過去をやり直すようなことができるのかもしれない。

でも、それは決して過去を変えたことにはならない。

自分の犯した罪は、一生つきまとう。

「――が殺されてしまったという過去も、アリスがたくさんの人を殺してしまったという過去も、変えられない」

それは、もう覆すことのできないこと。

だが、だからこそ、オレはキアラに語りかける。

「――でも、未來は変わる。変えられる」

それは、當たり前のことだ。

當たり前だけど、大事なことだ。

「キアラは、過去に自分がやったことを後悔してるんだろ？」

「……うん」

「だから、その後悔をこれから先の未來で生かせばいいんだよ」

過去の失敗を糧にして、未來をよりよい方向に持っていく。

それは、無意識のうちに誰でもやっていることだ。

「キアラもやってただろ。オレを悪の道に進ませないように、すごく気をつけてくれてたじゃねーか」

キアラももちろん、それができる。

実際、彼がいなければオレはこの世界で増長し、その辺でのたれ死んでいたかもしれない。

そうなることがなかったのは、間違いなくキアラのおかげだ。

「でも……それぐらいじゃ、私の罪は許されないよ……」

彼はまだ俯いたまま、そんなことを言う。

たしかにその通りだ。

そんなことで、彼の罪が消えたりはしない。

だが、まず彼は思い違いをしている。

「――許されようと思うな、キアラ。お前がしたことは、それだけ大きなことだ」

「っ！」

「……許されるためにやるんじゃなくてさ。悪いと思ったから何かをするべきなんじゃないかなって、オレは思う」

例えばそれは、謝罪であったり、自分なりに何か考えての行であったり。

それはただの自己満足かもしれないが、やらないよりはマシだろう。

結局、オレが言えるのは月並みな言葉でしかない。

當たり前のことを、しっかりとキアラに飲み込ませる。それだけだ。

「……私、どうすればいいのかな」

ぼんやりと、キアラがそう呟いた。

その瞳は、いまだにこちらを見ようとはしない。

だから、オレは言った。

「じゃあ、キアラ。オレを支えてくれ」

「……え？」

キアラが、ゆっくりとその顔を上げる。

あの時別れてから初めて、オレの顔を見てくれた。

そのことをとても嬉しく思いながらも、オレは言葉を続ける。

「これから先、一生オレを支えろ。それがオレからキアラへの罰だ」

「……そんなの、全然罰にならないよ。だって、私はラルくんのことが……」

「オレは、キアラがいないと寂しい。これから先もずっとずっと、キアラが必要なんだ」

オレは今、とても卑怯なことをしている。

キアラの罪につけ込んで、その気持ちにつけ込んで、彼の一生を自分のものにしようとしている。

キアラは、何かをこらえるような表を浮かべていた。

だが、それはいつまでも耐えられるようなものでもない。

「……私、ほんとはすごく嫌ななんだよ！？　たくさんの人を殺したし、カタリナちゃんやクレアちゃんにも嫉妬したっ！　それに今だって……ほんとは……ほんとはラルくんに見捨てられたくなくて、それで……っ！」

「それでも、キアラがオレにしてくれたことは変わらねえ！！」

キアラが絞り出した聲を掻き消すように、俺はぶ。

「オレはキアラがオレにしてくれたことを全部覚えてるっ！　キアラのいいところをたくさん知ってるっ！　それは、たとえキアラ自にも否定させねえ！」

突然転生して、右も左もわからないオレと、最初に友達になってくれた。

この世界の々なことを教えてくれた。

魔だって、キアラが教えてくれていなかったらどこまでびたかわからない。

そして、オレのことを好きだと言ってくれた。

してくれた。

オレはキアラに、返しきれないほど大きな恩があるのだ。

「だから、オレと來い。今度こそ、一緒に生きよう」

「……私、ほんとに醜くてどうしようもないなんだよ……？」

「そんなこと言い出したら、オレだって大概ひでぇよ」

自分の勝手な理論を、キアラに押し付けている自覚はある。

それでもオレは、キアラに生きてほしい。

キアラと一緒に生きたいと願っている。

「……でも」

それでもキアラは、踏ん切りがつかないようだった。

「……あー、もうごちゃごちゃうるせぇ！！」

「きゃっ！？」

オレは、キアラを抱きしめた。

溫かくて小さいが、オレのの中にすっぽりと収まる。

改めて見ると、キアラは本當に小柄だ。

それだけオレが長したというのもあるが、彼はこんな小さなに、あれほど過酷な運命を背負ってきたのだと実する。

「キアラはこれからずっと、オレの隣にいればいい」

「……ラルくん」

オレに抱かれるキアラのが、小さく震えた。

彼の顔が、オレのに押し付けられる。

「……いいのかな。私、こんなに幸せで……いいのかなぁ……？」

 「いいに決まってる。でも、そうだな……」

オレはしだけ考え込んで、

「キアラが自分の幸せを許せないなら、他の人にも幸せを分けてあげたらいいんじゃねーか？」

「……幸せを、分ける？」

「ああ。自分が貰った幸せを、他の人にも分けてあげるんだ。どんなに小さなことでもいい。キアラができることを、やっていけばいいんじゃねーかな」

罪を犯してしまったからこそ、痛みを知っているからこそ、きっと何かできることがある。

それは楽観的な考えかもしれないが、オレはそれでもキアラのことを信じている。

キアラは、すごいの子なのだから。

「オレはキアラのことが好きだ。だからずっと、ずっとずっとキアラのことを見てる。約束するよ」

「……そっか」

キアラのから、力が抜けた。

それは、彼が自のをオレに預けた印に他ならない。

「……やっぱり、ラルくんは私が好きになった人だったよ」

涙聲のまま、キアラは言葉を続ける。

顔はぐちゃぐちゃで、正直見ていられない。

でも、彼の中から、何かよくないものが抜け落ちているように見えた。

「カッコよくなったね、ラルくん」

キアラは、泣きじゃくりながら、

「ずっと、あなたのそばにいます。これから先も、ずっとずっと」

そう言って、オレに微笑みかけたのだった。