《負け組だった男のチートなスキル》第二十話 信頼関係
その足音の主たちがここへ來るしの時間のに、月とコウスケは話をしていた。
「いくつか約束しろ」
「は、はい」
「俺のことは話すな」
コウスケの約束は極めて単純なものだ。これからくる足音の主が勇者たちだった場合、コウスケを見るなり嫌悪を抱くだろう。最悪、殺しに來る可能もある。だから月には口封じをしておく必要があった。ただそれだけのことだ。
ただそれだけのことなのだが、月は驚いた顔でコウスケを見つめていた。
「何だ? 難しい提案をしたつもりはないが?」
「い、いえ、そうではないです。ただ……私を自由にすることに驚いただけです」
月の言葉にコウスケは納得する。確かにリスクを伴わない確実な方法は月を同行させる。悪く言えば拘束するほうが斷然良い。コウスケがそうした方法を取らないのは、彼の心の中に溫が殘っているから――ということではなく、ただ単に同行されるのは邪魔なだけであり、かつある目的のためだ。
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だがこれには彼を信用するという極めて難しい前提條件があるのだが、これについても問題はない。それは、彼の心境にある。彼は危険なところでコウスケに助けられたという謝の念と、高月助という男子生徒の悲慘な事を止められなかったという罪悪。加えて、あれだけひどい仕打ちをされた異世界人である勇者の月を見逃し自由にするという処遇。これらの事を踏まえると月が自分から口を割る可能は低いと思われた。加えて、話している限り臆病、生真面目な格であることも考慮されている。
「自由にする対価がさっきの提案だ」
「わ、分かりました」
月は頷いた。それも當然だろう。月にとってみればとても簡単で自分にはリスクのない條件なのだから。
「後は、今からくる奴らと合流したら、引き返すように言うか、向こうへ行け」
コウスケは自分が目覚めた空間に繋がる通路を指さして言った。今勇者と出會うわけにも行かないし、コウスケが向かう最深部に行かれるのも困る。今の狀況、コウスケには最深部にしか行くことしかできない。何故なら、ここが勇者も立ちるような迷宮だと知ったからだ。それに加え、今は月という勇者の遭難者がいる。つまりり口付近には、他の勇者がいる可能が極めて高いのだ。さすがに勇者大勢との戦闘は避けたい。
「分かりました、あの……」
「まだ何かあるのか?」
月は顔を伏せて言葉に詰まる。これ以上話すことはないのに加え、足音が近づいてくるので、さっさと進みたいのだが、無視することでここまで折角、好を保ってきたのを臺無しにするわけにもいかない。
「今まで……ごめんなさい」
月はそう言って頭を下げる。突然の謝罪に一瞬呆けるコウスケだったが、特に表も変えずに言葉を告げた。
「ああ、そう思ってくれるなら約束は守ってくれよ」
「は、はい!」
さっきは許さないと言われた月にしてみれば、その言葉は救いのように聞こえたのだろう。だがコウスケにとってみればそんなつもりは全くない。しかし、好度を上げておくことにデメリットはない。なので口先だけでも好が持てるであろう言葉を言っておいたのだった。
そうしているに、足音が近くまで迫ってきていた。
「じゃあな」
「はい、気を付けて」
そう言ってコウスケは迷宮の奧へと進んでいった。
とはいえ、やはり完全に信用できないのが人というものだ。なのでコウスケは通路のに隠れて盜み聞きを志すことにした。
そして人がやってきた。
「月か?」
聞こえたのは男の聲。月の名前を知っていたことから、その人が勇者であることが考えられる。
「はい、そうです」
「おぉ! みんな月がいたぞ!」
「え!? 本當か?」
次々と現れる人々。暗くてよく確認できないが皆、月を知っているということは、この集団は間違いなく勇者一行だと確信する。現地人や王族関係者なら月にため口を使うことも考えられないし、この人數から考えて勇者だと判斷できる。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
「って、異世界に來たんだから敬語なんて使わなくて良いって言っただろ?」
「そ、そうでしたね」
表は見えないが、恐らく月は苦笑いを浮かべていると予想された。異世界だから敬語を使わなくて良いという理論はまるで分からない。しかも月の方は敬語を使いたがっているようにも見え、逆に男の方がため口で話してほしいようにじる。
「ところでここで何をしてたんだ? 結構な時間、行方が分からなかったんだぞ?」
「え、えっと……迷子になった後、この迷宮をウロウロしてたんです。そしてさっきあっちの方を行ったら行き止まりだったから、ここに戻ってきたの。そしたらみんなが」
男の問いに、月はコウスケがいる方の通路を指さして言った。
一瞬ドキリとしたコウスケだったが、この道が行き止まりだと伝えたため、彼はしっかりと約束を守ってくれているようだ。
「そうなのか、じゃあどうする? 月が良いならあともう一つの通路を探索しようと思っているんだけど」
「うん、大丈夫だよ」
「よし、じゃあみんな完全攻略目指して頑張るぞ!」
「おお!」
男はどうやらこの集団のリーダー格らしく、皆を鼓舞し、進路を決めていた。どこかで聞いたことがある聲である。とはいえ大將ではないことは確かだ。
コウスケが考えている間に勇者一行は、コウスケの目覚めた空間へ続く通路。つまり、行き止まりがある通路へと消えていった。
「さてと、今のところは及第點だな」
一人になったコウスケはボソリと呟き、今の狀況を評価してみる。まずは月を味方といえば大げさだが、コウスケよりの中立派にすることには功した。折角の好意だ。無下にするつもりはない。そして利用するだけ利用するのだ。
月の話を聞いたコウスケはあることを考えていた。あいつらは全員が大將に対して好意を抱いているというわけではないということを。なくとも月はいじめに対して反を持っていた。ならば、そういった連中を集めることで、大將らに対抗できるのではないか。そうコウスケは考えていた。
とはいえ、今まで見て見ぬふりをしてきたあいつらを許すつもりは頭ない。
そこは玲奈たちに何とかしてもらい、勇者軍団を部から崩壊させる。そんなことが出來たなら、それはきっと素晴らしい景なのだろう。
コウスケは理想を抱き、黒い笑みを浮かべた。
そのためには、まずこの迷宮から出なければならない。問題は、この先に何があるのかだが、ここも行き止まりだとしたら笑えない冗談だ。それだけは勘弁してほしい。
「あぁ、そうか功樹か」
コウスケは先ほどの男の聲を思い出した。里山功樹さとやまこうき。大將グループの中でも比較的穏やかな奴だ。だがコウスケに対する仕打ちは穏やかな訳もなく、當然殺したいほど憎い対象だ。
復讐対象が近くにいると思うと、鼓が高まり、全に力がる。
だが、今はやめておこう。いくらなんでも勇者が多すぎる。死ぬ気で行けばなんとかなるかもしれないが、本命ではない奴に命を懸ける義理もなければ、価値もない。
コウスケは一つ深呼吸をして呟いた。
「行くか」
コウスケはもはや習慣となった『強化』を全に施して深部に続いていると思われる通路を進んでいった。
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